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第18話 聖女の行方

 先ほどまでの会話の余韻が、部屋の空気にわずかに残っていた。


 淡く光る術式の脈動だけが、静かにこの場の時間を刻んでいる。


「……ここに、お姉ちゃんが居たんですか?」


 旭の声は、どこか遠慮がちだった。


「ええ、そこのベッドで休んでもらってたの」


 リトリは部屋の奥へ視線を移す。


 白いシーツは綺麗に整えられていて、そこに人がいた気配だけがかすかに残っている。


「ここなら、何かあってもすぐに対処できるから」


 そう言いながら、慣れた手つきで装置の一つに触れる。


 淡い光が脈打ち、部屋全体の術式がわずかに共鳴した。


 終司はその様子を静かに観察する。


「随分と本格的だな」


「揃えるのに苦労したんだよ?」


 リトリは肩をすくめた。


「学院の設備だけだと足りないものも多いし、自分でいじってるものがほとんど」


「あの認識阻害の仕掛けもリトリが作ったのか」


 終司の問いに、リトリはすぐには答えなかった。


 ほんの一瞬だけ、視線を落とす。


「……ちょっと、気になることがあったから」


 曖昧な言い方。


 だが、そのまま流すつもりはなかったらしい。


「夕緋ちゃんに相談されてたの。最近、誰かに見られてる気がするって」


「……え?」


 旭の声が小さく揺れる。


 リトリは淡々と続けた。


「最初は気のせいかと思ったみたい。でも、その感覚がだんだん強くなってきてたみたいで……」


 装置に触れながら、言葉を選ぶ。


「ちょうどその頃から、魔力の乱れもひどくなってきてね」


 終司の目がわずかに細められる。


「……同時期か」


「うん。ほんとにタイミングが悪くて」


 リトリは小さく肩をすくめる。


「ただでさえ魔力の制御が不安定なのに、そこに見られてるかもしれないっていうストレスが乗った」


 一拍。


「身体にも、精神にも負担がかかりすぎてた」


 旭は言葉を失ったまま、ベッドを見つめている。


「だから、せめてここだけは落ち着けるようにしたかった」


 視線を部屋へ向ける。


「外から見えないようにして、余計な刺激は全部遮断する」


 それが、この部屋の役割だった。


「……そんなこと、全然……」


 旭の声がかすれる。


 知らなかった。


 気づけなかった。


 その思いが、そのまま滲んでいた。


「……ごめんね」


 リトリが静かに言った。


 旭が顔を上げる。


「え……?」


「本当は、旭ちゃんにも伝えるべきだったのかもしれない」


 ほんのわずかに、言葉が重くなる。


「でも、あの状態でこれ以上不安を増やすのは良くないと思った」


 一拍。


「それに……」


 少しだけ、言い淀む。


「夕緋ちゃん自身が、あまり知られたくなさそうだったから」


 結果として、それが裏目に出た可能性もある。


 リトリは小さく息を吐いた。


「余計な心配、かけちゃったね」


 旭はしばらく黙っていた。


 そして――


「……いえ」


 小さく首を横に振る。


「教えてくれて、ありがとうございます」


 声は震えていたが、ちゃんと前を向いていた。


「それに、リトリ先輩はお姉ちゃんを助けてくれてたんですから。謝る必要なんてないです」


 リトリはほんの少しだけ目を細める。


「……そっか」


 それだけ言って、表情をいつもの調子に戻した。


「時期的に、旭が最初に学院長に相談しに行ったタイミングか」


「ですね。そこで終司先輩のことを教えてもらって……あ、学院長にはこのことは?」


「言ってないよ。夕緋ちゃんから誰にも言わないでってお願いされてたから」


「……つまり、この失踪事件は二回起きてるわけか」


「え、二回?」


 終司の言葉に旭は疑問を投げかけた。


「まず、最初の失踪では旭の前から姿を消した。これが一回目で、その理由はここに匿われていたから」


 人差し指を一本立てながら、終司は続ける。


「二回目の失踪ではリトリの前から姿を消した」


「あ、確かに私からしたらずっとお姉ちゃんが居ないままですけど、二回居なくなってます……!」


「この部屋で消えた……そうだよな?」


「ええ」


 リトリは即答する。


「抵抗した形跡もなし。争った跡もなし」


「自分の意思で出ていった可能性が高いな」


「状況的に見てそうだと思ってる」


 迷いのない肯定。


 だが――


「……何か理由があったはずだ」


 終司の声がわずかに低くなる。


 リトリが視線を細めた。


「あるいは、そうせざるを得なかったか」


 短い沈黙。


 旭が小さく息を呑む。


「……その、お姉ちゃんを見ていた人が来た、とか?」


「怖がってた相手だ。それを招き入れる理由はないと思う」


 終司はぴしゃりと否定する。


 そして、部屋全体を改めて見渡す。


「この部屋も、建物と同じで外部からの干渉を遮断してるな」


「正解。私以外の人間は基本的に入れないようにしてる」


 リトリが淡々と答える。


「つまり、ここにいる限りは外からは手出しできない……リトリ以外は」


「ちょっ、先輩!? リトリ先輩を疑うんですか!?」


 旭が慌てて割り込む。


「この状況だと」


「そうなるよね?」


 間を置かずに言葉が返る。


 あまりにも自然な応酬。


 旭は口を開いたまま固まった。


「えっと……その……」


「現状を客観的に見た時の話だよ。別にリトリが犯人だとは俺個人は思ってない」


「全ての可能性を考えるのが、終司くん流だから」


 リトリがやわらかく言う。


 その声に、旭の肩の力が少しだけ抜けた。


「お、驚かさないでくださいよー」


 終司はその様子を横目で確認し、続ける。


