秋の星
紅葉で彩られた山々。
その間を流れる清流。
叔母の遺影を見つめながら、一昨年に叔母と二人で行った京都を思い出していた。
写真嫌いの叔母が、なぜかあの時だけは大人しくレンズに収まった事を覚えている。
葬礼がすべて済むと、会場には数える程の親戚しか残らなかった。
叔母の姉である母は四年前にこの世を去った。
月に一度の乳ガン検診を欠かさなかった母は、皮肉にも末期の子宮ガンで命を落とした。
僕と父だけになった我が家の家事を、叔母は毎週引き受けてくれた。
親族で集まる時には必ず遊んでくれる叔母が、僕は小さい頃から大好きだった。
しかし一方で他の親戚一同は、クラブを経営する叔母の事を良く思ってなかった。
叔母に対する大人達の冷たい態度に、僕は子供ながら気付いていた。
僕が片付けを終えて行くと、父は外のベンチで煙草を吸っていた。
口うるさい妻に先立たれた父は、母の葬式の夜に禁煙を止めていた。
「寒くないのか?」
父は何も答えなかった。
僕は着ていたコートを脱ぎ、昔より小さくなった父の肩に掛けてから隣に座った。
「今夜は星がよく見えるな。」
不意に父が口を開いた。
「うん。」
僕は白い息を吐いた。
「…叔母さんがお前を連れて来た夜も、よく星が見えたなぁ。」
「………は?」
「叔母さんは…お前の本当の母親だ。」
僕は状況が飲み込めない。
夜空を見上げたまま父は続けた。
「あの頃まだクラブで働いていた叔母さんは、子供のいなかった私たち夫婦の所に、音信不通になった男との間に出来たお前を預けたいと言ってきた。」
「嘘だろ…」
「不妊治療を受けていた私たちは、快く受け入れた。
しかし、それがいけなかった。
その一ヶ月後に叔母さんと連絡が取れなくなった。」
「それで?」
「お前の二歳の誕生日に、叔母さんが家に訪れた。
音信不通になっていた男…お前の本当の父親が、人を殺して刑務所に入ったんだ。
人殺しの子供としてお前を育てる事を避けるため、私たちの子供として育てて欲しいと頼み込んできた。
さすがに私たちは戸惑った。
しかし叔母さんの熱心な態度に折れて、私たち夫婦は、お前を引き取る決心をした。」
「そんな…」
「叔母さんが息を引き取る直前、これを渡された。」
父は懐から封筒を出した。
僕は焦る気持ちを抑えて、封を開けた。
中には手紙が入っていた。
「この手紙を読んでいるという事は、もう私の葬儀は終わったのでしょう。
ご苦労様でした。
言いたい事はたくさんあるでしょう。
恨まれても仕方ないと思っています。
でもこれだけは信じて欲しい。
心からあなたを愛していました。
一時も忘れた事はありません。
集まった親族の中にあなたを見つけた時、母親として抱きしめてやりたかった。
無垢な目で私を見つめ、"叔母ちゃん"と声をかけてくるあなたを見る度に、胸が塞がる気持ちでした。
二人で京都に行った事、覚えていますか?
あの三日間は、私の人生で最も素晴らしい時間でした。
ただ、あなたは私を"叔母さん"と呼んでいました。
『お姉さんと呼びなさい!』と冗談めいて答えていました。
本当は、一度でもいいから"母さん"って呼んで欲しかったな。
それが唯一の心残りです。
あなたの人生は、他の誰でもないあなた自身のものです。
体に気をつけて、悔いのないように精一杯生きてください。
あなたの幸せを祈っています。」
僕が手紙を封筒に戻すと、父が初めてこちらを見て言った。
「今日までずっと叔母さんに口止めされていた。
勘違いしないで欲しいが、俺はお前の親父だからな。」
「…当たり前だろ。」
僕はベンチから立ち上がった。
「明日から夕食の当番はどーするか。」
父がわざとらしく言った。
「…じゃんけんだろ。」
僕はそう答えて式場の中に戻った。
会食の名残は、ほとんど片付け終わっていた。
遺影の中には、"母さん"が京都の紅葉を背に笑っている。
今度の秋には、"父さん"を連れて行こう。
END