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第12話 一日の終わりに


 学院の寮は、思っていたよりも静かだった。


 室内は簡素だが整っている。


 机とベッド、本棚。学生用の部屋としては十分だった。


『事務所で休むよりも、ここの方が綺麗で良さそうじゃないですか』


「おい、まるで俺の事務所が汚いみたいな言い方はやめてくれ」


 実際、余計な物がないという点においてはこの部屋の方が綺麗なのは確かだった。


『……エリューさん、生きていたんですね』


 言葉の後、わずかに間が空く。


「驚いたよ。危うく取り乱すところだった」


『それにしては余裕がありそうでしたけど?』


「だとしたら、俺のポーカーフェイスが効いてたってことだ」


 冴鳴は淡々と返す。


『記憶喪失みたいでしたね。兄さんを見て、初めましてなんて……』


「実際、あの子にとっては初めましてだった。何も間違ってはいないよ」


『記憶、戻るでしょうか』


「あの人は取り戻して欲しそうだったな。俺と模擬戦をさせたのも、それが理由の一つだろうし」


『兄さんは、どうなんですか?』


「……冴鳴。どうしたって取り戻せないものもある」


 終司は右手を強く握りしめながらそう言った。


『……今のは失言でした。それで、今のエリューさんと戦った感想は?』


「戦闘技術は当時の比じゃないな。あの頃はあんな銃は使ってなかったし、自身を強化して戦うようなスタイルじゃなかった」


 幼少時のエリューシアを思い出す。


 ありとあらゆる魔法を最大の効率と最高の威力で、呼吸をするように最も簡単に行使する。


 ――最強の証明(エルミナ・シグナ)


 幼いながらも、いつしかそんな呼び名で彼女の名は広まっていた。


「でも、一つ言えるのは」


『言えるのは?』


「あの頃の方が強かった」


『兄さんと同じで、本気を出していなかった……もしくは、兄さんが強くなったのでは?』


「俺が強くなったか……笑えるよ」


 終司は机の上に置いた自身の小刀に視線を送る。


「何にしても今は旭の依頼……夕緋さんの捜索が最優先だ。そこは履き違えないようにな?」


『言われるまでもありませんよ。それで、今後の方針は?』


「あの模擬戦のおかげで学院中に顔が売れた」


『つまり?』


「噂が広まる。少し派手な内容になったのも後押しになるだろ」


『変に生徒から絡まれでもしたら調査の邪魔では?』


「いや」


 終司は椅子にもたれた。


「旭にも言ったけど、それを逆に利用する」


『……と、言うと』


「俺が自分の力を試したくて、外からやってきた挑戦者だと思わせる」


『なるほど』


 冴鳴の声が少しだけ柔らぐ。


『カモフラージュですね』


「そういうこと。これには師匠も口裏を合わせざるを得ないだろ?」


『相変わらず性格が悪いですね』


「やられたらやり返さないとな。それに、冴鳴ほどじゃないよ」


 終司は小さく笑った。


『ですが』


 冴鳴が言う。


『静かに調査するのは難しくなりますよ?』


「だろうね」


『学院の生徒が兄さんに詰め寄ってくるかも』


 終司は立ち上がり、窓の外を見る。


 学院の夜は静かだった。


「だからこそ、だよ」


『ええ』


 冴鳴も落ち着いた声で答える。


『その方が情報が集まるのは早いかと』


「だろ?」


 終司は端末を机に置いた。


「じゃあ、明日からに備えて今日はこの辺で」


『はい』


 少し間を置いてから、冴鳴が言った。


『……気をつけてくださいね』


「わかってる」


『それでは、おやすみなさい』


「おやすみ」


 通話が切れる。


 部屋は静かになった。


 ――静かすぎるほどに。


 終司はベッドに腰を下ろし、小さく息を吐く。


 耳に残るのは、ついさっきまでの会話の余韻だけだった。


「……さて」


 わずかに風がカーテンを揺らす。


 窓が小さく軋んだ。


 終司は視線を上げる。


 ――その時だった。


 上から影が落ちる。


 反射的に、終司は視線を上げる。


 次の瞬間、ベランダに軽やかな着地音が響いた。


 コツ、と乾いた音。


 驚く暇もなく、終司は窓越しにその姿を捉える。


 淡い桃色の髪がふわりと揺れ、月明かりを受けて静かに収まる。


 彼女エリューシアは、何事もなかったかのように立っていた。


 終司は小さく息を吐く。


 窓に手をかけ、ゆっくりと開けた。


 夜風が部屋に流れ込む。


「こんばんは」


 凛と響く声音。


「あなたと、お話ししたいことがあります」


 終司は一歩、窓に近づく。


「昼間じゃダメだったのか?」


 その問いにエリューシアは首を横に振った。


「他に誰もいないところで、お話ししたかったんです」


 真っ直ぐな瞳で終司を捉える。


「何を?」


 エリューシアは一歩、こちらへ近づいた。


 距離がわずかに縮まる。


 だが、その表情は変わらない。


「教えて欲しいんです」


 わずかな間。


 夜風が、二人の間をすり抜けた。


 彼女は、終司をまっすぐ見据える。


「あなたの知っている――エリューシア・フラウレスを」


 その声音には、感情がなかった。


 けれど。


 ほんの僅かにだけ、期待のようなものが混じっていた。

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