第21章―ひとり暮らしの女の部屋に初めて男がいる光景―
「まず、ルームメイトを紹介するね。」
「え、萌一人暮らしじゃないの?」
志生が急に部屋を見回した。
「人間は私一人だけどね。・・はい、サボコです!」
私はサボコを定位置の窓際からテーブルに降ろした。一瞬志生は何が起きたんだ?という顔をした。が、すぐ理解してくれた。
「サボコさん、穂村志生と申します。以後お見知りおきを。」
「サボコに紹介できて嬉しいわ。」
「サボテンが好きなの?」
「そういうわけではないけど、サボコに会った時はほとんど一目ぼれだったわね。」
・・あの苦々しい日が一気によみがえる。あの人と別れて泣きながら帰った日。でも、あの日を超えたからこそ、今こうして志生といられる。
「一目ぼれかあ・・、羨ましいな。」
あなたのことだってそうだったのよ、と内心思ったが口に出すのはやめた。そう、今思えばあれは一目ぼれだった。あの寝顔を見た時から、色んなことが動き出せた。
「じゃあサボコさん、萌を頼むね。」
彼はそう言って、サボコを眺めてくれた。サボコがちょっと恥ずかしそうに見える。
それから私たちはいつものようにとりとめのない話をし、テレビのくだらないバラエティ(個人的には世の中のすべての芸人さんに敬意を称します:作者)を見て笑い、ビールやら焼酎やらを飲めるだけ飲み、私の作ったつまみ(漬物と刺身はお助け品目・・しつこくてスミマセン)を食べた。11時を過ぎたころ、私は気になって仕方ないことを酔いに助けられ聞いた。
「・・泊っていく?」
こんなこと聞いたの、生まれて初めてだ。言いながらドキドキする。でも志生はそっけなく
「そのつもりで来たのでお世話になります。」
と、漬物をつまみながら言った。慣れているのか、照れているのかこっちを見ない。
なんとなくそこで言葉が止まってしまった。嬉しい!と言えばいいのか、ああそう、と流せばいいのか。相手の返事に対する返事を考えてなかったバカの極み。
「あ、あの・・」
「萌。」
「はい。」
急に改まった声で呼ばれて、思わず緊張。視線が交差。何?何を言おうとしてるの?
「ごはん食べたい。」
・・・・!一気に力が抜ける。
「足りなかった?」
「そんなことないよ。珍しいよ、飲んだら食べないから。」
「そうだね、いつもご飯類は食べないもんね。・・ごめん、だからご飯ないというか・・。冷凍ご飯しかないの。」
「上等。レンジでチンして。」
「?」
「漬物で茶づけが食いたい。」
レンジでご飯を温めなおし、どんぶりに盛る。急須に茶葉を入れ、熱湯を注ぐ。
「こんなのでいいの?」
「上等、上等。」
彼は残っていた漬物を全部どんぶりにのせてその上からお茶をかけた。そしてさらさらと口に運んだ。その食べ方は今までの志生と明らかに違っていた。いつも綺麗な箸使いで食べ物を口に入れていたけれど、今の志生は豪快にろくに噛みもせず、文字通りかっ込んで食べている。その姿はとてもおおらかというか、リラックスして見えた。”このひとでもこんなことあるんだ”。傍らでそれを見ていたらなんだか胸が詰まった。今まで以上に彼を愛おしく思った。
「お風呂入れるね。」
ごく自然にそう言った。時計を見るともうすぐ0時になるところだった。バスルームに行き、蛇口をひねる。湯気が上がる。今日、いつも手を抜いていたところまで掃除したのでお風呂もピカピカだ。志生と、もし、もし、一緒に暮らしたら・・・。妄想は続く。
志生がお風呂に行ってる間、アルコールと氷とグラスだけテーブルに残し、ほかの食器を片づけた。
「タオル、ありがとう。」
ごしごしと髪の毛をふきながら志生が脱衣所から出てくる。
「いえいえ。」
私は食器を洗っていたので彼の方を見ずに返事をしたのだが、本当は見れなかったのだ。タオルで髪をふき、下着1枚の彼を見るのはこれで2度目だけれど、自宅というシチュエーションがこんなに心を追い詰めるものだとは。多分、ここが〈生活〉する場所だから余計身につまされるのだ。日常の場面に今までにないことがおきているから、今まで思ったことのないことを思ったりするのだ。結婚なんて考えてなかったのに。まだ知りあって3か月だし、付き合ったのも1か月。逢えたのは数回。寝たのは1回。今日だってただデートの場所がここだというだけで、デート以外の何でもないのだから。
「萌も入ったら?」
「う、うん。」
なんとなく志生の顔を見られないままバスタオルと下着とパジャマを持ってバスルームへ行く。いつもはもちろんそんなことはしなくて、バスタオルだけ。
お風呂に入っているときにも当然落ち着かない。志生のことだからそんなことはないだろうけど、いつもよりはずっとずっと片づいてるはずだけど、やっぱり自分の部屋(この場合自分の家か)に誰かがいて、自分がいないのは気になる。私はいつもより時間をかけず入浴を済ませた。
「志生?」
脱衣所から何気に声をかける。が、返事がない。??急いで下着をつけ、パジャマを着る。
「・・志生?」
部屋に行くと志生はテーブルの脇にごろ寝をしてた。近くで見るとすでに寝息が聞こえた。
「疲れたのね。」
志生は白いTシャツにジャージをはいていた。”本当に泊るつもりで準備してきたのね。”・・その寝顔はやっぱり綺麗だ。ずっと見ていたい。でも、ここでは体が冷えてしまう。
「志生、志生。ここで寝たら冷えるよ。」
彼の体を揺らす。
「う〜ん・・。萌がそばにいてくれたら寒くないよ。」
目をつぶったままの返事。
「・・一緒にベッドにいこ。シングルだから狭いけど。」
そう言うと志生はゆっくりと体を起して、私を見た。そしてキスをした。私たちは何も言わずに抱き合って、私の狭いベッドに入っていった。