第21話 聖堂の中へ
「ちっ、なんでてめぇが出張ってくる? これは俺たちの喧嘩だ。てめぇに邪魔される理由はねぇぞ……!」
ラルスが肩を鳴らしながら言い放つ。
親指で終司を指し示し、口元を歪めた。
「そもそも、俺はこいつが腕試しに来たって話だったから、相手をしに来てやっただけなんだぜ?」
開き直り。
だが、その理屈は彼の中では一貫している。
「そんなことは関係ありません」
即座に、エリューシアが切り捨てた。
銃口は揺れない。
呼吸一つでさえ、許されない距離だった。
「ここは聖堂前……魔法の使用は禁止です」
淡々とした声。
「ましてや、他者や建物を巻き込む形での戦闘など――論外です」
「ちっ、これがある限り俺の行動は筒抜けだもんなぁ?」
ラルスは首元に嵌められたそれを指でコツンと叩きながら、鼻で笑う。
「早く武器を下ろしてください」
「だとよ、終司」
気安く終司と呼び捨てにした。
「次はありませんよ? 下ろしてください」
言葉の意味は、それだけで十分だった。
「ちっ、しゃーねぇ……ほら、これでいいだろ? お前も早く降ろせ終司。こいつに逆らうと面倒だぞ」
ラルスが小さく舌打ちしながら拳を下に下ろす。
それに合わせるように終司も小刀を腰へと戻した。
「折角いい感じだったのによぉ。とんだ邪魔が入ったもんだぜ。なぁ?」
にやりと笑う。
「それは俺に同意を求めてるのか?」
「当たり前だろうが。お前も俺みたいなやつとやりたかったんだろ?」
終司はその問いをあっさり無視する。
「ははっ、無視かよ。いいねぇ」
ラルスの笑みが深まる。
「やっぱ、気に入ったわ」
一歩、下がる。
そのまま手をひらひらと振った。
「邪魔も入っちまったし、今日はこの辺にしとくかぁ」
熱が、すっと引く。
先ほどまで肌を焼いていた熱気が、嘘のように消えていく。
「それに、まずは最強……お前からだからな。学術祭での対戦楽しみにしてるぜ」
「素行不良で出場停止にならないように気をつけてくださいね?」
「はっ、抜かせ。じゃあな、終司……楽しかったぜ?」
そう言い残し、嵐はその場を去った。
気配が遠ざかる。
足音すら残さず、熱だけを置き去りにして。
完全に消えるまで、誰も動かなかった。
やがて。
「……はぁぁ……っ」
旭が大きく息を吐いた。
「し、死ぬかと思いましたよ……!」
まだ呼吸が整っていない。
その場にへたり込みそうになるのを、なんとか堪える。
「もぉ、先輩が腕試しなんて変なこと言ったせいで、ヤバいのが釣れちゃったじゃないですかー!」
「あんな頭のおかしなやつが来るとは思わないだろ……?」
「そうですけどっ!」
旭が食い気味に乗る。
「ラルスくんは炎魔法の使い手で、学内でも指折りの問題児。狂焔なんて呼び名まで浸透しちゃってるから」
「四耀だからって、なんでも許されると思ったら大間違いですよ」
「私も結構好き勝手してるから、それを言われると弱いなぁ」
リトリが小さく苦笑する。
「でも終司くんの想定を超えてくるなんて、こればかりはラルスくんも大したものだね」
「褒めるところじゃなくないですか!?」
旭が即座にツッコんだ。
張り詰めていた空気が、少しだけ緩む。
「……ところで、先輩」
旭が、少しだけ声を落とす。
「さっきの……本気ですか?」
「何の話だ?」
「ラルス先輩が、お姉ちゃんの件に関わってるかもって」
緩んだ空気が、再び引き締まる。
終司はわずかに間を置いた。
「なんとも……だな」
淡々と答える。
「その点に関しては、問題ないかと」
エリューシアが割って入った。
銃は既に下ろされている。
だが、場の主導権は変わらない。
「彼はこの一ヶ月の間、学院の監視下にありましたから」
「……え?」
旭が目を見開く。
「問題行動が多すぎたので、行動制限付きでの監視を受けています」
淡々とした説明。
「外出と人との接触、戦闘行為の全ては把握しています。私がここに来たのも、無許可での魔法使用が確認されたからですし」
つまり。
「彼に限って言えば、夕緋さん失踪へは関わっていない……関われないかと」
断言だった。
終司はわずかに目を細める。
