第1話 その依頼は突然に
「失踪事件だって?」
事務所内に響いた朝一番のその声は、穏やかなものではなかった。
橘守終司は受話器を耳に当てたまま、思わず小さく息を吐く。ため息になりきる一歩手前で堪え、そのまま意識を左耳へと集中させた。
『はい。依頼者は霧城旭さん。フロリス魔法学院の高等部一年生で、性別は女性です』
「それはまた……随分と若い依頼主だな」
『兄さんと、そこまで変わらないでしょう?』
「……ごもっとも」
肩をすくめる。
飛び級でもしていなければ、二つ違い程度。確かにそれほどの差ではない。
「それで、その子のペットが逃げたのか?」
分かっていて言う。
妹が持ってくる話が、そんな平和な内容で終わるはずがない。
橘守探偵事務所。
中央都市の中心から少し外れた歓楽街、雑居ビルの二階。
この小さな事務所で、終司は探偵業を営んでいる。
専門は魔法が関わる事件。
とはいえ、最近の収入源は猫探しや浮気調査が大半だ。
もっとも、その猫探しが殺し合いに発展したり、浮気調査のはずが命を狙われたりと、結果はだいたい物騒になる。
前金も成功報酬も悪くない。文句を言いづらいのが、なおさら質が悪かった。
『いえ、今回はそういったのではないです』
嫌な予感は、裏切らない。
『依頼主のお姉さんが、行方不明になったそうで』
「……なるほど」
「霧城夕緋さん。フロリス魔法学院の高等部三年生です」
その名前に、終司の表情がわずかに強張った。
「霧城……夕緋? あの“結盾”の?」
『ええ。本人で間違いありません。戸籍も確認済みです』
霧城夕緋。
失われた結界魔法を再びこの世界に示した少女。
今の魔法界に身を置く者で、この名を知らぬ者はいない。
「発表は、先月くらいだったかな」
『はい。今では“聖女”なんて呼ばれています』
「……分かりやすい称号だな」
終司は軽く鼻を鳴らした。
「で、その聖女様がどうして失踪なんて話になる?」
『詳細は不明です。ただ、一週間ほど行方が分からないとのこと』
「学院は?」
『公式には沈黙。表沙汰にはしたくないのでしょうね』
だろうな、と終司は思う。
『依頼主からも、くれぐれも他言無用と言われました』
「まあ、そう言うよな」
終司は椅子に深く腰掛け直し、足を組み替えた。
「……それで、俺に何をして欲しいって?」
『失踪した夕緋さんを探してほしい、とのことです』
「……一ついいか?」
『どうぞ?』
天井を見上げ、言葉を選ぶ。
「俺は直接会って話を聞くまでは、依頼を受けない」
『分かっていますよ』
――一拍。
『ですので、もう手配は済ませてあります』
「……なんだって?」
『霧城旭さん、本日この後ここに向かうそうです。到着は三十分後』
「仕事が早すぎるだろ……」
『兄さんならそう言うと思いまして』
「この時点で断ってたらどうするつもりだったんだ?」
『兄さんがそんなことするはずないですから』
淡々とした声。反論する気も起きない。
「……分かった。とりあえず話を聞いてみよう」
『はい。では、宜しくお願いしますね』
通話が切れる。
受話器を戻した終司は、しばらく無言のまま机を見つめていた。
「聖女の失踪、か……」
面倒事の匂いしかしない。
まだ受けてもないのに、そう確信していた。
終司は立ち上がり、窓の外を一瞥する。
もうすぐ、依頼人が来る。




