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まぼろしの跡  作者: 樹歩
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第6章―サボコ登場・夢・穂村さんの笑顔―

まぼろしの跡をお読み下さるかたへ 樹歩です。やっと第6章を出せました。そしてやっと萌は穂村さんの起きている顔と対面しました。これから二人はどうなっていくのでしょう?この先もお読みいただけるように頑張ります。よろしくお願いいたします。


 自宅に戻ると私はまずサボテンの居場所を探した。私の部屋は小さなコーポの1DK。決して広くはないけれど、キッチンが割りと広くて小さいながらもテーブルも置けている。

私はさっそくテーブルにサボテンを置き、自分もその前に座って、ぼんやりとほお杖をついた。長い1日だった。少なくとも私には。

あの人は今頃私の事を考えていてくれてるのだろうか。…多分それはないだろう。あれだけはっきり告げたのだ。彼もわかってる。私達が本当に終わったことを。

 サボテンを見つめていると、なんだか彼女(サボテンに性別があるかどうかは知らないが、私には女の子だった)に名前をつけたくなった。その方が話しやすい。なんといっても彼女は今日から私のルームメイトなのだから。

「ね、そうよね。」

私は彼女にそう言った。

「どんな名前がいい?私の名前は萌よ。花が萌いづる…の萌。」

「……。」

彼女は返事をもちろんしなかった。でも私の声は彼女に届いている…そんな気がした。

「そうね、あなたはサボテンなんだもの、やっぱりサボコちゃんにしましょう。あなたは今からサボコよ。よろしくね、サボコ。」

サボコはもちろん黙っていた。でも私はすこぶる満足した。



 その晩、私は久しぶりにぐっすり眠った。どこまでも深い眠りだった。夜勤明けのせいもあるだろう。今思えば今日でよかった。なまじ身体が疲れてなければ、こんな日は眠れないだろう。昨夜の穂村さんの寝顔がまた浮かんだ。

「あんな顔が好みだったかなぁ…。でもあの顔は好きかもしれない…。」

そう思うか思わなかったかあたりで私は眠りに落ちた。


 深い眠りの中で夢を見た。砂浜。どこまでも砂浜。そして海。私は立ちすくみ、遠く水平線を見つめている。空には雲一つない。ため息をつきたくなるような晴天。

 呼ばれた気がして私は振り返る。誰かがこちらに向かい手を振っている。誰なのか確かめたいのだが、あまりに晴天すぎて光が眩しくてよく見えない。私はその人影の方へ向かって歩き出そうとした。でも実際は足が前に出ない。まるで歩き方そのものを忘れてしまったかのように。遠くに見える人影は、知ってる人のようで知らない人のようにも見えた。でも、私はその人に心を許している自分を感じていた。

「待ってた。」と、夢の中で私は思った。待ってた?誰を?

そして眼が醒めた。



 当然わかっていた事だが、あの人からは何一つ連絡がなかった。安心したような、気が抜けてしまったような感じだった。つい昨日のことなのに。でも私は落ち着いていた。少し寝坊したけど、気分よく起床してカーテンを開け、トーストと目玉焼きを食べ、紅茶(私は紅茶党)を2杯飲み、テレビをBGMに新聞にも眼を通した。いい朝の基本。

 こうして私は1日充実した休みを過ごした。買い物にも行った。自分だけの都合で動ける休みの素晴らしさ。電話の音に振り回された時間からの解放。

 その晩私はサボコとご飯を食べた。私が何か言う度に、サボコは声無き返事をしてくれた。



 朝病棟へ向かう階段。1番緊張する。1段あがるごとに仕事をするモードになってゆく。患者さんに変わりはないか、重症のひとはどうなってるか…。あの人…穂村さんは落ち着いたのだろうか。

 私はナースステーションに行く前に彼の部屋に寄ってみる事にした。

「おはよう…ございます…。」

小さくノックをし、そっとドアを開けてみる。

「はい。」

はっきりとした返事。思わずバッとドアを開く。

 そこにはベットに座ってこちらをみる穂村さんがいた。顔をはっきり見たのは初めてだ。寝顔と印象が違うが、確かに彼だった。一瞬じっと見入ってしまった。顔色も悪くない。まず安堵感が胸を貫いた。

「…ああ、あの日の看護婦さん。」

穂村さんは一瞬驚いた表情(かお)をしたが、すぐに柔らかい笑顔を見せた。

「よかった。痛み…落ち着いたんですか?」

あの寝顔がまた脳裏に甦り、私の声は震えてうわずった。

「昨日あたりからずいぶん。石みたいだし。出るのを待つしかなさそうです。砕くには小さいらしくて。」

「そうですか。」

「おとといは本当に痛くて…。何度も来てくれたのに、返事もできなくて。」

「いいんですよ。そんなことは。」

なんとなく事務的に話してしまう。もう少し柔らかい返事ができたらいいのに…。彼の笑顔のように。

「…安心しました。それではあとでまた伺います。」

「わざわざ寄ってくれたんじゃないですか?…すみません。」

思わず顔が赤くなってしまう。あらためて気がつく。私は…この人の顔を見たかったのだ。ただそれだけ。

「失礼します。」

逃げるように部屋を出る。ドアを閉めると深いため息をついた。胸がドキドキしている。そして、彼の回復にホッとし…微笑みがにじむ。なんだろう、この気持ちは…。

「あ、マズイ、時間。」

腕時計を見て私は急いでナースステーションに向かった。きらきらした気持ちを持て余したまま。

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