「……それは確かなのか?」
「限りなくゼロに近い……とだけ」
言葉に迷いはない。
「彼の不審な行動は、彼がつけているチョーカーを通じて、全て学院の保安部と学生会で把握していますから」
エリューシアの言葉は淡々としていたが、その内容は軽くはない。
「あはは……まるで罪人扱いですねー」
旭が乾いた笑いを漏らす。
「問題児が故に、アリバイがあるってことか」
終司の皮肉とも取れるその言い方に、エリューシアは特に反応を示さなかった。
「それに彼は、夕緋さんやリトリさんみたいなタイプには興味を示しませんから」
わずかな間。
その言葉に、場の空気がほんの少しだけ揺れる。
「なぜだ?」
「私や夕緋ちゃんからは、闘争の匂いがしないから、だそうだよ」
リトリはあっさりと言う。
「闘争の匂い?」
旭が首を傾げる。
「彼だけの持つ特殊な感覚……みたいなものだと私は認識しています」
完全には理解していない。そんな響きだった。
「自分と同じ戦闘狂かどうかを匂いで嗅ぎ分けてるんじゃないですか? エリューシア先輩と終司先輩は気に入られてそうでしたねー?」
旭の軽口に一瞬だけ、空気が止まる。
終司とエリューシアは思わず顔を見合わせた。
ほんの刹那。
互いに何かを測るような視線。
「遠慮させてもらいたいな」
「私もです」
二人の意見が完全に一致する。
その即答に、旭とリトリは思わず笑う。
あれに仲間意識のようなものを持たれても、嫌悪感しかないのだろう。
「とにかく、ラルス先輩はお姉ちゃんの件には関係ないんですね?」
「ええ」
エリューシアは頷いた。
「少なくとも、彼ではないかと」
「分かった。あいつはとりあえず要注意人物として覚えておく」
終司は答える。
「……それで」
やがて、彼女が口を開く。
「皆さんは、なぜ聖堂に?」
端的な問い。
終司は答える。
「俺たちは、夕緋さんの足取りを追ってここへ」
「色々調べてたら、この辺りが怪しいってことになって……」
旭が続ける。
「シアちゃん。私から簡単に説明するよ。終司くん、いいかな?」
「……ああ、もちろん」
隠す必要はないと終司は判断した。
学院長や彼女との関係はあくまでも個人的なものだ。
夕緋の行方を探すという一点において、私情を挟むことを終司は良しとはしなかった。
リトリは、これまでのことを掻い摘んで伝える。
あらかたの説明を終えると、エリューシアは小さく目を伏せた。
「なるほど……大体の状況は分かりました」
エリューシアは小さく目を伏せた。
「ラルスさんのタイミングが悪すぎましたね」
「ですよねっ!?」
「私の方からも、また注意しておきます。彼の行動は四耀として……いえ、生徒として目に余りますから」
「ラルスくんを止められる人なんて、学院でも限られてるしね」
「あいつのことは一旦置いておくとして、一つ困ったことがあるんだ」
「困ったこと、ですか?」
「鍵が閉まってて……入れないんですよー」
「……鍵が?」
エリューシアの眉が、わずかに動いた。
「それは、おかしいですね」
小さく呟く。
「失礼します」
旭の横を通ると、エリューシアはカチャカチャと扉の施錠を確かめ始めた。
「……確かに、閉まってますね。でしたら」
そういって、上着のポケットから鍵を取り出した。
「鍵ならありますし、これで入りましょうか」
当然のように言う。
「あ、そっか。学生会長のシアちゃんならマスターキー持ってたね」
「どこかの誰かと違って、タイミング良いですー」
「開けますね」
カチリ、と音が響く。
重厚な扉のロックが外れた。
ゆっくりと、扉が開く。
内部から流れ出る空気は、ひどく静かで――
どこか、冷たい。
空気そのものから、温度が抜け落ちているようだった。
白く整えられた空間に、整然と並ぶ長椅子。
そこに差し込む光と神聖な空気。
だが、人の気配はまるでない。
「では、私から。皆さんも後に続いて入ってきて下さいね」
エリューシアが先に歩き出す。
振り返らない。
当然のように、先導する。
終司は一瞬だけその背中を見て、そのまま聖堂の中へと足を踏み入れた。
旭とリトリも続く。
扉が、背後で静かに閉じた。




