ダンジョンで人助けしたら執愛されるようになりました
「エリィ、いつもの貰えるかな?」
「は、はい!回復ポーションですね!」
「ありがとう。ああ、支払いは……「だ、大丈夫です!まだ予算は越してません」
こちらに絢爛とした笑顔を向けて話しかけてくるこの人は、事ある毎に私の調合したポーションを買ってくれているレオさん。
その瞳は見た人が思わず薔薇を連想させるような鮮やかな深紅色。漆のように黒く、艶やかなその髪には天使の輪ができている。それに鼻筋が通っている形の良い鼻、いつ見ても艶っぽい唇には壮大な色気を放っている。
1つの欠陥もない端正な容貌を持っているレオさんは私と同じギルドに登録している冒険者だ。加えて、冒険者としての腕も良いと評判で、レオさんがギルドにいる時は女性冒険者やギルドの受付嬢達が本人を常に囲んでいた。そのため、本人を直接はっきり見たことや、ましてや関わったことなど無かったが、その存在自体は私も知っていた。
──そんなレオさんと出会ったのは、1年前に遡る。
***
「素材がもうすぐなくなるな……」
ギルドから借りた調合室に置いている瓶を見て、小さく呟く。
エリィはダンジョン内の魔物や鉱石などを換金する他にポーションを売って生計を立てている。
そのため、今回はポーションの素材集めを目的として、とあるダンジョンの最奥にしか生息しない花を採取しに行っていたが、ダンジョンに入って暫くしてその異変に気づく。
おかしい……魔獣がさっきから全然出てこない。
いくら攻略難易度の低いダンジョンでも、こんなに魔獣が現れないのはありえない。そんな違和感を抱きながらもそのまま進み、漸く最奥に到着した。
ここに来ると毎回目を奪われてしまう。
小さく、真っ白な花が全面に咲き乱れている景色に。かすみ草に姿形は似ているが、それとは似て非なるものである。その花は1つ1つが輝きを放っており、本来暗いはずの最奥を燦然と照らしている。
エリィは必要な分だけ採取し帰ろうとすると、ふと目の端に白色によく映える色が入る。
……あれ、あそこら辺だけ真っ赤に染まってる……?
「おうわぁッ!!?」
その鮮やかな赤に誘惑されるよう進むと、少なくとも全長3mはあるだろう大蛇が倒れていた。その巨体にはいくつもの切り傷があり、そこから血を流している。花が赤く染まっていたのはこれが原因らしい。
そのすぐ傍には、長身の男が肩を手で抑えながら倒れている。
痛みからか顔を歪めており、額には汗が浮かんでいる。呼吸が浅く、手足も痺れを起こしている。
……毒の症状がでてる!
大蛇の牙には毒がある。男の肩には噛み付かれたような傷跡があった。ここから毒が体内に蔓延したのだろう。
自分の持っていた毒消しポーションを男に飲ませる。すると僅かにその表情を緩めたことにホッとする。
ひとまず、毒の無効化はできたみたいだ。
しかしこの人……応急処置に気を取られて気づかなかったけど、すんごい美形だ。ん〜この無駄にキラキラした顔、どこかで見たような……。
そんなことより、このキラ男をどうしようか。
1人ではとてもじゃないが、ダンジョンの外に持ち運ぶことが出来ないため、急いでギルドに戻り要請を出すことにした。
聞くところによると、要請を出した数十分後には救助に行ってくれたそうで、外傷はいくつかあるがキラ男に命の別状はないらしい。良かった。
***
──それから数日後、私はギルド長室に呼ばれた。
なんで私がギルド長室に呼ばれるんだ。……いや、心当たりはあるんだけど。
ギルド長室のドアの前に立ち、深く深呼吸をして覚悟を決め中に入る。
その一室にはギルド長と長身で眉目秀麗な男が座ってエリィを待っていた。数日前に助けたキラ男である。
「エリィ、よく来たな。こいつの名前はレオ。数日前お前がダンジョンで倒れていたところを助けた男だ。お前に礼がしたいんだとよ」
……!? お、お礼!? ……これは予想外。
ギルド長がそう言うと、キラ男、もといレオは居心地の良さそうなソファーから立ち上がり、エリィに向けてお手本のようなお辞儀をする。
「ダンジョンで、助けて頂いたのは貴方だと聞きました。本当にありがとうございます。そこで、何かお礼をしたいのですが……」
ほぉ……顔だけじゃなくて声もいいのか。天は二物も三物も与えるようだ。
「いえ、私はちょっと手当したぐらいですし。ダンジョンから貴方を運び出したのはギルドに所属する冒険者の皆さんなのでお礼ならその方達にお願いします」
エリィの発言に、その場にいた2人は瞠目する。
お礼ならすでに貰っている、というか勝手に貰った──大蛇の牙や鱗を。
正直、ギルド長室に呼ばれた理由は大蛇の素材をぱくった件かと内心ヒヤヒヤしていたのだ。しかし、その件で呼ばれた訳ではないようでホッと胸を撫で下ろす。大蛇の牙や鱗なんて、私の実力ではめったにお目にかかることが出来ない。つい好奇心でちょっとだけ頂いてしまった。無断で貰った手前、「お礼はすでに頂きました」なんて口が裂けても言えない。後々その事がバレたら面倒くさそうだし。
それに、このキラ男がギルド内の女性達から持てはやされている人で間違いない。そんな人からのお礼だなんて後が怖い、怖すぎる。
「……お前、確か護衛探してたよな。『ポーションの素材集めにダンジョン行きたいけど自分の実力的に行けるダンジョンは少ないから』って。先日の大蛇は突然変異でてきた魔獣で、一般的な大蛇とは違う個体だ。そんな大蛇を1人で倒したんだ、こいつの腕は保証するぜ。な、レオもそれでいいか?」
ギルド長ぉお! た、確かにそんなこと前言ったけど、今じゃない! 今じゃないんだッ! ……おい、ギルド長の言葉にキラ男も笑顔で頷くんじゃない!
