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まぼろしの跡  作者: 樹歩
62/141

第62章―彼女の逆襲その2―

 「あ」

二人の声が同時に出たのと、立っていた富田さんが私たちを見つけて

「あ」

と言ったのが同時だと思ったが、そんなのは誰かのつまらないコントに任せればいい。そんなのは三流の漫画に出てくればいいのだ。少なくとも、今は要らない。少なくとも今夜は要らなかった。

 車を運転していたのは私だったが、私は車を停めるのをどうしたものかと思った。私の住んでるコーポで、私の借りてる部屋があって、私が権利を持っている駐車場なのだけど、そこに富田さんが立っているだけで、まるで私のテリトリーではなくなっていた。スピードを落とし、駐車場を目の前に停まろうとすると

「気にしないで車を停めていい。」

と志生の乾いた声がした。そして

「会った事あるんだよね?誰だかわかってるよね?」

と私に確認したので、首を縦にブンブン振った。  私たちの姿を確認した富田さんも車を入れられるように立ち位置を変えた。“もうどうにでもなれ。”そんな気持ちで車を停めた。


 ゆっくりと車を駐車場に入れる間、志生は険しい顔をしていた。そして車が止まった瞬間ドアを開けた。

「どういうつもりか知らないけど、これ以上俺たちに付きまとわないでくれないか。」

いきなり志生はそういって富田さんにくってかかった。

「穂村君、私だってこんなことしたくないのよ。でもこうでもしないとあなたに会えないし・・」

「俺とあんたは終わってる。どんな経緯でも、もう終わった事なんだ。俺はあんたに酷い事を言いたくないんだ。」

「ねえ、お願い。私の話をもう1度聞いて。」

「聞きたくない。聞いても聞かなくても俺の気持ちは変わらない。」

二人のやり取りを、今度は私が黙ってつっ立ったまま聞いていた。二人は口喧嘩をしている。でも入り込めない。私の住んでるコーポの前で、私の借りてる部屋の窓が見える所で、私が権利を持って車を停めている駐車場なのに、二人が顔を突き合わせているのを見ていると、まるで私が場違いで、何処にもテリトリーがなくなっていた。

「あの。ここでは困ります。」

私はこう言うのでさえためらったが、本当にここでは困る事になりかねないのでそう言った。二人は帰れば済むことだけど、私はここで寝泊まりするしかないのだから、周囲の迷惑になりかねないトラブルは御免だった。

「ああ、ゴメン。」

「すみません。」

二人は同時に言った。本当に私ひとり場違いだ。



「どうしてもあなたに会いたかったの。会ってもう1度話をしたかったの。」

富田さんがそう言って志生を見つめた時、志生の表情が明らかに変わったのをもちろん見逃さなかった。動揺しているのが手に取るように伝わってくる。

「・・そんな事言われても・・。」

もうさっきのような勢いはどこかに飛んでいる。私は静かに自分が傷ついているのをやり過ごす。自分の中で血が流れてゆく。でもそれにさえ気がつかないようにすることで、傷ついていることを見ないようにした。

「萌・・。」

志生が私の方を見る。その瞬間思った。“ああ、言われる。ゴメン、と。今夜は富田さんと話をしたいと。言われる・・!”すべてが凍りついた。

「俺のバックを降ろして部屋に持って行って。」

「え?」

予想していた言葉じゃなかった。

「俺のバック。ちょっと重たいけど、大丈夫かな。」

「持てると思うけど・・。」

「場所を変えよう。ここじゃしょうがないし。」

志生は言いながら私の車からスーツケースを降ろし、コンビニの袋も降ろした。

「やっぱ一人じゃ無理だな。」

「だ、大丈夫よ。持てるわ。でも・・。」

「知沙さん。」

「!」

知沙さん・・。そう呼んでいたのか。

「ちょっと荷物置いてくるから。」

富田さんは黙ってうなづく。志生はスーツケースを、私がコンビニの袋を持って部屋へ向かった。階段を上がっている途中、

「嫌な思いさせてゴメン。」

と志生が言った。その嫌な思いと言うのは、富田さんがここに来た事?それともあなたが知沙さんと彼女を呼んだ事?・・そう言いたかったが、まるで馬鹿で阿呆な女が、材料を探して絡んでいるだけのように思われるのがもっと嫌なので何も言わなかった。

「・・志生のせいじゃないでしょ。」

私はそう言って志生の顔を見ないようにした。今の私は言葉ではいいカッコしいを装ってるけど、きっと醜い顔をしている。富田さんをここまで行動させたのには、私にも一因ある。直接ではないとしても、種を蒔いている事には変わりない。その結果がコレだよ。私は自分に嘲笑いたい気分だった。

 玄関の鍵を開け、ドアを開き、灯りをつける。二人とも無言のまま部屋に入り、志生はいつも置くところにスーツケースを置いた。私は冷蔵庫を開けて、コンビニで買ってきたビールやら缶チューハイやらを収めた。

「・・じゃあ行こうか。」

後ろで志生に声をかけられたので、思い切って私は訊いた。

「本当は二人の方がいいんじゃないの?私がいない方が話しやすいでしょう。」

とても志生の顔を見て言えないので、私は冷蔵庫をわざと開けたままでいた。

「どうして?」

「だって・・。富田さん、余程なのよ。今朝もここに来たの。志生に会いたいって。私から会うように話してくれって。」

「!そう。」

「だから・・。」

と言った瞬間、後ろから志生が抱きしめられた。

「何度も言ったよ。俺の気持ちは変わらない。萌がいてもいなくても話すことは同じだから、それなら君がいた方がいいよ。」

「・・・。」

「本当に嫌な思いをさせてゴメン。俺も彼女がこんなにしつこく来るとは思ってなかった。実は今日、もう少し早く帰ってこれたら携帯の番号を変えに行こうかと思ってたんだ。でも遅くなっちゃったからさ。」

「・・・。」

「早く話をつけて帰ってこよう。」

そう言って志生は私を促した。正直気が進まなかった。でもそばにいなけりゃそれはそれで辛いだろう。  結局私は志生の言うとおりついて行くことにした。

 部屋を出て、鍵を閉め、階段を下る。富田さんはちゃんと待っていた。よく見ると今朝と違う出で立ちだった。今朝はスカートだったが今はパンツスタイル。でも上は同じだった。ブラウスにカーディガン。富田さんは私を見て言った。それは志生に言ったのか、私に言ったのかわからなかったが。

「二人で話をしたいの。」

「俺が萌に一緒に聞くよう言ったんだ。」

志生が返事を返す。富田さんは仕方ないといった表情で黙っていた。

「どこか茶店でもファミレスでも行こう。」

志生はそう言って私の手からキーを取り、私の車の運転席に乗り込んだ。私も助手席のドアを開ける。富田さんはため息をつきながら自分の車へと歩いて行った。彼女が車に乗ったのを確かめて志生はエンジンをかけた。ゆっくりと発進する。後ろから富田さんの車がついてきた。どうなるのかな、これから。

 “早く帰ってこよう。”志生はそう言った。でもそんなに上手くいくわけない。彼女の決心は固い。それこそ固すぎて揺るぎない。私は助手席から窓の外を眺めながら、全く先が読めない今夜の行方を見つめていた。



































































































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