第123章―志生の心情その1―
☆お願いと訂正☆いつも「まぼろしの跡」をお読み下さってる皆様、本当にありがとうございます。前回分の122章ですが、少し追加編集した部分があります。出来たら再度確認していただいてから今回分をお読みくださるとありがたいです。よろしくお願いいたします。樹歩
駅の前には待ち合わせだろう、誰かを待つ人の姿が結構見えた。その中にあの面影を探す。・・・いない。志生がいない。私は周りを見渡す。彼がいない。
「早かったじゃんか。」
不意に肩を叩かれドキッとする。振り向くと志生だった。
「いないからどうしようかと思った。」
思わず情けない声を出す。志生がちょっと驚いた顔をする。
「だってメール送ったけど返事がないからまだ時間かかるかと思って。タバコ買いに行っただけだよ。」
それを聞いて、「あ、そうだった。」
志生からのメールを見て急ぐことしか考えてなかった私は返事をするなんてことは思いつかなかった。
「行こうか。」
志生が歩きだして私は黙って後ろをついてゆく。軽く目くばせをしたかと思うと適当に目についた居酒屋に入ってゆく。
アルコールを注文し、メニューを選んでいる時志生が言った。
「会社決まったんだ。」
「ふうん・・・え!?」
「会社。働くとこ。」
「ずいぶん早く決まったのね。」
「もともといたとこだし。」
「え?そうなの?」
「職安行ったらうちの会社も求人出てたから、申し込む前に電話してみたんだ。」
「そしたら?」
「一応人事に回してもらって事情を話して、そしたら高峰さんが電話に出てくれて・・。」
・・・高峰さん。おおらかな笑顔を思い出す。私たちの仲人になるはずだった志生の上司。今年あったことなのにずいぶん遠い過去のよう。
「・・・よかった、って言っていいの?」
ついそんな事を言ってしまう。
「ん?」
「だって1度辞めた会社じゃ・・・。」
私の奥歯にもの挟まった言い方に志生はピンと来たようだった。
「まあ、辞め方が辞め方だったからな。でもこの歳でまったく知らないとこで知らない人間と働くのは大変だと思ったからさ。なんでもそうだけど一から礎を築くのは容易じゃないだろ?それなら元の会社の方が楽だし。別に何かあって辞めたわけじゃないから。」
「でも、色々言われるんじゃないの?」
「多少のこと言われても、どうでもいいのは相手にしないよ。まあ、本当のことも言わないだろうけど。憶測の噂なんか適当に消えるさ。女の職場じゃないんだし。」
そう言われるともう何も私が言うことはない。というか言える立場じゃない。
「いつから行くの?」
「明後日。」
「え?そんなにすぐに?」
「だって別にやることもないし。」
「・・・・。」
どうして男の人って。大事なことに限って何も相談しない。あまりに言葉が足りない。・・・でもそれさえも私には言う権利ない。わかってる。明後日は自分が夜勤明けだから志生に逢えるんじゃないかと勝手に思っていたのだ。
志生には志生の都合や予定があるはずなのに。・・・わかってる。でも思わず黙りこくってしまう。そんな私の心情を察したように志生が言った。
「・・・だから今夜話をしないといけないと思った。ちゃんと、俺の今の気持ちを。」
とうとう来た。“つづき”が。私はコクンと頷いた。
「知紗さんと過ごしていた時、俺は彼女だけ見ていた。最初はぎこちないことが多かったけど、・・萌には申し訳ないけれど、やっぱり昔一緒にいたから・・打ち解ければもう何でもなかった。俺は彼女と夫婦になろうと頑張って、彼女も最後には俺にすべてをゆだねたと思う。何度も「もういい」と言ってたけれど、それさえ俺に対する優しさだったし。・・・ゴメン、萌にとって気分いい話じゃないだろうけど、・・俺もうまく言えないけど、ただ嘘はつきたくないから。嘘苦手だし。」
“嘘やごまかしが出来ないんだ。絶対ボロが出るんだ”・・・そう言ってた私の志生だった頃の志生を思い出す。
「うん、いいよ。大丈夫だからちゃんと話して。」
「知紗さんが亡くなって、彼女の父親から金を貰って・・・ってここまでは言ったよね?で、一人になりたくなって・・。色んな事思った。色んな人から色んなこと教わったし。最後漁村で会った、旦那さんを亡くしたって言う奥さんからは「生きてる人で想いを伝えられる人がいるなら本人にきちんと訊け。死んだ人には訊けないんだよ。」って言われた。あれで本当に目が覚めたね。生きてる萌とこの世の人じゃない知紗さんを同じ土俵で比べても全く意味を成さないって。知紗さんが納得してあの世に行ったかはわからない。でも全てを儚んでいたとも思えない。それくらいの濃い時間を過ごしたと言える。自信を持って言える。それは・・・俺と知紗さんだけがわかってることだ。」
「・・・・。」
志生はそこまで話すと、半分ほど残っていたグラスの焼酎を一気に飲み干した。店員を呼び同じものを注文してため息をつく。
「・・・俺はね、萌。俺は・・・。」
長い沈黙。でも私も何も言うことができない。のど元まで熱い何かがせり上がってきている。アルコールを飲んでいるのに全く酔っているという感覚がない。
「・・・萌を愛している。愛して、大事に思っていて、必要としている。」
「・・・!!」
身体中に大きな波がかぶられる。無防備な私を波打ち、飲み込む。一瞬私の息がとまる。
「・・それが俺の気持ちだ。ただ・・。」
ただ?ただ何なの?私は乾いて声も出ないのどの奥で訊いている。
「知紗さんも愛している。」
「!」
「正直に言うよ。二人とも愛してるんだ。全く同じくらいに。全く少しの比較もないほど。」
「・・・・。」
言葉だけは理解できる。多分感情も理解出来ると思う。でも混乱を避けられない。
「今の俺に必要なのは萌だ。萌の存在だけが俺の救いだ。間違っていない。萌さえよければ萌の支えになりたいと思う。今の俺なら萌の苦しみを多少はわかってやれると思う。・・・でも萌と知紗さんを天秤にかけることはできない。いや、俺は何度も天秤にかけた。意識的に、そして無意識に。何かの拍子につけて俺は君と知紗さんと天秤にかけていた。それは物事によってはどちらかに傾くこともあった。でも純粋に愛情だけを考えた時、それは全く微動だにしない。全くの平行な位置なんだ。同じ重さなんだ。」