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まぼろしの跡  作者: 樹歩
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第2章―別れについて私の言い訳―

 恋愛をし、そして別れの経験がある人ならわかると思うが、別れ話というのは男女の話の中でも本当に超ハードな部類だ。身も心も疲れる。疲れ果てる。自分から切り出すならなおさらだ。いかに相手を傷つけず、しかもキレイさっぱり別れられるか…かなりの難問。高いハードルだ。

 世の中、別れを告げられる(一般的には棄てられるとか、フラれるという。でも私にはあてはまらない。私は彼を棄てたり、フったりしない。今の関係を終わらせたいだけ)方が気の毒がられるが、一部の人間を除けば、たいていは好きだった人を傷つける事に苦しむし傷つく。二人分傷つく。私もこの答にたどり着くまでずいぶん苦しんだ。長くて遠い道のりだった。私は彼を愛していた。本当は今も愛していると言いたい。でももう限界だった。行き場のない恋、待っても来る事のない約束…。彼は離婚する気はなかった。付き合い始めた頃から彼は

「離婚はしない。出来ないんだ。彼女には借りがあるし、離婚しないのを約束で結婚したんだ。ヘンな話だけど、うちはそうなんだ。」

と言っていた。

「ふぅん、面白いわね。普通、離婚なんか考えないで結婚するんじゃないの?」

と、私は笑った。

 笑いながら、傷ついている自分に気付く。ちょっとしたきっかけで、彼を求めた私。戸惑いながら私を受け止めてくれた彼。もちろん結婚している事もわかっていたし、何も将来を求める気はなかった。でも、つらかった。永遠に独占できない愛情…だからこそ欲しくなる。付き合いも、本当に楽しかったのは1年くらいで、2年くらい経つと、私の言葉に棘が目立ち始めた。

「いいわよね。なんでも自分の都合で片付けられて。」

 何よりも我慢できなかったのは会う約束をドタキャンされる事だった。彼と知り合った翌年に看護学校へ入学した私と、大学病院の医師の彼は会う時間を作るのも本当に大変だった。月に1〜2度がせいぜい。それを約束した時間の30分前に

「ゴメン」

なんて言われたって納得できない。患者の急変ならまだしも

「妻が体調悪くて。ぎりぎりまで様子見てたんだけど、やっぱり一人にできない」

なんて言われれば、自分の立場も忘れて食ってかかってしまう。

「別に子供じゃないんだからちょっとくらい一人でいたっていいでしょう?どうしていつも私ばかりこんな思いしなきゃいけないの?あなたが今夜って言ったのよ!」 酷い事を言っている。彼だってできるなら私と会いたいはずだ。

 わかっている。でも我慢できない。彼の傷ついた顔が浮かぶ。“酷い女だと思ってるでしょうね。でも私だって傷ついているのよ。なら今度いつ逢えるっていうの?逢いたいのはわたしだけなの?”…淋しさがやがて怒りになり、いつか空虚に変わった。もはや付き合い始めた頃のあざやかさはどこにもなくなった。

 別れた方がいいんだろうな、と思った。何度も思った。でも1度も自分の男にならず、誰にも話せないまま、この恋を終わらせるのがつらかった。もしかしたら愛情より執着に近かったのかもしれない。ひとりになるのが怖かった。“淋しさに耐えられるだろうか…。だとしたら彼じゃなくてもいい?でも私が欲しかった男は、あの人だけだったはず…。”

 今となってさえ本心はわからないし、もうそれすらどうでもいい。彼を愛していた。それだけ。

 大切なのはこれからだ。もう2度と彼に会わず、私がひとりになること。ひとりでも、どんなに淋しくても乗り越えていくこと。

 今までも何度か別れ話はあったけど、今回の私は違う。明日の夜にはすべてスッキリしているはず。それには寝ておきたかったけど…。私は少しだけ苦笑いした。明日、彼がめずらしく昼間会える事になった。今までなら、昼間会えるのは滅多にないからどこにいこうか、ラブホだけじゃ勿体ない…といろいろ考えた。でもたいていお互い夜勤明けとかで疲れていて、ラブホで寝てしまっていたのだが。

 …明日は会ったらすぐに別れを切り出そう。そして、ぐずぐずと長くなる前に帰ってこよう。そんなことを考えていたら3時の巡視の時間になった。私はあの顔の見えない彼から行こう、と席を立った。

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