ドライブデートの帰りに遭遇した一件
あれは、何十年も前の事でした。
僕が、まだ学生だった頃のエピソードをお話しします。
その当時は、カーナビも普及していなく、頼れるのは地図帳だけでした。
あの時は、天気も良く、行き道だけは本当に順調だったんだ。
でも、帰る時には、恐怖で震えが止まらなかったんだっけ。
あっ、申し遅れました。
僕の名前は、古橋彰比呂と申します。
まあ、自己紹介はさておいて、僕が学生の頃には彼女がいました。
彼女の名前は、新浦苑未さんです。
一つ年下で、可愛らしい目元と、ひらひらしたトップスが似合う女性でした。
えっ、どこで知り合ったんだって?
まあ、それについては、合コンとだけ言っておこうかな。
合コンといえば、男性だけが空回っていて、女性が興ざめしているって空気が多かったんだけど、この時ばかりは彼女からの好意がひしひしと伝わってきたんだよな。
何と言っても、あんなにキラキラとした目で見られるのは初めてだったからね。
それからは、近過ぎず、遠過ぎずで、お付き合いをしていた訳なんだけど、この時が一番幸せだったんだと思うよ。
何故なら、彼女はとても付き合いが良くて、僕が行きたいのがニッチな場所であっても、快く同行してくれたんだよ。
その関係が、とても愛おしく思えたんだっけ。
ある秋の日、僕は彼女をドライブに誘ったんだ。
普通、ドライブデートといえば、観光地や遊園地に行く事が多いと思うけど、僕の場合は違っていたんだ。
今回のドライブは、今シーズンに行く予定のスキー場の下見だったんだよね。
この頃の僕は、穴場のスキー場を探しては、心弾んでいたんだよ。
紅葉の時期も終わって、何の変哲もないドライブだったんだけどね。
それでも、彼女は僕のプランを快く受け入れてくれたんだ。
大体だけど、都心から関越自動車道を経由して、現地まで3時間、休憩を挟んで往復で7時間といったところだろうか。
そして、いざドライブとなった時に、時間に余裕があったら現地を散策してみようという事になったんだ。
とはいえ、散策時間は30分以内と決めていたんだ。
関越に乗ったのは10時頃だったから、余裕を持って18時頃には都内に戻るつもりだったんだ。
その日は、曇っていたけど、まずまずの気候で、往路に関しては順調だったんだよね。
スキー場迄は、下道が長いから時間がかかると思っていたんだけど、市街地もすんなりと抜けられたんだ。
そして、いよいよスキー場の真ん前迄行ったんだ。
その時点で、14時30分頃だったかな。
シーズン前だから、閑散としていたけど、一応記念写真を撮っておこうという流れになったんだ。
僕は、このペースで帰れば、19時から始まるテレビ番組が見られるんじゃないかと期待していたんだ。
現地を軽く散策して、15時位には車に乗り込んだのかな。
その時彼女が、
「日帰り温泉も下見しとかなきゃね」
って、言ってきたんだ。
予定外だったけど、まだ時間もあるし、行ってみる事にしたんだ。
山道を下って、どのくらいの時間が経ったのだろう。
日帰り温泉に行くには、インターとは反対方向だったっけ?
いや、そこは確認してからだろう。
僕は、車を停めて地図帳を見ました。
多分、あと1km位先を曲がるのかな。
まあ、その辺りに行けば案内表示があるだろう。
独り言を言っていると、助手席にいる彼女から、
「地図は私が見るから」
「だから、その地図帳を貸して」
と、言ってきたんだ。
僕は、道に迷いたくなかったので、彼女の申し出を素直に受け入れたんだ。
何故なら、山道で迷うと、往々にしてかなりの時間をロスをするからね。
ぼくは、オドメーター(積算走行距離計)を見ながら、慎重に車を走らせたんだ。
よし、あともう少しで三叉路に差し掛かるはず。
そこで、インターの逆方向に曲がればいいはず。
そう思った時、彼女が強い口調でこう言ってきたんだ。
「そこの細道を右に行って!」
「えっ、曲がるのはこの先じゃないの?」
「違うわ!いいから言う通りにして!」
僕は、驚きを隠しつつも、彼女の指示に従ったんだ。
しばらくすると、薄っすらと霧がかかってきたんだよ。
「そこを右!」
「そこを左!」
「このまま真っ直ぐ!」
「この先の細道を右!」
僕は、彼女の表情を確認しようとしたんだけど、
「そこを右!」
「そこを左!」
「そこを右!」
「そこを左!」
と、矢継ぎ早に言われた為に、彼女の顔を見る事が出来なかったんだ。
そして、彼女が、耳を劈くような叫び声をあげたんだ。
「そこを左に曲がって!」
僕は、その声に恐怖を覚えつつも、逆らえない自分がいる事に気付いたんだ。
それでも、その喚き声だけは、違和感がありありだったんだよ。
何故かと言うと、その一言だけは、明らかに違う人の声だったからね。
その時なんだけど、僕の背後から野太い声で、
「返せ~」
「返せぇー!」
「返しやがれー!」
という、聞き慣れない声がしてきたんだ。
その声は、どんどん大きくなり、僕の鼓動は高まるばかりだったんだ。
すると、段々と霧が晴れて来て、周囲がはっきりと見え始めたんだ。
そこで、初めて、
この状況はおかしい!
