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まぼろしの跡  作者: 樹歩
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第48章―呑まれてゆく蟻その1―

 富田さんが帰ったあと、私はどっと疲れてベッドに横になった。どうして何も言えなかったのか・・。志生になんて言おう。言わなくてもいいか。でも富田さんが志生に会いに行った時に私の話が出るのは避けられないだろうな。そうなるとまずいのかな。ああ嫌だ。どうしてこんなことまで考えなくちゃならないんだろう。こういうのを八方塞りっていうのかな。



 私はいろいろ考えてたつもりだったがいつの間にか眠ってしまっていたらしい。気がつくと携帯が鳴っていた。

「やば。寝ちゃった。」

見ると志生からだった。まずい・・。まさか富田さんあの足で志生の所に行ってないよね・・。ああ、でもなあ・・。  携帯は鳴り続けている。私は観念して着信を押した。

「ごめん・・。寝ちゃった。」

「ゴメン、起したね。でももう3時だからさ。このまま逢えないのはツライから。」

・・良かった。いつもの志生だ。どうやら富田さんはあのまま帰ったらしい。え?3時?

「ええ?もうそんな時間なの?」

漫画に出てくるように文字通りガバッと起きる。かれこれ4時間近く寝てしまったのだ。

「夕飯くらい一緒に食べようよ。」

と志生。一昨日の夜のことが嘘のようだ。まるで何もなかったかのようだ。本当に何もなかったのではないかと思う。何もかも夢だったのではないかと。そうだったら・・そうだったなら・・私は世界どころか宇宙のすべてに感謝するのに。人生で初めて、心底から神の存在を信じられるのに。

「うん、急いで支度するよ。」

「じゃあ1時間くらいで迎えに行ってもいいか?時間足りる?」

「わかった。志生、車出してくれるの?」

「萌疲れてるだろ?俺も明日早いからそんなに遅くなれないし。」

「あ、そうか。じゃあ甘えるね。」

「じゃあとで。」

そこで携帯は切れた。そうだ。志生はまた明日から出張に出るんだ。その間は富田さんも志生には会えない。となると・・。カレンダーを見る。次の週末は私は金曜日勤、土曜休み、日曜夜勤だった。比較的志生に逢いやすいと思う。その分富田さんは志生に会いにくいだろう。その間に彼女の気持ちが変わればいいけど・・。そんなわけないか。

 あらためて富田さんのことを考える。ここに来るのはずいぶん勇気が要っただろう。そして覚悟も。ああいう形振り(なりふり)構わずの行動は、若い時なら後先考えず出来るかもしれないがあの年齢ではなかなかできない。私の歳でもちょっと厳しいかもしれない。・・余程のことなのだな、と思う。本当に志生のことを愛しているんだ。私も志生を愛している。志生を失いたくない。一緒にいたい。だからこそ、自分の忌まわしい過去まですべて封印して何食わぬ顔で生きて行くという、自分を一生蔑むしかない人生(みち)を選ぼうとしているのだ・・。だけど。富田さんのあの真っ直ぐさを見たら、自分の考えてることが余りに理不尽で自己中心な気がして・・。もちろん彼女の行動だって褒められたものではいが、私よりは動悸がきれいだ。誰かと話してて自分があんなに汚く思ったのは初めてだった。自分が自分に対して屈辱だった。そんな私が志生といていいのだろうか。しかも富田さんは志生のために離婚までしているのだ。確かに志生は直接的には関与していないかもしれない。でも志生が富田さんに横恋慕をした為に富田さんの人生は変わってしまったのだ。ずいぶん大きく。志生はそれをどう思っているのだろうか。もう彼の中では処理が付いているんだろうか。そんな簡単なものだろうか。いや、志生だって苦しんだに違いないのだ。今回も苦しかっただろう。それでも私を取ってくれたのだ。それなら私も志生の気持ちに報いるべきだ。このまま志生と歩いていけばいいのだ。でも富田さんは・・?死んだあの人は・・?

 私たちは多分、このままなら多少遠回りしても結婚することになるだろう。そしてそれなりに幸せになれるだろう。温かな家庭を築けるだろう。でも、ずっと心のどこかにわだかまりを背負って行くのは否めない。自分たちの幸せは誰かの不幸の上に立っているのだと。愛し、愛された人たちの償えない不幸の上に成り立っているのだと。しかも志生は私のことは知らない。富田さんのことだけ。自分の不始末のせいで、私を巻き込んだと人知れず自分を責め続けるだろう。志生が富田さんの離婚の話をできなかったのは、自分を守りたいだけだったとは到底思えない。私は最初、また志生に嘘をつかれていたとショックだったけど、冷静に考えればそれはそんなに大した違いではないのだ。富田さんと志生にとって大したことであって、私には何の影響もない。志生が離婚してたというわけじゃない訳だし。

 そうなると・・。やはり問題は元に戻る。私がどうしたらいいのかということに。そこがぬかるんでいるから、富田さんにも何も言い返せなかったのだ。何ひとつ自信を持って言えなかった。私はシャワーを浴びながら、今自分がとってもちっぽけに感じた。こんなに小さいと、蟻地獄にすぐ飲まれてしまうなと。

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