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第5話 下見

 学院長室を出ると、旭が小さく息を吐いた。


「……ふぅ、緊張しました」


「流石にね」


「学院長先生とお知り合いだったなんてびっくりです。しかも、お弟子さんだったんですね?」


「昔の話だよ」


 それ以上は語らない。


 旭もそれ以上は何も聞かなかった。


 二人はそのまま校舎を出て中庭へ向かう。


「ここが、中庭です」


「なるほど」


 終司は足を止め、中庭を見渡した。


 芝生の広場はかなり広い。来た時と同じように、生徒たちはまだ魔法を練習していた。


 終司は視線をゆっくりと動かす。


 校舎の配置。


 中庭から研究棟までの距離。 


 視界を遮る建物の位置。


 もし誰かが人を連れ去るなら、使うのはどの通路か。


「何か分かりそうですか?」


「いや」


 曖昧に答える。


 だが視線は止まらない。


 探偵としての癖だった。


 逃げ道。死角。人の動線。


 これら全てをざっと確認する。


「なんだか、本物の探偵みたいですね」


「いや、本物の探偵だからね?」


「あ、すみません……! 橘守さんって私とそんなに歳も変わらなさそうなので、何だかまだ同じ学生みたいに感じてしまって……あー、もう私凄い失礼ですよね……」


「確か旭さんは十六だったね。なら、俺の二つ下だよ」


 終司は軽く笑う。


「ふふ、二つ上の先輩って感じですね。いっそのこと先輩って呼んじゃおうかなぁ」


「……いいな、それ」


「えー? 先輩って呼ばれるの好きなんですか?」


 旭が人差し指を口元に添えながら、少し悪戯な笑みを浮かべる。


「そうじゃない。何かの拍子に旭さんが俺のことを探偵なんて呼んだらまずいだろう? だから、その先輩って呼ぶのはカモフラージュには丁度良いと思って」


「なるほど……確かに、そっちの方が自然かもしれません。あ、では昔の知り合いって設定も追加しておきませんか?」


「それも採用。旭さんとは一緒に行動することが多いだろうから、元々知り合いならその理由付けになる」


「となると、口調ももう少し砕けてた方が?」


「そうだね。今みたいな話し方だと、逆に目立つかもしれない」


 終司は少し考えるように顎に手を当てた。


「ちょっと試しに何か言ってみて貰えるかな」


「い、いきなりそう言われると……ちょっと身構えちゃいますけど……」


 旭は少しだけ背筋を伸ばし、咳払いを一つ。


「終司先輩、次はどこ行きますー?」


 さっきまでより少しだけ柔らかい声だった。


「……うん、いいんじゃないかな」


「本当です?」


「少なくとも、さっきより親しい感じは出てるよ」


「じゃあ、腕とか組んじゃいましょうか?」


「こら、そこまでは言ってないだろ。よし、じゃあ続きを案内してくれ、旭」


「あ、呼び捨て……」


「こういうのを自然にやるのが大人ってものだよ」


「もぉー! 私と二つしか違わないじゃないですかぁ!」


 軽口を交えながらも、二人は学院内を歩いた。


「ここが図書館です」


「思ったより大きいな」


 図書館。魔導書が並ぶ静かな石造りの建物。


「それで、ここが研究棟です」


「オフィスみたいだな」


 研究棟。上級生や教師が研究を行う場所。


「こっちへ行くと寮ですねー」


「人の通りはそれなりにありそうだ」


 寮へ続く通路。校舎から少し離れた、静かな道。


 終司は案内を受けながらも、時折足を止めて周囲を見ていた。


 敷地は広い。


 それに外周を囲む結界。


 研究棟は奥に寄せて建てられている。


 そして寮は校舎から少し離れた位置にある。


(……なるほど)


 終司は小さく息を吐く。


 学院の構造を、頭の中で組み立てる。


 もし誰かがここで人を隠すとしたら。


 もし誰かがここから外へ連れ出すとしたら。


 いくつかの可能性が頭の中に浮かぶ。


「先輩?」


 旭が声をかける。


「どうしました?」


「いや」


 終司は歩き出した。


「今日はこのくらいにしておこうか。下見は大体できた」


 旭が少し驚く。


「学院の形は頭に入った。今はこれだけで十分だよ」


「も、もう覚えたんですか? 凄い……」


 二人はそのまま正門へ向かう。


 学院の外へ出る前に、終司は一度だけ振り返る。


 フロリス魔法学院。


 七年前、魔女狩り事件が起きた場所。


 その跡地に建てられた学院。


「……この辺、だったかな」


 足の裏で軽く地面をなぞりながら、小さく呟く。


「え?」


「いや、なんでもない」


 旭は少し不安そうに聞いた。


「姉さん……見つかりますよね」


 終司は少しだけ考え、頷く。


「全ての答えはこの学院にある……絶対にね」


「で、ですよね!」


「もしかしたら、ふらっと帰ってくる可能性もある」


「ですよね!」


 あまり期待させるのもなんだが、気持ちは前に向いていた方が良い。


「何にしても、俺がここに潜り込む手筈は整ったんだ。あとは待つだけだよ」


「今日はありがとうございました」


「こちらこそ。今日の今日でいきなり対応してもらって悪かった。それじゃ、俺はそろそろ帰るよ」


「はい。こちらの準備が整ったら私から連絡しますね!」


「宜しく頼むよ」


 終司は軽く手を振り、学院を後にする。


 夕暮れの街を歩きながら、終司は考える。


 霧城夕緋の失踪。


 そして――


 魔女狩り事件の跡地に建てられた学院。


「……偶然なわけがない」


 終司は小さく呟いた。


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