と、気付いたんだよ。
僕は、ハンドルをしっかり握ったまま、急ブレーキをかけたんだよ。
だけど、すぐには停止しないものだから、透かさずサイドブレーキを引いたんだ。
すると、若干横滑りはしたものの、何とか停まる事が出来たんだけど…。
「ピシッ、ガラガラガラ…」
「ズズズズー」
車の左側から、不穏な音がしたんだ。
僕は、慌ててギアをバックに入れて脱出したんだよ。
「ブゥン、ブゥーン」
「ブゥーン、ブゥーン」
数秒後、車は安全な位置まで移動出来たんだ。
だけど、その直後に、
「ガラ、ガラガラガラ」
「ゴ、ゴロゴロ」
「ゴゴゴゴゴ」
ってな感じで、さっき迄車があった場所が、一部崩壊したんだよ。
僕は、車を後退させながら、彼女の名前を呼び続けたんだ。
だけど、全く応答しないんだよ…。
もう、自力で脱出するしかねえ!
僕は、何とかして三叉路の手前付近に戻ったんだ。
そこで、彼女の両肩を揺さぶってみたんだ。
「おい、何であんな道案内したんだよ」
「えっ、私寝てた?ゴメーン」
「いや、違うよ!さっき迄、崖に向かわせようとしていただろ!」
「そんな事、私がする訳ないじゃない!」
「分かった分かった、だったら、ついさっきまでどうしていたのか覚えているか?」
「どうしていたって、寝てたんじゃ…」
「本当に何も覚えていないのか?」
「ていうか、起こしてくれればよかったじゃん」
「それが、デカい声で何回も呼んだんだけど、起きなかったんだよ」
「う~ん、寝ていたというよりは、失神してたって感じかも…」
「マジで?そんな事ってあるの?」
「それなんだけどね、三叉路の手前だったかな、急に黒い煙みたいなのが見えたのよ」
「それで?」
「それから先は、全く覚えていないのよ」
「それって、何かに呼ばれたって事かよ」
「ふえーん、怖いからもうその話はやめようよ~」
それから、僕らは無事に都心に帰ってきたけど、それだけでも良かったのかな。
数日後、彼女は体調を崩してしまったし、僕自身もずっとあの時の事が気に掛かっていたんだよ。
僕は、彼女の回復を待って、次に会う約束をしようと思ったんだけどね。
でも、もう僕とは会いたくないの一点張りだったんだよ。
結局は、彼女とは別れてしまったんだけど、後々になってこんな噂話を聞いたんだよ。
その人は、僕の同級生なんだけど、皆からはそいつの話はどうも嘘臭いって言われていたんだよ。
それでも、僕はその噂話を聞く事にしたんだ。
「ああ、あの場所はな」
「自殺の名所なんだってさ」
「若い男女が、車でダイブして無理心中を図ったって話だぞ」
「それも、1件や2件じゃないんだってさ」
「マジかよ~、何でそんな事を知ってるんだよ」
「それはだな、俺もあのスキー場に行った事があるからだよ」
「それでも、単なる噂だったんだろう?」
「それがそうとも言えないんだぜ」
「俺がスキーの帰りで、道に迷った時にな、前の車が右に行ったんだよ」
「だから、俺も着いて行っちゃったんだよね」
「そうしたら、細い登り坂に、崖に向かうタイヤマークが付いてたから、怖くなって引き返してきたんだよ」
「じゃあ、お前も呼ばれたって事なのかよ?」
「そうかもな…、じゃないと、こんな話出来ないからな」
「だけど、他の人に話しても、誰も信じちゃくれないんだ」
その話の真偽は不明だけど、僕は妙に納得してしまったんだ。
「あのさ、今シーズンに例のスキー場に行くんだろう?」
僕の同級生が、身を乗り出してそう言いました。
「ああ、そのつもりだけど」
「だったら、帰りにあの崖に行ってみないか?」
「バカな!行く訳ないだろう」
「一説によると、助手席に彼女を乗せていないと大丈夫らしいぞ」
「いやいや、僕は遠慮しておくよ」
その時の話は、そこで終わりになったから良かったんだけどね。
あの時の事で、忘れちゃいけないのが、
「返せ~、返せぇー!」
っていう、野太い声なんだよね。
でも、心底響くあの言葉がなかったら、生還出来たかどうか定かではないような…。
それと、僕の中では、車の左側から聞こえてきた、
「ピシッ、ガラガラガラ…」
という音が、いつまでも脳裏に焼き付いて離れなかったんだ。
その年のスキーシーズン中に、例の細道の近くを通ったんだけど、その入り口には白い花束が供えてあったんだ。
もしかしたら、僕の同級生が花を供えたのかな。
僕は、あの時の事を思い浮かべながら、今一度ゾッとしたんだよ。