「ええ。先日は不甲斐ない姿を見せてしまいましたが、貴方を御守りすることを誓います。どうか、僕を貴方の護衛として同行させていただけないでしょうか?」
いただけないですよ。 勝手にそんな誓いをされても困る。
最初はもちろん断った。当たり前に断った。人気のあるレオに同行してもらうなど女性達が黙っていない。以前、抜け駆けしてレオに近づいた新人女性冒険者がいたが、いつの間にか消えていた。顔馴染みの冒険者にその事について聞くと「……そりゃ、レオ絡みだな」とだけ言われたときは身体が震えた。触らぬ神に祟りなし、とはまさにこの事。それにお礼のつもりとはいえ、ちょっと手当したぐらいで同行してもらうのは申し訳無い。お礼は既に貰ってるし。
「必要なときは他に護衛を頼みますから」と断るとレオはすごい剣幕で近寄ってきて、「誰に頼むつもりなんですか? ……まさか僕以外の男じゃ無いですよね? 」と仄暗い瞳を向けられる。まるで尋問されているような錯覚に陥る。
……ど、瞳孔が開いてますよ、お兄さん。
根負けした私に、レオはこの日からポーションの材料集めに必ず同行してくるようになった。
そして、いつの間にか、レオは敬語をやめて "エリィ" 呼びしてくるようになった。「僕のことはレオと呼んで。エリィも敬語やめてくれると嬉しい」と言われたが、敬語の方が染み付いて楽なため、今でも貫き通している。呼び捨てを強要してくるレオと一悶着あったが、今では "レオさん" 呼びに落ち着いている。
「……仕方ない。今は敬語を使うエリィを堪能するか」という言葉が聞こえてきたような気もするが、きっと聞き間違いだ。
レオさんが護衛になった最初は妬むような視線が毎回身体中に突き刺さっていたし、「身の程知らず」「釣り合わない」「レオの弱みにつけ込んだ悪女」等、面と向かって言われたり、手を出されたり、と散々な目に遭ったことも少なくない。しかし、いつしか私に手を出してきた人達は突然ギルドから居なくなり、今ではむしろ哀れみのような目線を送られる。
…………何故?
***
「……リィ。エリィ! 」
レオさんの、私の名前を呼ぶ声で記憶の世界から現実の世界へと引き戻される。
「ぼーっとしてどうしたの?……僕と会えないうちに何かあった? 」
「いえ、特に何も。……ただ、レオさんと出会った頃を思い出してて」
「ッ……そう、何もないなら良かった。最近エリィと会えなかったから心配してたんだよ?」
どうやら私のことを心配してくれてたようだけど、何故か目元を赤く染めているレオさんの方が心配になる。
風邪……かな? 私が定期的に渡しているポーションを最近は渡せなかったから体調を崩したのかもしれない。
エリィは罪悪感でいっぱいになったが、そこでレオさんに伝えなければならないことを思い出した。
「最近ポーション渡せずにいてすみません!これ、お詫びと日頃の感謝を込めてプレゼントです。お菓子と回復ポーション、不眠解消ポーション、毒消しポーション、えっとそれから……これ、預かっていた予算の残金です」
家から持ってきた大きなカバンの中から、次々とレオに渡そうと思って持ってきたものを取り出していく。
「ち、ちょっと待って。……エリィ? エリィからプレゼント貰えるのはすっごく嬉しいよ、ありがとう。それに日頃から感謝しているのは僕の方だよ。…………でもね、」
穏やかな口調だが、いつもより低い声。エリィを見つめるレオの目が細められる。
怖ッ!レオさん怖いよ……。確かに笑ってるはずなのに、目が、目の奥が笑ってない!
