表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/23

第15話 白衣の少女

 旭に先導されるまま、人気のない通路を進む。


 先ほどまでの喧騒は遠のき、足音だけがやけに響いていた。


 木々の隙間から差し込む光は淡く、奥へ進むほどに人の気配が薄れていく。


 終司は歩調をわずかに落とす。


「……この辺りでいいか」


「え? どうしたんですか先輩――」


「そのままでいい」


 短く言い、足を止める。


 ――視線。


 先ほどから感じているそれには、間違いなく敵意がない。


 それが逆に不自然だった。


 ただ、一定の距離を保ったままこちらを見続けている。


 対象を測るように、値踏みするように。


「……ついてきてるのは分かってる」


 振り返らずに言う。


 声は静かだが、通る。


「これ以上隠れてるつもりなら……」


 空気が少し張り詰める。


 数秒の沈黙。


 その沈黙を破るように――


「相変わらず、気付くのが早いなぁ」


 背後から、軽やかな声が落ちた。


 旭がびくりと肩を揺らす。


 終司はゆっくりと振り返る。


 そこに立っていたのは、白衣を纏った一人の少女だった。


 透き通るような水色の長い髪。


 無駄のない立ち姿と、揺らぎのない視線。


「久しぶり、終司くん」


 終司は小さく息を吐く。


「……リトリ」


「はい、正解」


 くるりと一歩踏み出す。


「ちゃんと気づいてくれて安心した」


「あんなわざとらしい気配の出し方、リトリ以外には出来ないだろ」


「あ、その私のこと分かってくれてる言い方、とっても好き」


 軽やかなやり取り。


 だが、その温度差に旭は完全に置いていかれてた。


「ちょ、ちょっと待ってください……先輩、リトリ先輩と知り合いなんですか?」


「ああ。昔仕事でちょっとな」


「もちろん、それだけじゃないけどね?」


 間髪入れずにリトリが割り込む。


「私は終司くんの――」


 一拍置いて、にこりと笑う。


「愛人だから」


「はぁ!?」


 旭の声が見事に裏返った。


「リトリ、その悪ふざけはよしてくれ」


「はぁい。じゃあ二人きりの時だけ……ね?」


「二人きりでもだ」


 終司は額に手のひらを当ててやれやれと呆れた様子だ。


 対して、それを眺めるリトリは心底ご機嫌な笑みを浮かべる。


「え!? いや、ちょっと待ってください!!」


 頭を抱えかける勢いで混乱している。


「……ありえないですよ!? あのリトリ先輩が特定の人にそんな……!」


「ひどいなぁ」


 リトリは肩をすくめた。


「私、そんなに男の子に興味ないように見えてた?」


「見えてましたよっ!」


「まあ、私が愛してる男の子は終司くんだけだからね」


 さらりと受け流し、再び終司へ視線を戻す。


 軽さが消え、わずかに鋭さが混じる。


「で、本題」


 声音が一段落ちた。


「探してるんでしょ?」


「……何の話だ?」


 あえてぼかす。


 だがリトリは気にした様子もない。


「ふふ、そうやってまずはぐらかすとこ……相変わらずだなぁ」


 終司の反応が随分とお気に召したらしい。


「決まってるでしょ」


 一歩、距離を詰める。


「霧城夕緋ちゃん。私もさっきのやりとりはずっと見てたんだからね?」


 終司の目がわずかに細められる。


「知ってるのか?」


 リトリは指を一本立てた。


「私が診てたから」


 その一言で、空気が変わった。


「この学院でのリトリの立場は?」


「学生だよ。保険医も兼ねてるけどね?」


「……なるほどな」


 一瞬だけ視線を逸らし、続けた。


「世界最年少で医師免許を取った天才を、流石の学院も生徒だけに留めておかなかったか」


「そういうこと」


 旭が息を呑む。


「あの、リトリ先輩。お姉ちゃんを診てたって……どういうことですか?」


「……夕緋ちゃん、少し前から体調崩してたの」


 少し視線を落とす。


「身体はどこも異常は無かったんだけど、魔力の流れが妙に乱れててね。原因もはっきりしなくて」


 わずかに言葉に重みが乗る。


「全然知らなかった……でも私、学院内で行けるところは全部探したんですよ? お姉ちゃんは一体どこに……?」


「私のところにいたの。私なら、外側から魔力をコントロールして上手く循環してあげられたから」


 あっさりと言う。


 そして、少しだけ間を置いた。


「……だけど、いなくなった」


 短い一言。


 だが、その重さは十分だった。


「いなくなった?」


 終司が問う。


「ええ。私が少し部屋を離れて、戻って来てみたらベッドは空だった」


「それはいつの話だ?」


「一週間くらい前」


 迷いのない即答。


「その時点では、まだ自力で動けてたんだけどね。でも――」


 リトリの目がわずかに細められる。


「そろそろ限界が近い」


 静かな断言。


 それは、医者としての言葉だ。


「限界って、どういうことですか!?」


 旭の声に焦りが混じる。


「今、あの子は自分で魔力調整が出来なくなってる……例えるなら、風船に水をずっと注ぎ続けてるようなもの」


 淡々とした説明。


 だからこそ、重い。


「……放置すれば?」


 終司が静かに問う。


 リトリは一瞬だけ沈黙し――


「魔力暴走を引き起こすか、それとも内側から溢れ出す魔力で身体ごと崩壊するか……」


 簡潔に答えた。


 空気が一段冷える。


「そ、そんな……なんとかならないんですか……っ!?」


 旭は取り乱す。


「落ち着いて。私の見積もりではあと五日は猶予がある」


「で、でもそれが過ぎたら……!」


「安心して。そんなことにはならない……だって、その為に来たんでしょ?」


 リトリは終司をまっすぐ見る。


「名探偵さん?」


 わずかな沈黙。


 終司は小さく息を吐いた。


「はぁ……俺が探偵としてここに来たこともお見通しか」


「そこの旭ちゃんが、今回の依頼人なんでしょ?」


「相変わらず、察しが良すぎだ」


「終司くんのことだけは、ね?」


 リトリは満足そうに笑う。


「旭ちゃん、あなたが連れて来たのは私が知る限り世界最高の探偵」


「世界最高……の?」


 その言葉を受けて、終司は小さく肩をすくめた。


「リトリ……買い被りすぎだ」


「事実だよ」


 即答だった。


 迷いも、冗談めいた響きもない。


「少なくとも私は、終司くん以上の探偵を知らないもの」


 静かに言い切る。


「だから、旭ちゃんは終司くんのことを信じてあげて。ちゃんと解決してくれるから、ね?」


 旭はそのやり取りを見て、ぐっと拳を握った。


「……分かりました。まずは私がしっかりしないと、ですよね」


 視線はまっすぐだった。


「もう弱音は吐きません。取り乱してごめんなさい」


 終司は一瞬だけ目を閉じる。


「気にするな」


 短い返答。


 だが、それだけで十分だった。


「それじゃ、落ち着ける場所で話した方がいいと思うし、私の研究室にいきましょうか」


 足音も静かに、三人は並んで歩く。


 向かう先は、彼女の研究室。


 そして――


 聖女を見つけるための、最初の手がかりだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