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まぼろしの跡  作者: 樹歩
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第46章―招かれざる客その3―

 そこまで一気に話すと富田さんは初めて紅茶に手を付けた。

「・・いただきます。」

私は”どうぞ”さえ言えず頷くのが精一杯だった。絵に描いたような昼ドラみたいな話。何が”ちょっとの間違い”だ。どこがちょっとなんだ?私の頭はひどく混乱し始めていた。これ以上聞きたくないと思った。聞けば聞くほど志生に対する不信感が募ってゆく。でもそれではこの人の思うつぼのようにも感じる。

「・・主人は離婚にも対して動じてないようでした。私は自分の実家に帰りました。私が穂村君と会うために借りたマンションはいつの間にか親が引き払ってました。そこで私は携帯も取り上げられ、しばらくは外出もさせてもらえない有り様でした。・・そうしてる間に穂村君がどうやって調べたのか、私の実家に電話をしてきたそうで・・そう、あなたがさっき言ったうちの父親の電話ですね。穂村君に言ったことは本当です。私はその電話を知らなかったのですが、母が教えてくれたので。それを聞いた時、本当にもう駄目だと思いました。穂村君を酷く傷つけてしまったと。・・しばらくしてから私は母の付き添いで久しぶりに外へ出ました。そして穂村君の携帯にお別れの伝言を入れました。・・それが私たちの最後になりました。」

「・・・・・。」

私は何も言えず黙っていた。これを聞いたからって私にどうしろと言うのだろう。

「すみません・・。嫌な話で。」

「・・嫌な話とは思いません。ただ、志生から聞いてる話とはずいぶん違うので・・。」

「確かに穂村君の言ってる話とは食い違いがあると思います。でも、穂村君は私がいつ離婚したのかきちんとは知らないんです。」

「そうかもしれませんが、私にとってはショックです。志生の話ではあくまでも富田さんは独身ということでした。あなたは志生と付き合わなければご主人とそのままだったかもしれない訳ですよね?ということは志生はあなたの家庭を壊してしまったんじゃないんですか?」

「それは違います。私の家庭を壊したのは私です。穂村君の優しさやまっすぐさに溺れてしまった私が悪いのです。・・確かに私とあなたと比べれば、誰が見ても穂村君にふさわしいのはあなたですよね。私もそう思います。だからこそ私は1度は身を引きました。穂村君にはもっと若い可愛い女性の方が似合っていると。歳のこともあるし親にも猛反対されましたし。でも、本当に久しぶりにボランティアに行った日に穂村君の結婚の話を耳にして・・。私は自分でも信じられないほど動揺しました。あれから2年くらい経ってますし、私の中では穂村君は“人生に咲いた大きな花”のような存在だと割り切れていると思ってました。でも違ってました。私の中では穂村君は過去ではありませんでした。それを自覚した後は、何も後先考えずに穂村君の会社を訪ねました。・・申し訳ないのですが、相手の女性のことは何も考えませんでした。ただ会いたくて・・、会って私の気持ちを伝えたかったんです。」

「・・ずいぶん虫のいい話に聞こえますね。」

そう。ずいぶん自分勝手な話だ。相手の女性のことは考えなかったと?ただ会いたかっただと?  

 多分私は言おうと思えばもっと色んな罵倒の言葉を彼女に浴びせることもできた。でもできなかった。彼女の言う“過去ではなかった”の言葉が、今の私にはそれこそ痛かった。私にとってのあの人はもう過去なのに、現実では過去ではないのだ。それに、志生を手放したくないと思いながらも、心のどこかにこの女性(ひと)なら志生を幸せに…私といるより志生が幸せになるんじゃないかと思わざるを得ない部分もあった。

「・・私には・・」

「?」

「私にはもう穂村君しかいないんです。」

「ち、ちょっと待って下さい。それを言われたら私にだって志生しかいません。」

「志生・・。羨ましい、そう呼べて。私は呼べないで今まできました。先日穂村君にもあなたという大切な人がいると言われました。でも・・でも・・諦め切れません・・!」

そう言うと富田さんは泣き崩れた。静かな鳴咽が響き渡る。

「・・先程も言いましたけど、私と別れたからって志生があなたの所に行くとは限りませんよ。それとも・・自信があるんですか?私さえいなければ志生があなたの所に戻ると。」

私がそう言った時の彼女の顔は一生忘れない。富田さんは涙で化粧が崩れた顔も隠さず、私を正面から見据えてこう言った。

「あります。だからこそここに来たんです。」

「・・・!!」

私は言いたかった。“そんなことないわよ!”と。“自惚れるのもいい加減にして!”と。“誰も私たちの間を裂けられないわよ!”と・・・。でも言えなかった。何も言えなかった。

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