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第19話 魔法禁止区域

 リトリの部屋を後にし、示された地点へと辿り着いた三人の前に現れたのは学院の一角に建てられた聖堂だった。


 白を基調とした外観は新しく、無駄な装飾も少ない。


 整然とした造りが、かえって静けさを際立たせている。


 人の気配はない。

 

 開けた空間に、風が抜ける音だけが静かに残っていた。


「ここって……聖堂、ですよね」


 旭が小さく呟く。


「式典とかで使われてるね。週末だとミサもやってるかな」


 リトリが頷いた。


「レナルス教の信徒でもなければ、普段は来ないですよね。私も、終司先輩を案内した時に久しぶりに来たくらいです」


「基本的にはいつでも開放されてるよ。祈りを捧げる場所だし、誰でも自由に出入りできる」


 リトリはそう言いながら、聖堂の扉へと視線を向ける。


「ただし、夜だけは自動で入口が閉まるようになってるね」


「夜だけ?」


 終司も同じように扉を見る。


「うん、この時間なら普通に開いてるはず」


 即答だった。


「あれ、昨日昼間に先輩と来た時は入り口閉まってましたよね?」


「ああ、間違いなく」


「司祭のクエト先生にも会わなかった?」


「学術祭の期間なので、お休みなのかなーって」


 旭の言葉に、リトリはわずかに首を傾げる。


「そんなはずはないと思うんだけど……あ、それとここでは魔法の使用は禁止だから気を付けてね」


 少しだけ声の調子を変えて続けた。


「学院内だと、唯一の魔法禁止区域だから」


 だからこそ、魔力の気配があるはずがない。


「魔法禁止区域……か」


 終司は短く繰り返す。


 そのまま周囲へと視線を巡らせた。


 視界に入るのは整然とした白い壁と、手入れの行き届いた植栽。

 

