第5章―サボテンの決意―
まぼろしの跡を読んで下さる皆様へ いつもありがとうございます。書く時間がなかなか取れず、ずいぶん投稿があいてしまいました。しかもやや短めです。でも萌もそろそろ外に出たがっていたので…。まだ萌はひとりです。志生に辿り着けるのか、結局ささやかな出会いで終わるのか…。もう少しお時間をいただきたいと思います。これからもよろしくお願いします。 樹歩
部屋に帰る前に花屋に寄った。今日から私は生まれ変わるのだ。お祝いに自分に花束くらい買っても、ばちは当たらないだろう。
花屋には沢山の色んな花があった。それこそ色とりどり。久しぶりに花屋に来た私は本当にびっくりした。なんだか目がチカチカする気がする。
「どうしよう…。」
私はさっきまでの勢いはどこへやら、まるで下着売場にカップルで来た時の場違いな男の人のようにキョロキョロしつつ、うろたえてしまった。
「そうだ、アレンジがあれば。」
アレンジというのは、あらかじめ造ってある(もしくは店にお任せで造ってもらう)花束や花籠。大きくなくて香りが少なければ申し分ない。そう思いながら店内の奥へ行こうとした時、ふと目についた物があった。
小さなサボテンの鉢。高さ10センチほどだろうか、鉢と合わせても15センチもない。小さく細かいトゲがいっぱいついてるそのてっぺんには、真っ赤な可愛い花が咲いていた。
「かわいい…。」
私はひとめでそれを気に入った。これなら部屋のどこへでも置ける。もはやアレンジを見る必要はなくなって、私は迷わずそのサボテンをレジに持って行った。
「500円です。」
店先で鉢植えを並べていた女性がレジを対応した。小柄でキレイな人だった。私より3〜4歳上、といった感じ。ふと見ると、手や指先がひどく荒れて、ところどころであかぎれになっていた。顔だけ見てると、その手があまりにミスマッチだった。でも、彼女はその荒れた痛々しい手さえ自分の美しさを造る要素にしていた。キレイなお花を売る店のキレイなお姉さん、でもキレイだけじゃなく手が荒れるまでお花の面倒を見る、心までもキレイなお姉さん…というシチュエーションを見事に造りあげていた。
「おつりですよ、お客様。」
「えっ…あ、すみません。」
我にかえる。なんだろ、嬉しい気分なのに…なんか勝手に絡んでるみたい。私はおつりとサボテンの鉢を受け取り店を出た。
「ありがとうございました。」
後ろから彼女の声が追いかけて来た。最近の女性に多い、語尾を延ばす(ましたぁ。みたいな)話し方でもなかった。真面目な人柄がうかがえる。
……。ため息さえ出せずなんとなく気持ちが重くなる。さっきまでの明るい気分が沈んでいく。車を降りた時のあの人の顔……。もう2度と会えないのだ。会わないと決めたのだ。会わないと……、涙が溢れてきた。1度こぼれると、次から次へと流れて落ちた。
「うっ…うっ……。」
どうしてこんなに苦しい恋をしてしまったんだろう。どうして私達は共に生きていけないんだろう。どうして…。
私は車の中でひとしきり鳴咽した。言いようのない感情だった。それでも別れを後悔してない自分がいた。これでよかったんだ。きっとあの人も幸せになれる。あの人が幸せなら私も幸せを感じられるはずだ。必死で自分に言い聞かせる私がいた。まるで言い訳をしているように。…そう、彼を傷つけた事への言い訳だ。私の失った青春という時間への言い訳だ。
涙はなかなかとまらず、だんだん私は滑稽な気分になった。夜勤で寝不足の上にこの涙。目が腫れること請け合いだ。多分明日になっても腫れはひかないだろう。不細工な自分の顔を思い浮かべてみた。もともとたいした顔じゃない。滅多に褒められた事もない。でもさらに酷い顔になっちゃう…。
「ふふっ…、ばかみたい…、ふふふ…。」
自然に笑みがこぼれた。そしてため息が出た。
「…帰ろ。」
車のエンジンをかける。ゆっくりと走り出す。
今、私は醜い不細工な顔をしている。だらだらと不倫を長く続けたあげくの滑稽な顔をしている。でも、さんざん彼を責め立てていたあの頃の顔よりは醜くないはずだ。そしてこれから歩き出す人生は、あの頃より滑稽ではないはずだ。
ふと、穂村さんのキレイな寝顔が浮かんだ。そう、私もあの人のあのキレイな顔に負けない顔になりたい。凛として歩く私になるのだ。酷い顔で決意した私の横には、可愛い顔で私を見上げる小さなサボテンがいた。