「夕緋さんの状態について、もう少し聞かせてくれ」


 視線はベッドへ。


「魔力の乱れ……だったな」


「うん。流れが不規則で、しかも制御が効いてないみたいだった」


 リトリの声は、医者のそれに変わる。


「普通はね、魔力って自然と体全体に流れるんだよ。心臓だって、自分の意思とは関係なしに血を全身に巡らせてくれてるでしょ?」


 終司も旭も頷く。


「夕緋ちゃんは、これが上手く行かなくなってた状態だったの。止まったり、早まったり……そんな不安定な状態がずっと続いてた」


 一拍。


「魔法を得るなんていうのは、例えるならもう一つの心臓を抱えることなんだなって改めて思ったよ」


 終司の眉がわずかに動く。


「……そうだな。事実そこが不調になれば、命を落とすこともある」


「でも、だからこそ普通の治療じゃどうにもならない」


 装置に軽く触れる。


「私には、夕緋ちゃんの魔力を循環させてあげることくらいしか結局できなかった」


 感情を乗せず、ただ事実だけを告げる。


 その重さが、空気を沈ませた。


「……夕緋さん以外にも、気になる点がある」


 終司が流れを切り替える。


「財前くんとアスティリア先輩……ですか?」


 間髪入れずに旭。


「実を言うと、その二人なんだよね。私がここを離れた理由」


「というと?」


「中庭で訓練中に急に体調を崩したって連絡が来てね。急いで処置に行ったの」


 一歩、ベッドから離れる。


「で、医務室のベッドに寝かせてこっちに戻ってきたら――空っぽ」


 短い説明。


 だが、十分だった。


「その二人はその後どうした?」


「わからないの。私はその後ずっと夕緋ちゃんを探してたから」


 リトリの声がわずかに低くなる。


「そんなに状態も悪くなかったし、大丈夫だと思ってたんだけど」


「さっきの生徒の話だと姿を最近見ていない……か」


「言われてみれば、私もあの後一度も見てないから」


 旭が顔を上げる。


「財前くんもアスティリア先輩も、特級序列の人なんです……」


 声に不安が混じる。


「そんな人たちがいきなりいなくなるなんて……」


 旭の一言に終司は、額に手を当てて思案する。


「つまり、夕緋さんを含めて特級序列に名を連ねてる人たちが消えてるっていうことか」


 終司の言葉に、空気が一瞬だけ止まる。


 旭の視線が、ゆっくりと終司へ向いた。


「……それって」


 理解が追いつくまで、わずかな間。


 そして――


「見つけたな、共通点」


 空気が、わずかに張る。


 旭がごくりと息を呑んだ。


「……じゃあ、お姉ちゃんも、その人たちも……同じ理由で?」


「断定はまだ早いな」


 終司は静かに首を振る。


「だけど、この失踪が人為的である可能性は高い。それと"狙われる条件"もか」


「特級序列……四耀クラスが対象、ってこと?」


 リトリが腕を組む。


 その声音は、すでに医者ではなく分析者のものだった。


「おそらくは」


 終司は視線を落とし、思考を巡らせる。


「実力か、魔力量か……あるいは別の要素か」


「……なんだか、ろくでもなさそう」


 軽く言いながらも、その視線は鋭いままだった。


「でも、ここで止まってても仕方ないよね」


 ぱん、と軽く手を打つ。


 空気を切り替える音。


「まずは、夕緋ちゃんを見つけるのが最優先」


「心当たりはあるのか?」


 終司が視線を上げる。


「私も調べてたから」


 リトリは端末を取り出した。


 指先で数度操作する。


 すると、壁面の一部が淡く発光し――


 空中に、学院の簡易マップが浮かび上がった。


 旭が思わず声を上げる。


「すご……」


「学院内で乱れのある魔力反応だけ拾ってみたの」


 リトリは画面を指でなぞる。


 いくつもの微弱な光点が、地図上に点在していた。


「学院の外までは無理だけどね」


「マギアスほどじゃない、ってことか」


「うん。あっちは規格外だからね。観測精度も範囲も桁が違う」


「今は学院内だけで充分だ」


「うん、任せて」


 リトリの指が、いくつかの地点をなぞって止まる。


「ほら、例えばここ」


 その一点を、軽く叩いた。


 他よりもわずかに薄い、曖昧な反応。


「こうやって、ノイズみたいに残る。夕緋ちゃん個人を特定出来るわけじゃないけど」


 終司が目を細める。


「……そこ、俺が学院を歩いた時に目星をつけてた場所の一つだ」


「それにここと、ここ。まだあるよ」


「リトリ、色違いで書き足せるか? 俺の方で見つけた場所も載せたい」


「うん、大丈夫。指で記してくれたら追加するね」


 いくつかの候補が浮かび上がる中――


 二人の動きが、同時に止まった。


 一瞬の静止。


 互いに視線が交わる。


 そして――


「ここだな」


「ここだね」


 重なる声。


「俺が怪しいと感じたポイントで」


「私の探知したポイントと唯一被ってない」


 指先は、まったく同じ一点を示していた。


 今まで綺麗に重なり合っていた二人のポイントが、そこだけは終司のマーク色だけ光っている。


 旭がその位置を見つめる。


「……ここにお姉ちゃんがいるかもしれない」


 旭の声は小さかったが、その手は強く握られていた。


 終司は小さく息を吐き、口元をわずかに緩める。


「ありがとう、リトリ。おかげで場所が絞れた」


「ううん、私はあくまで反応を拾っただけに過ぎないよ。それを活かしたのは終司くん」


「終司先輩……凄いですよ」


「ふふ、さすが名探偵さん」


 リトリがくすりと笑う。


「期待してるよ?」


 軽口を交わしながらも――


 三人の視線は、同じ一点を捉えていた。


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