 不自然な点はない。少なくとも、見た限りでは。


「……あれ、おかしい」


 ぽつりと、リトリが呟いた。


 視線は聖堂に向いたまま。


「少しだけど、魔力を感じるの」


「え……?」


 旭が顔を上げる。


 リトリはすぐに白衣の内側へ手を入れ、端末を取り出した。


「旭ちゃん、魔力は感じる?」


「えっと……はい、感じます。聖堂全体からぼんやりと。言われてみればって感じですけど」


「魔法が禁止されてる聖堂から、魔力反応なんてありえないんだけどなぁ……ちょっと待ってね」


 旭の答えを聞きながら、リトリの指が素早く画面を操作する。


 数秒。


 その動きが止まった。


「私たちは確かに魔力を感じてる。なのに――」


 ゆっくりと、画面を二人へ向ける。


 そこには、何も表示されていなかった。


「あ、端末では消えてます……!」


「こんな状態、普通はありえない」


 リトリの眉が深く寄る。


 その違和感を、終司は静かに受け止めていた。


 点と点を繋ぐように、思考を巡らせる。


「ここだけが例外だったんだよ」


 淡々と告げる。


「俺が現地で魔力の揺らぎを感じた箇所は、全部リトリの拾っていた反応箇所と合致していた。でも、ここだけはそのポイントが無かった」


 その言葉に、リトリは小さく息を吐いた。


「……なるほどね」


 納得が混じる。


「リトリ、あの探索システムは学院内の結界石を利用してるんじゃないか?」


「うん、正解。それぞれの結界石の発動領域内の魔力を拾ってデータ化してる」


 端末を軽く持ち上げて見せる。


「魔力の反応を感知するという点では、信頼度は高いはずだよ」


「そう、高いが故の落とし穴だ」


 終司は即座に返す。


 足元の地面を軽く蹴りながら、続けた。


「学院は広い。全部を自分の足で回るのは非効率だ。だから、普通は先に当たりをつける」


「合理的でいいと思いますけど……」


 旭が首を傾げる。


「逆に言えば、そのシステムに引っかからなかった場所は後回しになる」


「あっ……」


 旭の表情が変わる。


「私のシステムが逆手に取られてる……?」


「そういうことだ」


 終司は頷いた。


「実際に来てみればわかる。ここでは魔力を感じられるんだからな」


 聖堂を見上げる。


 目に見えない何かを探るように。


「だけど、探知にはひっかかってない。ここだけ……な」


 その一言が、場の温度をわずかに下げた。


「……それで、先輩はここが一番怪しいと睨んだわけですね」


「リトリのおかげだよ。あのデータがなければ、ここも他の候補箇所と同じだったわけだからな」


 二人の情報を照らし合わせた結果が、ここへと導いたことに間違いなかった。


「それと、もう一つ。こっちへ来てくれ」


 三人は外壁の方へと歩く。


 砂利を踏む音だけが、やけに大きく響いた。


「あれを見てくれ」


 終司が指差した先――外壁の上に設置された結界石。


「俺は旭から依頼を受けた日、学院の外周を一周してあれを全部確認した」


「そ、そんなことしてたんですか!?」


「うんうん、終司くんなら当たり前にやるよね」


 驚愕する旭に対して、リトリは納得の様子だった。


「大したことじゃない。調査の結果、ある一箇所を除いて全ての結界石は等間隔で設置されていた」


「そのある一箇所から、一番近い施設がここってことですか?」


 終司は頷く。


「外側の結界には問題は無かった。だけど、あの石のズレは内側のこの聖堂だけを結界から外れるように設置されてる」


「元からそういう設置の仕方をしてたとかではないんだ?」


 即座にリトリが疑問を投げる。


「冴鳴に頼んで学院の建築当時の図面とも照らし合わせてみたが、数メートル単位でズレていたよ」


「動かされたってことですか?」


「そういうことになる。それに、これだ」


 終司は地面を指差した。


 白い粉と小さな瓦礫が散らばっている。


「丁度真上が結界石で、痕跡も新しい。最近だろう」


「……ほんとだ」


 旭がしゃがみ込み、そっと触れる。


「探知を避けるために動かしたってことかな……?」


「その可能性が高い」


 終司は短く答える。


「ただし、やり方が力任せだ。結界石の位置の計算は緻密なのに、その手段は雑……妙なバランスだな」


「確かに……内側の聖堂だけ結界の範囲外にするなんて相当難しいよね」


 リトリも腕を組む。


 視線は聖堂へ戻っていた。


「とにかく、怪しいのは確かだね」


「ああ」


 終司も頷く。


 短い沈黙。


 風が一度、強く吹き抜けた。


「聖堂、調べてみませんか?」


 旭が口を開く。


 その一言で、空気がわずかに動いた。


 三人は再び入口へ向かう。


 白い扉の前に立つ。


 旭の指先が、扉に触れた。


「……やっぱり、開かないですね」


 ガチャガチャと扉を取っ手を押したり引いたりするものの、それは音を立てるだけで開くことはなかった。


「そんなはずないよ。この時間なら開いてるはずだから」


 リトリも試す。


 結果は同じだった。


「……閉まってる」


 小さく呟く。


 終司は何も言わず、扉を見ていた。


 ――その時だった。


「おっと、ほんとにいるじゃねぇか」


 背後から、声が落ちた。


 軽い。


 あまりにも軽い声音。


 だが、その一言で空気が変わる。


 三人の動きが止まる。


 終司だけが、わずかに先に反応した。


 ゆっくりと振り返る。


 それに遅れて、リトリと旭も振り向いた。


「初めまして、だなぁ?」


 そこに立っていた男は、場違いなほど気だるげな雰囲気を纏っていた。


 学院の制服に身を包んでいるが、ネクタイは締められておらず、シャツの胸元は大きく開いていた。


 だらしないはずの格好。

 

 だが、それを不思議と様にしてしまうだけの何かがある。


 肩口で跳ねる青髪は無造作に伸び、細められた目はどこか眠たげで、緊張感の欠片もない。

 

 しかし、その視線が向けられた瞬間、肌が粟立つような圧を感じる。


 片手をコートのポケットに突っ込んだまま、男は軽く首を鳴らす。


 その仕草一つで、周囲の空気がじわりと熱を帯びた。


 赤い魔力が、ゆらりと揺れている。


 その熱が、空気をぐにゃりと歪ませる。


「お前が、橘守終司ってやつか?」


 男は楽しげに笑った。


「強ぇやつとやり合いたくて、この学院に来たって話じゃねぇか」


 旭の喉が鳴る。


「……特級序列第二位。四耀」


 思わず、名前が零れた。


「"狂焔"のラルス・アングヴァルド……」


「おいおい、呼び捨てかよ?」


 肩を鳴らす。


 だが咎める気はまるでない。


「まぁいいけどなぁ」


 一歩、踏み出す。


 その瞬間、熱が膨れ上がった。


「お前、腕試しに来たんだろ?」


 視線が、終司に突き刺さる。


「だったらよぉ……」


「だったら、何だ?」


 終司の返しに、口元が歪む。


「俺が相手になってやるよ」

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