第16話 研究棟へ
リトリに案内され、研究棟へと向かう。
学院の中でも奥まった場所にあるせいか、道のりはそれなりに長い。
並んで歩く中、リトリがふと横目で終司を見る。
「……こうやって並んで歩くの、久しぶり」
「ああ」
終司は短く答える。
「一年ぶりくらい?」
「そのくらいになるか」
「うん、それくらい」
小さく頷いたあと、リトリは少しだけ視線を落とした。
「ごめんね。私、結局使っちゃった」
「謝らなくていい。患者の為、だったんだろ?」
「うん。だけど……」
言いかけて、ほんのわずかに言葉が止まる。
「終司くんとの約束、破っちゃったから」
ほんのわずかに、視線が揺れる。
終司は少しだけ間を置いてから答えた。
「リトリが最初に魔法を使った理由がそれなら、俺は良かったと思う」
それ以上は、踏み込まない。
二人の間にだけ通じる温度のまま、会話は静かに閉じる。
旭はその空気を感じ取り、あえて口を挟まなかった。
「そんな言い方して……優しいんだから。身体の方はどう?」
「とりあえず、この一年はなんとも」
「そかそか。後で一回診させてね……と、旭ちゃんごめんね?」
「えっ、私!? 何がですー?」
突然話を振られ、旭が目を丸くする。
「分からない話を隣でされるのって、もやもやするでしょ?」
「そ、そんなことないですよー。お二人は久しぶりに会ったんですよね?」
「うん」
リトリは素直に頷く。
「なら、積もる話もあるってものです。私のことはお気になさらずー」
「なら、遠慮なく終司くんエネルギーを……えいっ」
ぎゅっと、リトリが終司の腕に絡みつく。
「……先輩、良かったですねー?」
旭はじとっとした瞳で終司を見る。
「旭、言っておくけど油断してると本当に抜かれるからな」
「え、何をです?」
「ほら、言ってる側からこれだよ」
終司の視線の先。
腕に絡みつくリトリの手には、しっかりと注射器が握られていた。
「ふふ、見つかっちゃった」
「その黙って人の血を抜く癖、やめろって言っただろ」
「私の注射、痛くないでしょ?」
「痛くないから怖いんだよ。ほら、しまってくれ」
いつの間に抜いたのかすら分からなかった。
「はぁい」
あっさりと、白衣の内にしまう。
そのやり取りに、旭がくすっと笑った。
「リトリ先輩、なんかすごく楽しそうです」
「だって、会えなかった分もちゃんと貰わないとだからね?」
「俺を殺す気か」
約一年分ほどの採血を想像し、終司が肩を竦める。
その場の空気が、少しだけ軽くなる。
――その時だった。
「マギアスさえ無かったら、ここに来ることもなかったんだけどね」
何気ない一言。
だが、旭がすぐに反応した。
「マギアスって、あの人工衛星の?」
空を見上げる。
そこには何も見えない。だが確かに"ある"。
「うん、正解」
リトリは軽く指を回した。
「あれに捕捉されて、私も学院行きが確定しちゃったから」
「捕捉……?」
「あれは魔法使いを探し出して、位置を特定する装置だからな」
「え、気象衛星じゃないんですか?」
「それは表向きの話だ」
終司が口を挟む。
「マギアスは、魔法使いから常に漏れている微量の魔力を拾う」
一拍。
「理論上、この星にいる魔法使いは全員捕捉できる」
「正解」
リトリが軽く笑う。
「開発はFZCで、術式監修はアヴレイン学院長だね」
「私たち、監視されてるってことですか?」
「管理……かな」
リトリはあっさり言った。
「魔女狩り事件のあと、第二世代が一気に増えたでしょ?」
「……はい」
「それを捌ききれなくなった政府が打ち上げたのが、あれ」
少しだけ視線を前に向ける。
「打ち上げる前は、ただの気象衛星の予定だったんだけどね。直前で仕様を変えたの」
