第9話 第二世代
学院長室を出ると、廊下には昼下がりの柔らかな光が差し込んでいた。
「それじゃ先輩、まずは寮に行きましょうか」
「ああ。案内を頼むよ」
二人は並んで歩き出す。
窓の外には中庭が見える。
そこでは制服姿の生徒たちが何人も魔法の訓練をしていた。
炎が弾け、風が走り、水の球が宙を舞う。
「魔法学校ではあれが当たり前なのか?」
「あはは、普通の学校ならあんなのあり得ないですよねー」
「ほんの数年前まで魔法なんて馴染みもなかっただろうにな」
「私たち世代の子たちが、ある日いきなり使えるようになっちゃいましたからね……まぁ、私もその一人なんですけど」
「それも、あの事件を境にか。皮肉なものだよな」
魔女狩り事件。
七年前、中央都市で起きた魔法使いの大量虐殺。
中央都市で行われたフォーラムを狙い、多くの魔法使いがその凶刃によって殺害された。
事件を引き起こした反魔法派のグループは全員その場で自害し、全貌は明らかにされてはおらず未だに謎の多い事件だ。
「魔法使いに、何の恨みがあったんでしょうね……」
「テロリストの考えることなんて、理解する方が難しいと思うけどな。それに、結局こうやってまた多くの魔法使いが生まれてる」
「第二世代……結局のところ、どうして私たちみたいなのが生まれたかも原因は不明ですしね」
「本来魔法は、魔法使いの血を引いてないと使えないものだからな」
だが、魔女狩り事件から少し経ってから、突然魔法を発現する子供達が中央都市内で相次いだ。
後天的に魔法が扱えるようになった魔法使い……即ち第二世代の魔法使いの誕生である。
本来なら何年も修練してようやく扱える魔法を、
彼らは最初から使うことができた。
「先輩は第二世代ではないんですよね?」
「ああ、俺は違うよ」
終司は少しだけ視線を外した。
「母方の家系が魔法使いでね」
「なるほど……だからここには入学してなかったんですねー?」
「第二世代以外の魔法使いは、ここへの入学義務はないからね。それにしても、中庭が大変なことになってきたな……?」
旭と話しているうちに、中庭には既に何十人という生徒が集まり各々修練を始めていた。
「学術祭前の期間で授業もお休みなので、ああやって自主練してるんですよ」
旭は窓の外を見ながら言った。
「ここで成果を出せば将来安泰でしょうしねー」
(第二世代……か)
「どうしました?」
「いや、なんでもない。行こうか」
二人は階段を降り、校舎を抜ける。
中庭を横切る途中、生徒たちの視線がちらちらとこちらへ向いた。
「……見られてるな」
「当たり前ですよー」
旭は苦笑する。
「学院長が外部生を迎えた話は、もう学院中に広まってますから」
「わざわざ広めなくてもよかったとは思うが……あの人の根回しか?」
「どうなんでしょう。私にはさっぱり」
旭は少し肩をすくめた。
「なんにしても先輩が無事に学院に入れたので、まずは一歩前進ってところですかね」
終司は歩きながら横目で旭を見る。
表情はいつも通り明るい。
だが、その声の奥にほんのわずかな焦りが混ざっているのが分かった。
「お姉ちゃんも、学術祭の準備で忙しいとは言ってたんですけどね」
「その時に変わった様子は?」
「特には」
旭は少し考える。
「……ただ」
「ただ?」
「今思うと、最近はなんだかぼーっとしてることが多かったですね」
終司は黙ったまま歩く。
やがて寮の建物が見えてきた。
校舎とは少し離れた五階建ての建物。
「ここが男子寮で、女子寮はそこの道を挟んだ反対側のあれです」
「立派だな」
「でしょう? 住み心地は保証しますよー」
二人は中に入る。
廊下を進み、階段を登って二階の一番奥の部屋の前で、旭が立ち止まった。
「ここが先輩のお部屋です。鍵はオートロックで、開錠は魔力認証です」
「流石、世界最新の魔法学校だ」
終司は右手をかざして扉を開けた。
中は簡素だが広い部屋だった。
ベッド、机、本棚。
窓からは学院が見える。
「荷物を置いたら、学院を見て周りたい。また案内を頼めるかな?」
「勿論ですよー」
終司は手荷物をベッドの上へ置き、すぐに部屋を出た。
それから二人は先日と同じように、学院の中を一通り見て回った。
図書棟。
研究棟。
魔術実験施設。
どこへ行っても、魔力の気配が消えることはない。
終司は空を見上げた。
学院の上空には、肉眼では見えないほどの薄い結界が張られている。
魔力の流れが外へ出ないよう、巧妙に制御されている。
「先輩?」
「いや、なんでもないよ。ちょっと首が凝ったみたいだ」
「肩揉みしましょうか?」
旭は悪戯な笑みを浮かべながら、両手をわきわきさせながら見せる。
終司はそれに首を振って返した。
「それはまたの機会に。そろそろだからな」
「そろそろ?」
気付けば、空は少しだけ赤みを帯びてきていた。
そして、終司の携帯端末がピリリと音を立てる。
「もしもし」
『終司くん、準備が出来た。旭くんに案内してもらって、第三訓練所に来てもらえるかな?』
「第三訓練所ですね? わかりました、伺います」
終司は端末に返事を返しながら、旭の顔をちらりと見る。
『ああ、待っているよ』
通話が切れる。
「旭、第三訓練所に案内してもらえるかな?」
「第三訓練場ですか……分かりました。何かあるんです?」
「どうやら、歓迎会を開いてくれるらしくてね」
夕方の風が、学院の上を静かに吹き抜けていく。
その先にあるのは、第三訓練場だ。




