第20章―妄想が止まらない―
それからしばらくは職場とアパートを行ったり来たりだけの生活になった。志生は毎週土日と祝日が休みだが私の方は週休2日制だけど不規則だ。それでも志生と2日に1度はメールのやり取りや電話で話したりした。二人とも長く会話する方でない為、たいがい元気か変わりないね、で終わってしまう感じだったけれど、私は十分満たされていたし、むしろ丁度いいくらいだった。
次に志生と逢えたのは、この前のデートから2週間後の金曜日だった。私が夜勤明けで、彼は夕方まで仕事だった。夜勤の前の晩、電話で私は自分のアパートに彼を誘った。
「料理不得意なの。何にもおもてなしできないけど、いつもごちそうになってるし。」
事実志生と付き合い始めてから、私は1度もお金を払ったことがない。食事代、飲み代、ホテル代や電車賃まで、全く財布を出すことがなかった。もちろん志生には何度か促したのだが、頑として受け取ろうとしなかった。というより、財布を出した時点で怒られた。
「俺は絶対女に金は出させない!」
それはどうやら彼のポリシーのひとつのようで、私も働いているからなんてのは理由にならなかった。もしかして会社の中ではエリートで、いいお給料もらっているのかと思う。でも、彼の会社は一応名の知れたメーカーではあったけれど、株価を見る限りそんなに急成長している会社ではない。ただ、彼は何にでもお金をつぎ込むタイプではなかった。服もそこそこ良い品を大事に使っているのが覗えた。おそらくご両親がそういう人たちなのだろうと思う。車も(志生とは必ず飲むので普段は車ナシ。)1度だけ見たが、国産車の1500CCのステーションワゴンだった。とうぜん特別高級車ではない。それでも、私とのデート1回で彼は最低3万は使ったと思う。泊まりのデートの時はトータルで7〜8万くらいはいっているのではないだろうか。前のあの人の時は、当然向こうが高級取りだったのでお金の心配がなかった(しかしよく考えれば病院の勤務医だってサラリーマンなのだが。)が、志生は普通のサラリーマンだ。やはり気がかりになっていた。
「たいしてしてあげてないよ。萌は何もねだることもないし。」
・・・よくねだる女と付き合ってたのだろうか。いかんいかん、また悪い癖。
「でも、うちなら時間も気にしなくて飲めるし、なんなら泊まっても構わないし。」
口に出した途端、しまったと思う。これでは聞き様によっては女の方から誘っているみたいで見栄えが悪い。いや、実際誘っているのだが・・。ストレートすぎた。とほほ。
「あ、あの、別に、変な意味じゃなくて・・。」
電話の向こうで志生がどんな顔してるかと思うと、穴があったら入りたいというよりもモグラになってずっと穴に入りっぱなしになりたくなった。
「じゃ、お邪魔させてもらおうかな。」
志生がさりげなく流してくれたので私はホッとした。
「どうやってくる?車?」
「そうだね。でも車置ける?」
「私のを奥に詰めれば2台くらい大丈夫よ。」
「じゃあ、仕事終わったら電話するよ。」
電話を切った後、私は久しく開いていない料理のレシピ本を見開いた。
志生が着いたのはもう辺りが暗くなり始めたころだった。
「すぐわかった?」
「俺がわからなくてもカーナビがわかる。・・失礼します。」
「どうぞどうぞ。」
・・・志生と結婚したら、こうして毎日彼といられるんだなあ、と思う。まだ付き合って2か月なるかどうかだけど、いつかそうなったらいいのに。
「はい、これ。」
志生にコンビニの袋を渡され中を見ると、案の定のビール、焼酎etc.。
「用意してあったのに。」
「邪魔にならないよ。」
冷蔵庫に収めていくと、アルコール以外にもチョコレートやアイスクリームが入っている。
「いいものが入ってる。」
私はアイスクリームとチョコレートに目がない。志生はそれを覚えたのだ。
「アルコールより邪魔にならないだろ。」
部屋で座って、台所にいる私の方を向いている志生。うう・・、結婚したらこうして毎日・・・。妄想が止まらない。
「美味そうじゃん。」
本当に料理が苦手な私だが、その日は頑張った。大根のサラダ、ベーコンとキノコの炒め物etc.。漬物とお刺身だけはお助け品目。
「とりあえずビール!」
「お疲れ様です!」
ビールを喉に流しながら横目で志生を見る。本当に美味しそうに飲む人だ。志生と結婚したら・・、この人と暮らしたら・・毎日こうして・・・・。ああ、妄想が止まらない。