「どうして、僕がエリィにあげたお金を返してくるのかな?」
"僕がエリィにあげたお金"
いつからだったか。ポーション作りに役立てて欲しい、いちいち支払うのが面倒、等といった理由をつけ、レオは最低でもポーションを数百本は余裕で買えるほどの大金をエリィに預けるようになった。「ポーション作り以外にもエリィの欲しいものを買うのに使っていいよ。 ……まあ、おねだりしてくれたらエリィの欲しいものなんていくらでも買ってあげるけどね。」なんて付け加えて言うものだから、一時期はレオさんを聖者扱いして崇め奉っていた。すぐにレオさんに止められたが。
その代わりと言っては本当に本当に些細なことだが、それ以来、私はレオさん最優先でポーションや手作り弁当やお菓子を渡している。
「えっと、また暫くギルドに来ることができなくなると思うので……その、レオさんに会う頻度もポーションも渡せる頻度も少なくなるし……へ、返金しようと」
「……………………は?」
長い沈黙の後、ようやく開かれたその口から発せられた声は、いつものような優しく甘い声ではなく、鋭く低い声だった。
「どうして? 暫くっていつまで? なんでいきなり? ……もしかして、僕のこと嫌いになった? 」
「!? ち、違います!!」
表情の抜け落ちたレオさんの、思わぬ発言に慌てて首を横に振る。
「……ならどうして、僕と会わない、なんて酷いこと言うんだ」
「会わない」なんて一言も言ってないじゃないか!
なんか日に日に言ったことが飛躍して伝わっている気がするんだけど。
「そんなこと言ってないじゃないですか! ……今年からリディア学園に通うことになったんです。なので、今までのようにギルドに通える時間が取れなくて」
私の言葉を聞いたレオさんは一瞬目を見開き、肩を震わせる。レオさんの顔をさっきと打って変わって喜色満面になっていた。
「…………よかった……」
??良かった??
小さくボソリと呟くレオさんの言葉に、頭の中でハテナが浮かぶ。
「……ふふ。安心していいよ、エリィ。だからそのお金はエリィが持っていて」
なにを安心していいのか分からなかったがレオの有無を言わせない、甘いのにどこか威圧感ある態度にエリィはただ首を縦に振ることしかできなかった。
***
数週間前からエリィはギルドに約2.4回も来なくなった。
僕はエリィ不足でどうにかなってしまうかと思った。エリィに何かあったのかと心配で心配で心配でッ!
あれから自分の部屋に帰り、先程エリィに貰ったプレゼントを見つめる。
エリィが僕にプレゼントをくれるなんて……ッ!!……ふふ、僕のエリィコレクションがまた増えた。ポーションはガラスケースに保管して、お菓子は保存魔法をかけて数日間鑑賞、その後は勿体無いが味わっていただくとしよう。
久しぶりに会ったエリィは変わらず可愛くて可愛くて……あーなんであんなに可愛いんだろう。
──エリィは僕の、この世界で1番、いや唯一の人だ。
自分の容姿が他の人よりも優れていることは幼少期から自覚していた。女達に囲まれ、それを見た男達には嫉妬される。そんなことには慣れているが、それでも気疲れすることには変わりは無い。
贅沢な悩みだと思われるかもしれないが、キツイ香水を纏った好きでもない女に猫なで声で話かけられ、身体を押し付けられる。男からは横恋慕だと言われ、妬み嫉みの目で見られるのが常だ。……正直、迷惑以外の何者でもない。
そんな日々が続く中、従者から「息抜きでも」と言われ冒険者ギルドをおすすめされたが、環境は変わっても現状の悩みが変わることはなかった。なんなら、令嬢と違って遠慮さが欠けている冒険者の方がタチが悪いように思う。ギルドの宿屋に泊まった時なんて、いきなり部屋に侵入して来たかと思えば、抱いてくれとせがんで来たのだから。今でも思い出すと吐き気と嫌悪感が込み上げてくる。こいつらが魔獣だったらこの場で即殺せるのにと思ったことが何度あるか。
ただ、魔獣を狩るのは意外にも楽しく、ストレス発散にもなったし、目に見えて冒険者ランクが上がるのも達成感があって悪くなかった。そのため、鍛錬だと思ってギルドに通い続けていた。
そんな時、僕は天使に出会った。
大蛇から受けた毒や外傷を手当した人を知らされた時、僕は恩人を見つけたことに対する快然たる気持ちと同時に憂鬱な気持ちが入り交じっていた。僕を助けたのは "女性" だと知ったからだ。
