第10話 模擬戦
第三訓練場は、学院の外れにある円形施設だった。
観客席が幾重にも取り囲み、その中央に広い戦闘フィールドが広がっている。
床面には衝撃を吸収する魔法陣でも刻まれているのかうっすらと青く光って見える。
終司が中へ足を踏み入れた瞬間だった。
「……やってくれる」
思わず呟く。
観客席には、生徒がずらりと並び席を埋めていた。
恐らく、全校生徒のほとんどが集まっている。
その視線が一斉に終司へと向く。
ざわざわとした空気が会場に伝播する。
「え、えぇ……?」
旭も困惑していた。
「会場を間違えたかな?」
「いえ、そんなことは……」
その時、フィールドの中央に立っていたアヴレインがこちらへ歩いてくる。
「来てくれたか、終司くん」
「これは、どういうことです?」
終司は観客席を指した。
「外から人間を招いたことは、遅かれ早かれ必ず騒ぎになる」
それに終司も頷いて返す。
「……つまり、俺がどんな人間なのかここの生徒に知ってもらう必要があると?」
探偵ではなく、外部から連れてきた"魔法使い"として皆に認識させる。
これは、終司にとっても悪くない話だった。
「そういうことだ」
アヴレインは頷いた。
「だからこそ、皆の前で最初に力を見せておいた方が良いだろう?」
終司は小さく息を吐いた。
ここで手を抜けば、学術祭の為にわざわざアヴレインが呼んだ魔法使いとしての立場が揺らぐ。
「この観客は、俺に手抜きをさせない為ですか」
「なんのことかな」
「しかも、相手はもう準備万端ときてる」
終司は軽く肩を回して、そのまま視線をフィールド中央へ向けた。
そこには、彼女が立っていた。
夕暮れの光を受けて、桃色の髪が揺れる。
その青い瞳は、静かに終司を見つめていた。
「お待ちしていました」
終司はそのままフィールドへ歩き出した。
観客席のざわめきが少し強くなる。
「一つ提案なんですが」
終司はアヴレインを振り返る。
「制限時間を設けませんか?」
「ほう?」
「大怪我でもして入院するわけにはいかないので」
「……ですね。先輩にもしものことがあったら本末転倒になっちゃいます」
旭の援護もあってか、アヴレインは頷いた。
「いいだろう。なら、五分だ」
「ありがとうございます」
終司は旭に視線を送る。
「旭、時間を頼めるかな? それと、開始の合図も」
「は、はい!」
旭は慌てて端末を取り出した。
その様子を横目に、終司はエリューシアへ向き直る。
「よろしくお願いしますね?」
「……お手柔らかに頼むよ」
エリューシアは脚につけたホルスターから二丁の拳銃を引き抜く。
よく磨き上げられた黒い銃身。彼女が魔法を行使する為の杖。
終司も同じく、腰から下げた小刀に手を添える。
「では、始めましょうか」
「いつでも」
二人の準備が整ったことを感じた旭が声を上げた。
「……始めっ!」
「—— Presto」
開始の号令が放たれた瞬間、エリューシアの姿が消える。
実際には消えたように見えた……が正しい。
自身の移動速度を飛躍的に向上させる魔法。
——自己加速術式。
終司の視界の端で薄桃色の残像が弾ける。それと同時に銃声。
「——Apassionato」
魔力弾が終司めがけて一直線に飛ぶ。その数はおよそ六発。
それが迫るやいなや、刀に手を添えたままだった終司の腕がわずかに動いた。
——抜刀。
空気が裂けた。
瞬間、迫っていた六発は霧散する。
観客席がざわめいた。
「消えた!?」
「なんだあれ……!?」
「まぐれまぐれ。エリューシアさんを相手にしてるんだし、あの人も一分と持たないでしょー」
「やっちゃえ、エリューシアさん! 学院トップの力を見せつけちゃってー!」
観客の生徒たちは目の前で起きている現象に声をあげる。
だが、エリューシアは動じることなく銃声を響かせ続けていた。
終司はその場から動くことはない。
迫る銃弾に一呼吸置く。
——斬。
放たれた魔法弾は、終司に被弾することなく次々と霧散していく。
エリューシアの姿が視界の右へ、そして左へ。
速度はさらに上がる。
「—— Presto」
次の瞬間。
彼女は文字通り音もなく終司の背後にすっと現れた。
銃口はすでにその背中へ向けられている。そして、何の躊躇いもなくトリガーに指をかける。
「—— Agitato」
発砲。
だが、終司は振り返りざまに刀を抜いていた。
