第14話 仮初の挑発
翌朝。
時刻は九時十分前。
学院の寮前は、昨夜の静けさが嘘のように賑わっていた。
ふと視線が上がった。
終司の部屋のある階のベランダ。
昨夜、あの少女が立っていた場所。
特に何かを考えるわけでもなく、終司は視線を外した。
そこに意味を見出すつもりはない。
今は必要もない。
「せーんぱい」
背後から声がかかる。
振り返ると、旭が軽く手を挙げていた。
「おはようございますー」
「おはよう。早いな」
「いーえ、今来たところですよー」
軽い調子で返してくる。
「昨日はよく眠れましたー?」
「それはもうぐっすりと」
夜の来訪者については話さなかった。
「あんなに激しい戦いでしたもんねー。怪我とかも大丈夫でしたー?」
「問題ないよ。殺し合いをしたわけでもないしな」
エリューシアとの模擬戦。
二人はそれなりに派手に立ち回った。気にするのも無理はない。
「あんな風に戦ったりすることって、よくあるんですか? その……外で」
"探偵"というワードを使うのを旭は避ける。
「守秘義務があるから……って言いたいところだけどな」
終司は肩をすくめる。
旭は小さくため息をついた。
「それって、もう答え言っちゃって……」
旭が何か言いかけた、そのときだった。
「――おい」
横から、声が割り込んできた。
数人の生徒がこちらを見ている。
視線の中心は、終司。
「お前、昨日のやつだよな」
「学院長が外から引っ張ってきたらしいじゃん」
興味と警戒が混じった目。
そして、ほんの少しの敵意。
終司は一瞬だけ彼らを見て、特に気にした様子もなく答える。
「そうだけど、何か用かな?」
「なんでエリューシアさんと戦ってたんだよ」
「あの模擬戦は学院長から頼まれたからやった。何か問題でも?」
「四耀トップのあのエリューシアさんだぞ。俺たちですら、挑戦権を得るのにどれだけ……」
「それ、俺に関係ある話か?」
あえて曖昧に返す。
相手の反応を見る。
「……マジで調子乗ってんな」
一人が一歩前に出る。
空気が少しだけ張り詰めた。
「ちょっとやめなよー」
旭が間に入る。
「こんな朝から喧嘩売るみたいなことして、かっこ悪いよー?」
「うるせぇ、霧城妹。お前には関係ねぇだろ」
「関係なくないよー? 私、先輩と知り合いだから」
「な、お前こいつと知り合いだったのかよ!?」
そのやり取りを横目に、終司は小さく息を吐く。
――分かりやすい。
挑発。牽制。興味。
どれも、予定通りだ。
「別に構わないよ、旭」
終司が口を挟む。
「俺がここに来た理由が気になるのか?」
視線を生徒たちへ向ける。
わずかに細められた目。
「腕試し――それもある」
その一言で、空気が張り詰める。
「それも? どういう意味だよ」
一人が眉をひそめる。
終司はわずかに間を置いた。
わざとだ。
相手の意識を引きつけるための、沈黙。
視線が、自分に集まるのを待つ。
「外と中で、どれだけ違うのか」
「……は?」
「第二世代がどれだけのものか、確かめに来た」
淡々とした声音。
だが、その言葉は確実に相手の神経を逆撫でする。
「……舐めてんのか」
苛立ちが滲む。
終司は気にした様子もなく、続ける。
「さて、今度はこっちが質問させて貰う番だ。"聖女"はどこにいる?」
「……は?」
空気が止まる。
「知らないのか? 霧城夕緋だよ」
まるで、雑談の延長のように告げる。
一瞬の静寂。
次の瞬間――
「はぁ!?」
「何言ってんだお前!」
空気が一気に弾ける。
驚愕と呆れと、そして明確な怒気。
「四耀だぞ!?」
「エリューシアさんだけじゃ飽き足らず……!」
「あー、でも言われてみればしばらく見かけないよな……あの人」
「そういや、財前とアスティリアも最近見なくなったよな?」
「エリート組の奴らのことなんてしーらね」
終司は適当に話を止める。
「つまり、誰も夕緋さんの居所は知らないと。期待はずれだな」
それはあっさりと。
「……っ、テメェ」
怒気が一段強まる。
だが、今度は先ほどとは違う。
明確に、火がつく。
「はーい。そこまでにしてくださいねー」
旭が強引に話を切る。
「先輩も」
「……了解」
終司は軽く手を振るようにして、その場を離れた。
背後ではまだ何か言っている声がする。
だが、追ってはこなかった。
「……やりすぎです」
歩きながら、旭が呟く。
「あんな挑発ばかりして……意味ないと思うんですけど」
「――そうでもない」
終司は振り返りもせずに言った。
「収穫はあったよ」
「収穫……?」
終司は気にした様子もなく続ける。
「財前にアスティリア……だったか。どうやら、夕緋さん以外にも最近見かけなくなった生徒がいるみたいだな?」
「……あっ!」
旭が口に手を当てながら言う。
「旭はこのことは知ってたのか?」
「いえ、お姉ちゃん以外にもそういう生徒がいたなんて全然……」
旭は少し考え込む。
「なら、まずはその辺りから……」
途中、終司は言葉を止める。
足音に紛れる、一定の距離を保った視線。
「先輩?」
「見られてる」
その一言に、旭の表情が強張る。
「え、ちょっと待ってください。そういうの怖いんですけど……」
「さっきのやつら、ではなさそうだな」
終司は軽く息を吐く。
「敵意がない」
「分かるんですか?」
「なんとなく、ね。視線の質が違う」
曖昧に答える。
「先輩の噂を聞いて遠目から見てるんでしょうか? さっきみたいにふっかけてこられるよりいいですけど」
目的は分からない。
だが――
終司はゆっくりと歩き出した。
視線は前へ。
だが、意識は後ろに残したまま。
「どうするんです?」
「何も。見られてるだけだからな」
「私、さっきみたいなのは嫌ですからねー?」
旭のぼやきに、終司は小さく笑った。
その足取りは、迷いなく次へと向かっていた。
だが、視線の気配はまだ消えていない。
「旭、このまま人目がつきにくい場所へ案内して貰えるか」
「いいですけど、それって……」
「依頼人ファースト、スピード解決が俺のやり方だから」
終司は旭に案内を任せ、歩みを進める。
――その視線の正体を、暴くために。




