はじめに
桜の花弁は桃色。それはいつから当たり前になったのだろうか。
『桃色』なんて色を表す一つの記号にしか過ぎず、古来からの人や文化のいたずらによっては、違う色を定義づけていた可能性があるのだ。例えば、今現在私たちが『青』と呼ぶ色が『桃色』と呼ばれる、とか。まあ果物の『桃』から取ってきたのだから、間違ってもそんなことはないのかもしれないが。
今桜の花弁が舞う中を閑散とした住宅街へ歩く、私の行き先も、することも、その目的も。当たり前になったのはいつからだったろうか。以前にも毎日歩いていたのだが、あの日からまた別の意味合いを帯びた。あれからたった一週間。もう一週間。私の日常にはやや変化した。
コツコツと私の革靴の音が道に響く。そういえばこの革靴ともあと一年もすればお別れだ。そう思うと、音から惜別の念が滲みだす。そんなはずは、ないのに。
私の足がその歩を止める。慣れた道だったからだ。夕方の日差しに目を細めつつ、見るとやはり見慣れた家。
慣れた道、慣れた家。そう感じるそれらは、しかし本来私のものではない。里香のものだ。
いつも通りチャイムを一度押し、出て来たのは里香のお母さん。いつも春の陽気が漂ってくるような、そんな笑顔を向けてくれる。あの日までは。
「いらっしゃい。どうぞ」
「おじゃまします。あ、今日は春の新作お菓子、買ってきました。おいしそうだったので」
私はガサリと手に持ったコンビニの袋を揺らす。すると里香のお母さんは「優ちゃんらしいわ」と言って笑ってくれた。でも、やっぱりあの日以前には遠い。
そして玄関をくぐり、そのまま真っ直ぐ里香の部屋へ向かった。
夕日が優しく差し込み庭の桜が間近に見られる窓は、無機質なカーテンで覆われている。
私は部屋に入ると真っ先に里香のパソコンの電源をつける。ブゥゥン……と起動音を部屋に響かせ、やがて雑多なデスクトップに辿り着く。ファイルがあちこちに配置されていて非常に見づらいのだが、これも里香が見つけ出した一番利便性の高い姿なのだろう。
私は持っているUSBをパソコンに差し込み、開く。中はすべてメモ書きで、その中の『はじめに』と名付けられたそれをクリックする。すると出てくるの文書はいつも通り、もちろん書き換えはない。あればどれだけマシだっただろう。
<優へ>
突然で悪いんだけど、私の小説。代わりに更新くれないかな?
詳しくはメモリの他のメモ書きに書いてあるから! お願い><;
月一でいいよ。優も忙しいしね。私のサイト普段から暇だし|(笑)
日記とか、感想の返事とかもお願い!
非常に申し訳ないんですが、これが私の遺言ってことで。
優にはすっごい感謝してる。
いつも私に会いにきてくれてありがとう。
話をしてくれて楽しかった。
友達でいてくれて幸せだった。
さようなら。
<優の友人 里香/「あんだーぐらうんど」著者 月子>