刀身が魔弾を裂き、霧散する。
その抜刀術は、無数の弾丸を見事に全て断ち斬ってみせた。
エリューシアの瞳がわずかに細まったように見えた。
「それ、どうやっているのか教えて頂いても?」
「手品師は簡単にタネを明かさないものだよ」
終司は肩をすくめる。
だが、次の瞬間。エリューシアがその距離を詰めた。
それも、一瞬で懐へ。
拳銃の銃口が終司の胸へ突きつけられる。
だが、トリガーが引かれるよりも前に終司はその銃口を下からの切り上げで上へと逸らす。
キィンと、金属同士がぶつかり合う音が会場に響く。
行き先を天へと変えた魔弾は、天井に張られた結界へと当たって消滅した。
「はっや……!」
「居合切りみてぇだ……!」
どこかの生徒が、息を呑む声。
エリューシアは銃身を打ち上げられた反動を使ってそのまま宙返りすると、しなやかにバックステップで距離を取る。
そして、そのまま流れるように次の射撃へと移行した。
(弾は無限生成か……厄介過ぎだ)
終司は思わず悪態を声に出したくなるのを堪える。
あの弾は尽きない。
エリューシアのように膨大な魔力を持っていれば、この通りリロードの必要のない拳銃の完成する。
「単純な身体の動きだけで彼女に対応するのはきついな……試してみるか」
終司は刀の柄をグッと握り込む。
今度はただ握り込んだだけで、刀身は鞘へ収まったままだ。
魔力が溢れ出る。
その直後、辺りの風が少し乱れた。
弾道は逸れ、魔弾は終司には当たらない。
「今度は刀を抜かずに避けやがった!」
「いや、今のは魔法なんじゃない?」
観覧席がざわつきが止まない。
それは、二人の戦闘も同じだ。
「今度はそちらからどうぞ?」
「……お誘いとあらば」
これまで一方的に攻めていたエリューシアは一度その銃身を下ろし距離を取った。
それを追うように、終司は刀に手をかけ、そのまま踏み込む。
「あの速さに対抗するには……これだな」
その手に魔力が収束していく。
バチィッと終司の刀から電気の弾ける音が聞こえた……その瞬間。
―抜刀。
鞘から放たれた刃が走る。
踏み込みと雷の勢いを上乗せしたそれは、確実にエリューシアを捉えたかに見えた。
「——Apassionato」
エリューシアは迫る刃に、最初に見せた高速の射撃六連を合わせた。
終司の一閃は、その六発の魔弾を霧散させるだけに止まる。
本来斬り伏せるはずだった、相手は射撃の反動を使って身体一つ分後ろに跳んで躱して見せたのだ。
「斬ったのか……!?」
「おい、やっぱりあいつ魔法を斬ったぞ!」
観客席と終司とでは、そのポイントは大きく違っていたが、会場内は驚きの空気一色だ。
「それ、どうやっているのか教えてもらえるかな?」
「魔法使いはタネを明かさないものなのでは?」
エリューシアは止まらない。
銃を翻し、今度は至近距離から撃ち下ろす。
終司はそれに合わせて体を沈め、刀は使わず蹴りあげる。
だが、当たらない。
紙一重でかわされ、代わりに銃声が返ってきた。
光を纏った魔弾が迫る。
(あれはダメだ……となれば)
終司は柄を握り込む。直後、右脚に風が集中する。
そして、その脚をそのまま地面を叩き込んだ。
—— 衝撃。
そのまま勢いの乗った跳躍で、魔弾を避けつつエリューシアとの距離を広げる。
着地した、終司はそこで軽く息を整える。
エリューシアも同じく、その動きを止めた。
「……終司さん」
静かな声だった。
「本気を、出していませんよね?」
終司は肩をすくめる。
「勘弁して欲しいな。これでも全力のつもりなんだけど……それに、そろそろだ」
終司は左腕の腕時計を確認する。
その瞬間だった。
「五分経過……っ! 時間ですー!」
旭の声が響いた。
アヴレインが手を上げる。
「そこまで」
その言葉に一瞬の静寂。
少し間を空けてすぐ、観客席がまたざわめき始めた。
「エリューシアさんと引き分け……?」
「四耀相手に……嘘だろ」
エリューシアは銃をホルスターへとしまう。
終司もそれに倣って刀から手を離した。
「お相手ありがとうございました。とても刺激的でした」
「俺には刺激が強すぎたよ」
やれやれと言った様子で観客席を見上げる。
「見せ物になるのは懲り懲りだ」
終司は小さく息を吐いた。
周囲の視線の質が、この一戦の前とは明らかに変わっていた。
会場に確かな熱を残しながら、模擬戦は幕を下ろした。




