第6話 情報整理
夜の静けさが事務所を満たしていた。
机の上には数枚のメモ用紙が広げられている。終司は椅子に腰掛け、ペンで紙を軽く叩いた。
フロリス魔法学院。
霧城夕緋。
結界魔法。
学術祭。
そして――
魔女狩り事件。
「ここに関連性は……」
七年前、この街で起きた反魔法派集団による大規模テロ。
世界中の魔法使いが集まるフォーラムの会場で、数多の魔法使いがなす術もなく殺された。
そして、その事件の跡地に建てられたのが、フロリス魔法学院。
そんないわく付きの場所だ。
何かが起きても不思議ではない。
終司は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。
「それにくわえて、師匠か……」
その時だった。
机の上の端末が震える。
終司は画面を見て、それに手を伸ばし通話を取った。
「もしもし」
『こんばんは、兄さん』
落ち着いた少女の声だった。
『調子はいかがです?』
「良くもなく悪くもないよ」
終司は小さく笑う。
『学院の結界、かなり強力なものだったのでは?』
「ああ」
終司はペンを回す。
「門をくぐった瞬間に分かるレベルだったよ」
『結界石は貴重です。いくら重要施設とはいえ、あのクラスの石をそういくつも配置出来るとは思えないんですけどね』
「霧城夕緋が結界魔法を発現したとはいえ、未だに失われた魔法であることに違いはないしな。魔道具として残ってる結界石の価値も変わってはいないだろうし」
終司はメモの"結界魔法"を指で叩いた。
「彼女は自分に結界魔法が発現してから、その研究をしていた」
『それも、新しい術式を……ですか』
「師匠の話だとそうなる」
冴鳴は少しだけ黙った。
やがて静かに言う。
『兄さん、あの結界ですが』
「うん?」
『拠点防衛用とはいえ、少々過剰な気がします』
終司は頷く。
「俺もそれは同感だな。外壁だけでなく、校舎や施設の至る所にあった」
『もしかしたら……』
冴鳴の声は落ち着いていた。
『用途は防衛のものではない可能性があります』
「テロリスト対策というのが世間への説明だったはずだけどな?」
『納得させる理由には丁度良いかと。でも、別の目的があるとしたら』
「何かを閉じ込める結界」
『はい』
「そうなると、閉じ込める対象は学院の生徒と考えるのが自然か。魔法使いに対してまだ危険視する意見も多いし」
終司は軽く息を吐く。
「……まあ、それは置いておくとして」
『置いておくとして?』
「目撃情報や学院の入場記録も漁らないと確証はないけど、俺は霧城夕緋は学院の外に出てない可能性が高いと考えてる」
『妥当な推理だと思います。ですが、夕緋さんは結界魔法を扱える……解除もできると考えても良いのでは?』
「それはないと思ってる。無理に解除なんてしたら、魔道具自体が壊れる」
『学院の外壁の結界石が壊れたなんてことになれば、騒ぎになっていそうですしね……』
短い沈黙が落ちる。
終司は窓の外を見た。
遠くに見える街の灯り。
その向こうにある学院。
「……前途多難だな」
ぽつりと呟く。
『兄さん』
「ん、どうした?」
『あの人に会ったのは、久しぶりですね』
「ああ」
終司は静かに答えた。
「七年ぶりかな」
『避けられていましたからね』
「俺も、会う気はなかったからな」
冴鳴は少し黙る。
やがて、静かに言った。
『兄さんはまだ、あの時のことを覚えてます?』
終司の手が止まる。
「覚えてるさ」
短く答える。
「忘れられるわけがない」
暗くなった会場。
血の匂い。
そして――
彼女が胸を貫かれ、崩れ落ちる姿。
血が床に滴る音だけが、やけにはっきりと残っている。
『兄さん』
「分かってる」
冴鳴の言葉を遮る。
「俺の記憶はあてにはならない」
終司は軽く息を吐く。
「あの時、俺は魔力の全部を使い切った。前後の記憶は抜けてる」
『うん……』
「それでも」
終司は言う。
「あいつが刺された瞬間だけは、はっきり覚えてる……嫌でもな」
冴鳴はしばらく何も言わなかった。
『昔の兄さんなら、もう少し取り乱していましたね』
「あの頃の俺、酷かったからな」
『大丈夫です。今の兄さんはとても冷静ですよ』
「そうありたいと思ってるよ。依頼人の前で取り乱したりなんて真似はごめんだ」
そう言って、軽く伸びながら椅子から立ち上がる。
「よし、学院に潜入する準備でもしておくか。じゃあ、そろそろ切るぞ?」
『はい。それではまた』
通話が切れる。
「さて……」
終司は端末を机に置いた。ふと、机の上の短刀に触れる。
そして、事務所は再び静かになった。
外では、夜風だけがガタガタと窓を叩いていた。
まるで、何かを急かすように。




