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まぼろしの跡  作者: 樹歩
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第50章―呑まれてゆく蟻その3―

今までのあらすじ;看護婦の暁星萌は、入院患者の穂村志生と出逢い、二人は結婚を前提に付き合うようになる。だが志生の昔の女性が現れ、萌に志生と別れてくれと頼む。拒否したい萌だが、自分は志生にふさわしくないと悩む。志生の前に付き合っていた不倫の彼が萌と別れた後自殺をしていたのだ・・。『まぼろしの跡』もとうとう50章を迎えました。これも読んで下さる皆さんのおかげです。深く感謝申し上げます。頑張って書いていきますので、これからもよろしくお願いします。また感想、評価お待ちしています。励みになります。コメントには極力お返事をさせていただきます。あなたに今日雨が降っても、そこから明日芽が出ますように。樹歩

 人を思う時、いいことばかり思えればこんなに楽なことはない。その人の良い所だけ見て、欠点には目を瞑る。そしていつか疎遠になり現在の人から過去の人になっても、楽しかった思い出だけ思い出せれば。それが愛した人なら尚のこと。   私は一生懸命考える。あの人にとって私がどれくらいの存在だったのか。本当に私がいなくなったら世を儚むくらい私のことを愛していたのか。私はどうだったのか。逆にあの人から例えば別れを切り出されたら別れられたのか。あの人を失うことで死のうとまで思ったか。

 否。・・多分、あの人が私を捨てたとしても私はそんなことは考えないだろう。恋愛で死ねるほど私は男を愛したことはない。あの人が俗にいう中年で、私が若かったからという理由だけじゃないと思う。人にはそれぞれ愛情の量りがあって、それは自分自身にしか解りえないんじゃないだろうか。だからよく”こんなに尽くしたのに”とか、”高価なプレゼントしても寝てくれない”とかとジレンマをかかえる。所詮、人は本来どこまで行っても独りなんじゃないだろうか。

 淋しい考え方かもしれない。だけどそれを教えたのもあの人だった。私はこれ以上何もないと言い切れる程彼に自分の愛情を注いだ。捧げたと言ってもいいくらいに自分は思う。今までの人生の中であの約4年間くらい恋愛にエネルギーを注いだ月日はないと思う。志生とだってない。でもあの人は最後の最後まで遂に”萌を取るよ。”とは言ってくれなかった。奥さんと別れないと言い通した。その度に私がどれくらい傷ついたかは、これを読んでるあなたにも想像が容易だと思う。誰でも自分を拒否されるくらい辛いことはない。相手に愛情を確かめたいと求めた時、はぐらかされ、思わせぶりな態度を取られる。それは無視するよりも酷いことだと思う。私はそうやって幾年かを打ちのめされながらも彼を愛してきたのだ。そして疲れ果てていった。その私を誰が責められるんだろう?誰に責められなければならないんだろう?”愛しても結局は独り。”それを私に叩き込んだのは紛れもないあの人だったのに。あの人から学んだことだと思っていたのに。

 死んでしまうくらいなら、私と別れたことで死んでしまうくらいなら、どうしてもっと私に気持ちをぶつけてくれなかったのか。確かに奥様と私との板挟みではあったと思う。でも別れを切り出したあの時、私は志生を一人の男性として意識はしていたけれど、それだけだった。彼にも話してないはずだ。彼は言おうと思えばいくらでも自分の気持ちを私に話すことができたはずだ。それなのに。 

 それを思うと私はある意味悲しくなる。確かに辛いことが多くて喧嘩もたくさんしたけれど、約4年もの間一緒にいたのに、私はあの人をことを何一つわかってなかったのかと思うと。私への愛情の深さを私が理解してなかったのかと思うと。 私が彼をどれだけ愛して、どんな気持ちで別れたのかを彼が汲んでくれなかったのかと思うと。あの4年は何だったのかと思うと・・。

 薬を飲んだその時、いったい何を思っただろう。最後に何を見たのだろう。何を願ったのだろう。医師である以上、薬の致死量はわかっていたはずだ。ちゃんと死ぬためにちゃんとした量を飲んだと思う。その大量の薬が喉を通った時、彼は何を思い出しただろう。奥様への懺悔だろうか。医師としての後悔だろうか。私への私怨だろうか。

 私への私怨がその1番の目的だったなら、彼は見事に私を捕える事に成功した。今私はこうして苦しめられている。あんな死に方をしたのだ、私の耳に入らないと思うわけがない。ちゃんとわかっていてあの方法を選んだのだ。だとしたらその目的は十分達成した。私の心は完全に囚われて、むしろ付き合っていた頃よりあの人に束縛されている。もしかしたら、こうしてもがいている私をどこかで見ていて笑っているんじゃないか。ざまあみろと。いい気味だと。自分だけヌクヌクと過ごすことは許さないと。どうしてあんなに好きだった人をこんな風に疑うのだろう。どうしてこんな風にしか思えないのだろう。そんなことを思う人じゃないと、自殺は私へのあてつけではなくて発作的に起きてしまった不幸な事故だと、なぜ思ってあげられないんだろう。



 ・・重症だな。このままだと鬱病になっちゃうかな。  天井を眺めながらそう思う。やはり眠れない。志生の車から降りるのが本当に辛かった。離れたくなかった。志生は何となくそれをわかってくれたようでわざわざ遠回りをして私を送ってくれた。別れ際も名残惜しそうに長いキスをしてくれた。優しく髪を撫でて、「いつも思ってるから。」となぐさめてくれた。でも違うのだ。私が志生と離れたくなかったのは淋しいからじゃない。一人になるのが怖いだけだった。一人になると必然的にあの人の死を思い出してどうにもならなくなるからだ。だけど志生にそれを言う勇気がどうしてもない。  早く眠りたいと思う。いくら明日休みでも。でもまたあの夢を見たらどうしよう。・・・寝ても覚めても苦しい。誰か助けて・・。この重い十字架を除けてほしい。君のせいじゃないと許してほしい。   ふいに潤哉と会った日を思い出した。潤哉は私の性格をわかっているから、懸命に私を説得してくれた。”お前のせいじゃない”、”今の恋人を大事にすることだけ考えろ”と・・。潤哉は私を許してくれている。彼が友達で良かった。本当に良かった。なのに私は救われていない。その言葉を素直に受け入れることが出来ない。また私は気付いてしまう。奈落の底に落ちた人を本当に救えるのは、奈落の底へ落とした原因(ひとやもの)なのだと。それ以外は救われたように見えるだけで、実は救われたふりをしているか、救われる前に奈落の底にいるのを忘れるのに慣れただけなのだと。そして気付いてしまったら、気がつかなかった時にはもう戻れない。

 私を本当に救えるのはあの人なんだ。死んだあの人なんだ。潤哉じゃない・・。志生じゃない・・。志生じゃないんだ・・。絶望という音が聞こえた。奈落の底の、さらに底の砂に埋もれてゆく私をあの人が見ていた。優しい笑顔で。昔のように。

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