「一度魔法を使えば、探知からは逃れられないって話だ」
「そして、それで見つけて生徒を集めて建てられたのが、このフロリス魔法学院だよ」
淡々とした説明。
だが、その裏にあるものは重い。
「……だからなんですね」
旭がぽつりと呟く。
「私とお姉ちゃんは、魔法が使えるようになったのを二人だけの秘密にしてたんです。でも、ある日いきなり家にあの人たちが来て……」
「政府の人間でしょ?」
「そうです。何でバレたんだろうって、ずっと疑問だったんですけど……」
当時を思い出すように、旭は言葉を選ぶ。
「マギアスに見つかっていたから、なんですね」
「そういうこと」
リトリはあっさり頷く。
「発現を検知された時点でリスト入り。あとは順番に"回収"。建前は保護だけどね」
リトリは肩をすくめる。
「とはいえ、連れてこられた子たちからは文句がほとんど出ない」
リトリが続ける。
「生活環境は整ってるし、研究するにも訓練するにも、何をするにも困らない。至れり尽せりだよ」
軽く周囲を見渡す。
「少なくとも、閉じ込められてるって感覚はあまりないんじゃないかな。旭ちゃんもそうでしょ?」
「……そうですね。お姉ちゃんもここへ来てから楽しそうでしたし」
旭はあっさり頷いた。
「魔女狩り事件のあと、無秩序に魔法使いが増えたでしょ?」
一拍置く。
「あのまま外にいたら、どうなってたと思う?」
旭が言葉に詰まる。
「魔法使いが危険視されて、それを火種に集団でテロを起こすような偏見を持った人たちがそのまま残ってる世界だよ?」
静かな声だった。
「政府はね、魔法使いを危険視してる。だから管理したい……でもね」
少しだけ声がやわらぐ。
「学院長は魔法使いを守りたいって思ってるんだよ」
「……管理と保護、ですか」
「そう。その両方が混ざってるのが、この学院」
リトリは小さく笑う。
「まあ、やり方は流石に強引だけどね」
終司は何も口を挟まなかった。
ただ、わずかに視線を逸らす。
(守る、か……)
その言葉を、終司は素直に受け取る気にはなれなかった。
――沈黙。
やがて、旭が顔を上げる。
「あのっ!」
二人の視線が集まる。
「それなら、マギアスを使えば、お姉ちゃんの場所も分かるんじゃ……」
「無理だな」
「無理だね」
言葉が重なった。
旭が目を丸くする。
「え……で、でも……」
「理論上、マギアスで見つけられない魔法使いはいない」
終司は淡々と言う。
「だからこそ、俺たちには使えないんだ」
「え……?」
理解が追いつかない様子の旭に、リトリが続けた。
「あれは管理のためのシステムなの」
「管理……?」
「あれの運用と使用権限は全部あっち側」
指先で軽く外壁を指差す。
「触るのは不可能なの」
「学院長でも……?」
わずかな期待を込めた問い。
終司が首を横に振る。
「無理だ」
「あくまでも学院長は術式の監修をしただけ。その運用には関わってないの」
終司の否定に、リトリが補足した。
そして、終司はそのまま続ける。
「そもそも――」
一拍置く。
「今回の件、学院側はまだ"行方不明"として正式には扱ってないだろ?」
「あ……」
「つまり、捜索の申請すら出せない」
現実が静かに突きつけられる。
「仮に出せたとしても」
終司が続ける。
「魔法使い側からの私的な要請なんて、まず通らない」
旭は拳を握りしめた。
「……じゃあ、私たちには」
「うん、使えないの」
リトリがやわらかく言った。
それが結論だった。
短い沈黙が落ち、三人はその場で足を止める。
だが、立ち止まっていても仕方がなかった。
「……行こうか」
終司の一言で、三人は再び歩き始めた。




