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まぼろしの跡  作者: 樹歩
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第38章―過去までの距離その13―

 「で?何があったの?」

チューハイを2〜3口した所で潤哉が切り出す。

「ちょっと待ってよ。いきなり?」

「だって話したくて誘ったんだろ?」

「それはそうだけど、もうちょっと飲んでからにするよ。」

「ということは。」

「?」

「・・いい話じゃないんだ?」

さすが長い付き合い。よくわかっている。ご名答!でも、私はうやむやな顔で飲んでいた。

「お腹空いた。」

食べ物が運ばれてきた。潤哉は私が知る限り好き嫌いもほとんどなくて、飲んで食べてのバランスがいい方だと思う。お酒は昔から強い。私は飲み始めるとあんまり食べない方で、飲んでは(煙草を)吸い、飲んでは吸いを繰り返す。

 チューハイを飲み終わり、モスコミュール、ジントニックと進んだ頃、やっと私は話す勇気が出てきた。潤哉もビールが4杯目に入っていた。

「あの、いいなあって言ってた人なんだけど。」

「おお、患者だって言ってたっけ?」

「うん。・・結婚の約束したの。」

「え?もう?だって、俺が聞いてたのはまだ・・」

「そう。あのあとすぐ付き合うことになって・・。」

「そうなんだ。よかったじゃん。でもずいぶんトントンと結婚する気になったんだね。」

「ダメになったの。」

「え?」

「・・結婚できなくなっちゃったの。」



 私はこれまでのいきさつを話した。少し迷ったが富田さんのことも。そしてあの人が自殺したことも。・・できるだけ普通に話そうとしていたけど、最後の方はちょっとだけ涙ぐんでしまっていた。潤哉は飲みながら私の回りくどい話を黙って聞いてくれていた。

「ふーん。話は大体わかったけど・・。なんで結婚できないの?それとこれは別だろう。」

「なんでって・・。できないよ。やっぱり。別だけど、そんな風に思えない。」

「でも、まだその話、彼氏・・、穂村さんだっけ?言ってないんだろ?」

「言えないよ、そんなこと。それに不倫してたことも言ってないし。」

「だけどさ、お前の気持ちもわからなくないけど、穂村さんは前の女のことをちゃんとお前に説明したんだろ?まあ、ちょっと嫌なバレ方だったかもしれないけど。それに、その夜のこともお前は穂村さんの言うことを信じられるんだろ?」

「完全には・・。でも多分。志生、嘘つくの下手だし。」

「じゃあ、お前の気持ち次第じゃないか。確かにその、お医者さんか。不幸だったと思うよ。もし本当に萌と別れたのが理由ならね。でも大の男が自ら死ぬのを選んだなら、それはそいつ本人の責任だ。萌のせいじゃない。この話で本当に不幸なのは萌と、その奥さんだね。」

「・・・・。」

それはそう。そうなんだろう。私も誰かに言うなら、今潤哉が言ったことと同じことを言ったと思う。でも割り切れない。あの人は今頃一人冷たい土の下にいて、この先もそうなのに、私だけこの世で幸せに暮らすなんて釈然としない。

「なあ、お前がそうやって好きな男と結婚もしないで一人でいることを、死んだ人は望んだのか?違うんじゃないか?」

それが確かめられたらどんなにいいか。

 ふうっ・・。潤哉がため息をつく。

「ごめんね、こんなに重い話と思わなかったよね。」

「それはかまわないけど・・。お前、大事なこと忘れてるよ。」

「?」

「結婚って、一人で決めるものなのか?二人で決めたんじゃないのか。」

「!・・・そうだけど・・。でも・・。」

「どうしても無理なら今すぐ結婚じゃなくてもいいじゃないか。気持ちの整理がつくまで待っても。お前の彼氏もさ、俺もそうだけど、だからまだ俺はしてないけど、いい加減な簡単な気持ちでプロポーズってしないよ。だから、自分たちのことが原因じゃないのに別れるなんて納得できないと思うよ。お前、逆の立場なら納得するか?」

「だから何も言わないで別れた方がいいと思うの。」

「じゃあ、さっきの、なんだっけ?昔の女?それが許せないから別れるって言い通すの?お前そんなに器用か?」

・・・・。ぐうの音も出ない。


 潤哉と駅で別れ、私はアパートまでの道を歩いて帰った。

「失くしてからじゃ遅いぞ。」

「後悔するんじゃないか。」

「簡単に惚れた男なのか。」

潤哉の言葉がまだすぐ耳元にあるようだった。私はどうしたらいいんだろう。どうしたらあの人にせめて謝れるんだろう。あんな冷たい別れ方しかできなかった。あの時、もう少し冷静に話せたら違ったんだろうか。でももう限界だった。醜い自分を解放したくて。手が届かない人に焦がれて、ともすれば奥さんを憎く思って。そんな自分を許せなくて。確かに一方的な別れ方だった。だけどああするより他になかった。・・あの人はずるい。自分だけ逃げてしまって。私を追うこともできず、奥さんと頑張ることもせず。一人で、たった一人で。

 その晩、またあの夢を見た。海辺。砂浜。でも私を呼ぶ声だけがなかった。そのかわり、その声を求めてさまよう私がいた。

「どこにいるの。どこに行ってしまったの。」

どんなに大声を出しても、波音にかき消されてしまい、私はどこまでもどこまでも喉を嗄らすがごとく声を張り上げながら、さまよい歩いていた。もう誰も、私を呼ぶ人はいないのかもしれない。どこにも。




























































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