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第13話 あなたの知る私

 終司はすぐには答えない。


 目の前の少女を、ただ見つめる。


 測るように。


 確かめるように。


 一つずつ拾い上げる。


 そして、浮かびかけた像を意識的に切り捨てた。


「……断る」


 短く、そう言った。


 エリューシアのまつ毛が、わずかに揺れる。


「どうしてですか?」


「君がそれを知る必要がないから、かな」


 冷たいわけではない。


 ただ、一線を引いている。


 エリューシアはそこに一歩踏み出す。


「私は、知らなければいけないんです」


「それは、誰に言われたんだ?」


 間髪入れずに返る問い。


 わずかな沈黙。


「……父に。ですが、ここに来たのは私の意志です」


「そうか」


 それだけで十分だった。


 終司の中で、歪みの輪郭がはっきりする。


「君はどうなんだ」


 視線を逸らさずに問う。


「戻りたいのか?」


 逃げ場のない問い。


 エリューシアはすぐに答えない。


 答えられない。


 頭の中で、いくつもの言葉がぶつかりあう。


「……戻らないといけないんです」


 絞り出すように、ようやく出てきた言葉はそれだった。


「私は、不完全ですから」


 終司は、わずかに目を細める。


「それは誰が決めた?」


 エリューシアは視線を下に逸らす。


「君自身か? それとも、あの人か?」


 否定できない。


 肯定もできない。


 胸の奥に、言葉にならない何かが引っかかる。


「やめた方がいい」


 終司はあっさりと言う。


 エリューシアの視線が揺れる。


「どういう意味ですか」


「自分でも分かってないものに、答えを求めるのはナンセンスだ」


「ですが……」


「不完全だとか、偽物だとか」


 言葉を遮る。


「そんなのは、他人が決めることじゃない」


 静かに、断言する。


 エリューシアは言葉を失う。


 その言葉は、理解できる。


 だが。


 受け入れてしまえば、立っていられなくなる気がした。


「……あなたは」


 ゆっくりと問う。


「私に記憶を取り戻して欲しいと思わないのですか?」


 終司は、ほんの一瞬だけ視線を落とした。


 机の上に置かれた小刀。


 それは月明かりを受けて、鈍く光る。


「ああ、思わない」


 短く答える。


 それ以上は言わない。


 だが、その一言にだけ、わずかな重みがあった。


 エリューシアはそれを見逃さなかった。


「……どうして」


 言いかけて、やめる。


 踏み込んではいけない気がした。


 終司は何も言わない。


 ただ、待つ。


 エリューシアは小さく息を吐いた。


「あなたは」


 じっ、と視線が上がる。


「昔の私と親しかったのですよね?」


「ああ」


「なら、どうして」


 一歩、距離を詰める。


「どうして、私を"元に戻そう"としないんですか」


 そこには責める色はない。


 純粋な疑問。


 終司は、その視線を正面から受け止める。


「当たり前だよ」


 迷いなく言う。


「俺と過ごしたエリューシア・フラウレスはもういない」


 静かに、はっきりと。


 言葉が落ちる。


 エリューシアの中で、何かが揺れる。


 それを否定したい。


 だが、できない。


 その言葉は、どこかで納得出来てしまうものだった。


「だから」


 終司は続ける。


「今ここにいる君と話してる」


 余計な感情は乗せない。


 ただ、それだけだと言うように。


 エリューシアは、しばらく黙っていた。


 胸の奥が、静かにざわついている。


 "求められていない"


 はずなのに。


 "私を見ている"


 そんな感覚がある。


「……それは」


 小さく呟く。


「あなたの優しさですか?」


 終司は少しだけ考えた。


 ほんの一拍。


「どうだろうな」


 肩をすくめる。


「別に優しくしたつもりはないんだけどな」


 正直な答えだった。


 エリューシアは、その言葉をゆっくりと飲み込む。


 否定も、肯定もできない。


 だが。


 ――嫌ではない。


「……あなたは」


 顔を上げる。


 視線が、まっすぐに終司を捉える。


「不思議な人ですね」


 終司はわずかに眉を上げる。


「よく言われるよ」


 適当に返す。


 エリューシアは、ほんの少しだけ息を吐いた。


 張り詰めていたものが、わずかに緩む。


「でも」


 続ける。


「あなたの話は、少しだけ」


 言葉を選ぶ。


「……理解できます」


 完全にではない。


 納得もしていない。


 だが、否定もできない。


 そんな位置。


「そうか」


 それだけを返す。


 夜風が部屋へと流れ込む。


 静かな時間が流れる。


 やがて、エリューシアは一歩下がった。


「今日は、ありがとうございました」


「男の部屋にベランダから侵入するのは辞めておいた方がいいよ」


「いいえ」


 小さく首を振る。


「……来てよかったです」


 その言葉は、作ったものではなかった。


 終司は一瞬だけ、目を細める。


 何も言わない。


 エリューシアは軽く頭を下げると、ベランダの縁に足をかけた。


 そのまま、夜の中へと身を躍らせる。


 音もなく、姿が消えた。


 再び静寂が戻る。


 終司はしばらく窓の外を見ていた。


 やがて、ゆっくりと窓を閉める。


 カチリ、と小さな音。


「帰りは玄関から出て行けよ……」


 去っていった彼女への悪態に近い呟き。


 机の上の小刀に視線を落とす。


 ほんのわずかに、指先が止まる。


 遠い記憶がよぎった。


「鍵、閉めとくか……」


 部屋の鍵を確認し、終司はベッドに腰を下ろすと天井を見上げる。


 そして、静かに目を閉じた。


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