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まぼろしの跡  作者: 樹歩
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第27章―過去までの距離その2―

 「あの人どなた?」

ごく自然に訊いたつもりだった。志生が誤魔化すようならそれに付き合ってもいいと思った。そのつもりだったのに肝心な志生があきらかにそわそわしているので、“ああこんなに嘘が下手な人も珍しい”と思った。 しかも心どころか耳もどこかへ行ってしまったのか、私の問いに最初返事もしなかった。

「志生、志生?」

窓をぼぉーっと見ていた志生がやっと気がついた。

「え?あ、ゴメン。」

「さっきのあの車の人、どなた?」

「ああ、あれは・・」

・・・・・・・・・。あー、こんなに馬鹿正直な人とは。この沈黙。重い空気。自分でバラしているようなもんじゃないか。

「・・昔の彼女?じゃないの?」

「・・・うん。」

うん。それだけ?はあー・・・。運転しながらだんだんイライラしてきた。どうして恋人といる時に自分の世界に入ってしまうのか。それもこんな時に。

「どうする?これから。」

「どうするって?」

自分が外で食事しようって言ったんじゃないの!カチン。でも堪える。

「ごはん。それにうちに泊まるんでしょ。」

「あ、ああ・・。」

返事はしたものの顔には”そんなこと言っちゃったなあ。まずったなあ。”と書いてある。結局私が適当に言った和風レストランで志生が承知(何しろ本人はテンパっていて何も考えられないらしい)したので、そこで車を停めた。イラついてる私はどんどん車を降りる。志生が考え事をしている顔で後ろからついてきた。ウェイトレスに通され席についても志生は黙ったままだった。料理もいつもはきちんとメニューを見て決めるのに、今日はいかにも適当に決めている。それを見てるとだんだん我慢しているのがバカバカしくなってきた。なによりも私がここにいるのに、気持ちがよそを向いてるのが我慢できない。結局料理が来る前に私は爆発してしまった。

「バカにしないで!」

いきなり私が怒鳴ったので志生は驚いたようだった。自分のデリカシーの無さもわかってないらしい。今まで必要以上に気遣いをしてくれた志生とはあまりにかけ離れすぎている。

「私といながら他の女を思う男と食事なんてできないわよ!バカらしい、帰る!」

私はそのまま席を立ち、ドアへ向かって歩き出した。

「ちょっ、萌!待てよ!」

我に返った志生の声が追いかける。でもとまらない。情けない。涙も出てきた。どうして何も言ってくれないのよ!レストランを出て車へ乗る。後ろから志生が追いかけてきた。構わずエンジンをかける。ここからならなんとしたって家に帰れるから心配いらないな、なんてこんな時まで人のいいことを一瞬考える。

「待てってば!萌!」

志生が窓を叩く。前を通るカップルが“何事!?”という顔でこっちを見てそのあとくすくす笑っている。でもこっちはそんなの知ったこっちゃない。私は窓を開けて言った。

「私は、さっきも言ったけど、私といながら他の女のこと考えてる男とのうのうと食事ができるほど人間ができてないの。」

「悪い、俺が悪かった、説明するから、萌。」

「ヒトが怒ってから説明って、順番違うでしょ。」

私は車を発進させた。ルームミラーに映った志生が小さくなってゆく。どうしてこんなことになっちゃったの?私は涙でぐしゅぐしゅになりながら運転した。



 疲れ果ててアパートに戻る。ベッドに自分を投げ出す。もう涙も枯れていた。そもそもあの女性はなんなのだろう?どうして志生を訪ねてきたのだろう?志生のあの様子からしてずっと会ってなかった人のようだし・・。志生のあのうろたえ方尋常じゃない。何があった人なのだろう・・・。次々と疑問が浮かぶ。でも私が考えたってどうしようもない。私の知らない話なのだから。あー、やだなあ。こういうの。

「サボコぉ・・・。」

 ピンポンピンポン。ピンポンピンポン。!!!志生だ!来たんだ・・・。私はゆっくり起きて音がしないように玄関の方へ行った。その間もずっとドアホンが鳴っていた。玄関にたどりついた時、志生の声がドアの向こうから響いてきた。

「萌!帰ってるんだろ?開けてくれよ、話をさせてくれ。」

どうしようと思う。聞きたい気持ちはもちろんある。でも聞きたくないのも本当だ。迷う。

「さっきはゴメン。俺もびっくりしちゃって、どうしたらいいかわからなくて。でも、萌を無視するつもりはなかったんだ。」

・・・・・。このままというわけにもいかない。まだ正式な結納を交わしていなくても、私たちはフィアンセなのだ・・・。今日仲人をしてくれる人も紹介されたのだ。・・・・・。ここで志生を帰してしまったら、結局私は気持ちの行き場もないまま自分を持て余すだろう・・・。

 ガチャ。ドアを開ける。志生がはあはあ言いながら立っている。私も黙ったままつっ立って志生を見つめた。志生が黙って部屋に入ってきた。

「・・萌。」

私は返事もしないで座り込んだ。顔は泣きすぎてあちこち突っ張っていた。志生も座った。そして言いにくそうに語り始めた。


























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