命を助けてもらったのは心から感謝しているが、これを口実にして色々と無理難題なことを迫られても困る。相手には悪い気もするが、さっさとお礼して関係を断ち切ろう、そう思っていた。
数日後、ギルド長がお礼する場を設けてくれた。
「エリィ、よく来たな。こいつの名前はレオ。数日前お前がダンジョンで倒れていたところを助けた男だ。お前に礼がしたいんだとよ」
ギルド長にエリィと呼ばれたその女性は、ふわふわと柔和な雰囲気を纏う小柄な人だった。胸元まである髪と大きな瞳はどちらも栗色。第一印象はリスみたいな子、ただそれだけだった。
「ダンジョンで、助けて頂いたのは貴方だと聞きました。本当にありがとうございます。そこで、何かお礼をしたいのですが……」
「いえ、私はちょっと手当したぐらいですし。ダンジョンから貴方を運び出したのはギルドに所属する冒険者の皆さんなのでお礼ならその方達にお願いします」
目の前の女性の発言に驚きを隠せなかった。自分はお礼を貰わず、あまつさえ他人にお礼をしてくれと言う。そんな人、今まで僕は会った事がない。
「……お前、確か護衛探してたよな。『ポーションの素材集めにダンジョン行きたいけど自分の実力的に行けるダンジョンは少ないから』って。先日の大蛇は突然変異でてきた魔獣で、普通の大蛇とは違う個体だ。そんな大蛇を1人で倒したんだ、こいつの腕は保証するぜ。な、レオもそれでいいか?」
普段ならば、こんな面倒な提案受け入れたりしないが、今は目の前の少女、エリィと関わる機会が欲しい。
さっきはあれほど関係を断ち切るつもりだったのに、我ながら自身の気持ちの変わりようの早さに笑ってしまう。
「ええ。先日は不甲斐ない姿を見せてしまいましたが、貴方を御守りすることを誓います。どうか、僕を貴方の護衛として同行させていただけないでしょうか?」
そう伝えるとエリィは困ったような顔をして、僕が護衛となることを断る。
さらに「必要なときは他に護衛を頼みますから」と言うエリィに今まで感じた事のない憤りを感じ、エリィに詰め寄った。
「誰に頼むつもりなんですか? ……まさか僕以外の男じゃ無いですよね? 」
何故他の奴は良くて僕は駄目なんだ。
僕の中に仄暗い感情がじわじわと芽生えるのを感じる。
最初はギルド長が提案したお礼に対し、頑なに受け取らない姿勢を取っていたエリィだったが、最後は根負けしたように渋々受け入れてくれた。
それからエリィのポーション集めについて行くようになった。ダンジョン内で倒れた僕が言うのもなんだが、今までよく無事だったな、と思うくらいエリィは危なかっしくて目が離せない。
しばらく経って、何故お礼を頑なに受け取ろうとしなかったのか聞いたら、「レオさんは人気があるから」という理由が返ってきたが、まだ他に理由がある気がして問い詰めると「……ギルド長には内緒にしてください」と前置きして「す、すみません! 勝手に大蛇の素材をお礼として持ち帰させて頂きました!」と勢いよく頭を下げてきたのには、つい声を出して笑ってしまった。
エリィと一緒に居ると毎日毎秒飽きることはない。
エリィの頑張り屋なところ、頭が良いのに偶にドジなところ、意外と図太いところ、ポーションを作っているときの真剣な表情、からかったときの怒った表情、僕に花が綻ぶように笑う表情……エリィの好きなところは一緒に居るうちにすぐに増えていった。言い出したらキリがない。
日に日に僕のエリィへの気持ちはどんどん大きくなっていった。それと同時にドロドロと歪んだ感情も大きくなったが。
エリィを独り占めしたい。僕の腕の中に隠して誰にも見せたくない。泣かせて僕に縋りついてほしい。そしてデロデロに甘やかしたい。僕がとびっきり幸せにしたい。僕無しでは息も出来ないようにしたい。
──僕がそうなっているように。
エリィ、君と出会った時から僕の世界は君中心に回っているんだよ。
さっきはエリィの可愛らしい口から「レオさんと会う頻度が少なくなる」なんて悍ましいこと言うからつい焦ってしまったけど……。
エリィから聞き出した理由を思い出し、片手でニヤける口元を抑える。
「アレク、今年度入学者の名簿を持って来てくれ」
「承知致しました。」
冷静を装い、傍にいる従者に声をかける。
持ってきた名簿の中に愛しいエリィの名前を見つけ、指の腹でその文字をなぞる。
「……もうすぐ毎日会えるよ、エリィ」