表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まぼろしの跡  作者: 樹歩
61/141

第61章―彼女の逆襲その1―

 「富田です。」

え?富田さん?ちょっと・・今何時?時計を見る。7:15だった。まだパジャマなのに。どうしよう。でもしかたない。

「お早うございます・・。」

恐る恐る少しドアを開ける。

「お早うございます。朝早くにすみません。」

確かに他人(ひと)の家を訪ねる時間じゃない。言いたいのをぐっとこらえる。

「・・どうしました?何か?」

富田さんはすでに綺麗にお化粧まで済ませていた。いったい何時に起きてここまで来たんだ?もっとも家がどこかも知らないけど。

「本当にごめんなさい・・。でも暁星さんが今日お仕事だとこの時間しかなくて。・・お仕事ですよね?」

「ええ、まあ。」

予想はついている。今日、志生と会いたいと言うんだろう。志生に断られたからここまで来たのだ。



昨日の夜。

「今日、また富田さんから電話が来た。」

電話の向こうの志生は少し不機嫌そうだった。

「・・そう。」

「断ったから大丈夫だと思ってたけど、なんか、今日はくどくて。」

「そうでしょうね。」

「なあ、君とどんな・・、いや、やっぱ明日訊くよ。電話じゃよくない。」

「明日、何時頃に着くの?」

「愛媛からの飛行機が午後だから、羽田について、東京へ出て・・、夜っぽいかな。7時は過ぎると思う。」

「それ、富田さん知ってる?」

「何処にいるか訊かれたけど、言わなかった。」

「私、また駅に迎えに行ってもいい?」

「いいよ。来てくれれば助かるし、そのまま出かけよう。東京あたりでメール入れるよ。」

電話はそこで終わった。



「今日、穂村君と会いますか?」

富田さんは、この前よりさらに直球だった。完全に私に遠慮をするのをやめたようだ。

「・・どうして私に訊くんです?あなた、志生と連絡取ったんですよね?会社にまで電話して。」

「本当は暁星さんに訊きたかったんですけど、さすがに訊けなくて・・。」

「・・・。」

「それで、今日は穂村君に会うんですか?何処にいるのか知らないけど、出張だとは教えてくれたので。今日、戻ってくるんですよね?」

「ええ。でも、私との予定を富田さんに教える理由はないですよね。」

「そうとは思うんですけど、穂村君は私と会ってくれないんです。」

「そこまでは私は関知しません。あの時言いましたよね?あなたが志生と話したい気持ちは承知したって。でも、私が協力するのはお門違いですよ。伝えたはずです、すべて志生次第だと。」

「本当に申し訳ないと思ってます。自分でもなんて厚かましい人間だと思います。私があなただったら、こうして話す事さえできないでしょう。でも私も後がないんです。」

「後がないってどういう意味ですか?」

「・・父から見合いを勧められてます。」

「・・・。」

見合い、結構じゃないですか。と言いたかった。ここでもこらえる。でも返すべき言葉がない。

「志生と私の事をあなたにいちいち話す気はありません。私もあなたの事には口を出しませんから。お引き取り下さい。仕事に遅れますから。」

「暁星さんから言ってもらえませんか、私ともう1度話すように。」

「!!何言ってるんですか。無理です、そんなの。」

「無理を承知でお願いしてるんです。お願いします。」

彼女の切羽詰まった眼が私を射る。まるで自分が酷く意地悪をしている気分になる。

「富田さん・・・。」

「お願いします。」

深く下げた頭は、そのまま地面についてしまいそうだ。

「どうか頭を上げてください。そんなことされても困るんです。志生の気持ちは志生のものだし、私にも何か言う権利などありません。そもそも志生は、誰かの意見に惑わされません。それはあなたもわかってると思います。」

「・・・。」

頭を上げたその眼から涙がこぼれていた。化粧が少しぼやける。それでも富田さんはいい女に見えた。

「どうぞお引き取り下さい。」

私はそう言うのが精一杯だった。富田さんもさすがに難しいと思ったのか

「・・朝早くにすみませんでした。」

そう言って立ち去った。

部屋に戻り時計を見ると、7:23だった。もっと長く感じていたのに。ああ、もう食事する気にもならない。私は煙草に火をつけた。




 駅の改札口は以前来た時より混雑して見えた。19:10。私は志生を迎えに来ていた。沢山の行き交うサラリーマン、学生、OL。みんなそれぞれに目的があって歩いているように見える。帰る人、出かける人。この全く知らない人たちの中に自分が1番愛する人が含まれているなんて、なんだか変な気がした。でも、ちゃんと含まれている。大勢の人波の中を歩いてくる志生を見た時それを実感した。5日ぶりに見る志生は、私がプレゼントしたネクタイをしていて、いつにも増してカッコよく見えた。じゃない、カッコよかった。

「お帰りなさい。」

「ただいま。」

それだけ言って歩き出す。特別話を探さなくてもいい距離。会話がなくても気にならない距離。横を軽く見上げると、そこに志生の横顔があって、“ああ、この人は私のフィアンセなんだ”、“この人の隣に私がいるのは当たり前の事なんだ”・・そういう事を思う。そして多分世の中のだいたいの女性は、それを嬉しくて、そんな自分を可愛く思う。

「今日、萌の所に泊まってもいい?」

「いいけど・・、お母さん心配しない?」

なんて言ってるけど、内心は嬉しくて仕方ない。昨日の夜、もしかしてと思って部屋を掃除しておいてよかった。

「心配なんかしないよ。一緒にいるってわかってるだろうし。」

「・・・。」

くすぐったい気持ち。誰にもはばからず、周りに認めてもらえてる恋愛が、こんなにあたたかいなんて。でも一瞬喜んでも、すぐあの人の影が入る。ひたすら隠すだけだった恋と比べても仕方ないのに。

「空弁買ってきたんだ。」

「空弁?」

「駅弁の飛行機バージョンだよ。なかなか美味いんだぜ。」

「ふーん。嬉しい。じゃあ、飲み物だけ買っていこうか。」

私たちはコンビニで買い物をして、私の家に向かった。

 

 駐車場が見えた時、そこにもう1台車が停まっていた。

「やだ、困るわ。どなたのかしら。」

といったのと同時に志生が

「あ」

と言い、私も

「あ」

と気づいた。人が立っている。その行動力恐るべし、富田知紗子。





























































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