第09話 エデンへの道
早速、媒体の解析を始めた俺のそばで、風花様は無防備な恰好で床に転がりゲームに熱中している。一時間程して、目標ステージをクリア出来た様で俺の方に寄ってきた。
「どう? 読めそう?」
「はい。データ自体の読み出しは終わりました。この間の奴と同じフォーマットの媒体だったので、パラメータがそのまま使えました。ただいま、データそのものの解析中です」
「ふーん。何かよく分からないけど、あんたすごいんだね。私は機械モノさっぱりでさ」そういいながら、風花様が俺の両肩に手を乗せ、肩揉みをしてくれた。
日頃からこうしたスキンシップを、意識して練習されているのだ。
「あー、それ。すっごく気持ちいいです!」
「ふっふーん。そうかそうか。結構タチバナにもやってあげてんだよ。
よっし。そんじゃ今日は、ちょっと下の方に降ろしてみるか……」
そう言いながら、肩から上腕を伝わる様に風花様の掌が降りてくる。そして肘を過ぎると、必然的に後ろから抱き着いた様な恰好になる。うわっ、こんなにくっついて大丈夫かな?
またパニック発作が出たりしないかちょっと心配になるが、今の所大丈夫そうだ。すると、風花様の手が俺の手首まで来たところで動かなくなった。
「あれ、風花様……大丈夫ですか? もし気分が悪いんなら離れた方が……」
「違うの……鏡矢の匂い……落ち着くなーって」
どうやら、人の背中に顔をうずめて匂いをかがれている様だ。
とても照れ臭いが、悪い気はしない。俺もなんだか興奮してのぼせてきた様な気がする。
「風花様……」俺はそっと風花様の手をはずし、彼女の方に向き直った。
すると、風花様も上気して頬を赤らめながら眼をうるうるさせている様に見える。
こ、これは……もしかして、キッスチャーンス!?
俺は、そのままそっと自分の顔を、風花様の顔に近づける……すると、風花様もそっと眼を閉じられ……
ピピピピピピッ!!
いきなりアラーム音が鳴って、驚いた二人がそのまま飛び上がった。
「な、何よ! いきなり……せっかくもう少しだった……様な気がするのに!」
「す、すいません。データ解析が完了したみたいで……」
俺と風花様はお互いに顔を見合せ、そしてプッと笑った。
「はは。どうします? せっかくいい雰囲気でしたが?」その俺の問いに風花様は「せっかくだからやり遂げる!」と言いながら目をつぶり、俺の唇に一瞬自分の唇をチュッと合わせてくれた。
「はは……やったわ! 初キッス!」風花様がなんかうれしそうだが、俺は拓真が初キッスの相手だった事を思い出し、その事は内緒にしようと思った。
解析完了したデータは、かなりの量の文書ファイルと、若干の画像ファイルだったが、文章の方は外国語の様で俺には全く読めず、風花様も読めなかった。画像ファイルも、何かの化学式とか数式みたいな感じで、まったく意味が分からない。
「あー、これは私達の手には負えないわ。孝由さんに預けましょう。今日はもう遅いし休みましょうね」
そしていつもの通り、風花様がお風呂に行ったのを見計らってティッシュを消費し、風花様の後で自分も風呂に入って、二人で並んでベッドで朝まで寝るのだ。まあいつもの事なのでもう慣れたが、今日はフレンチキスも出来たし、いつかは……そう思っていたら、風花様が話掛けてきた。
「鏡矢。今日は手つないで寝てみようか?」
こうして俺は、風花様とはじめて一晩中触れ合う事が出来たのだった。
◇◇◇
「うーん、何だろうこの言語は。ドイツ語でもないし……ああ、もしかしてまだ暗号化されてるとか? 平文だったらWebで簡単に翻訳されちゃうしね。ちょっと、そっち方面のプロにあたってみるよ」
翌日、媒体から読み込んだデータを孝由さんに見せたらこう言われた。
「それで鏡矢君。エデンの調査なんだけど、さっき、君のお父さんから連絡があって、どうやらラボの痕跡が発見された様なんだ」
「えっ!? 本当ですか? それはすごいですね」
「でもね……地中レーダーで引っかかったんだけど、結構深いところに埋まっている様で、すぐには詳しく見られないそうだ。周りが湿地なんで、ただ掘ればいいという訳にもいかないらしい」
「そうなんだ……でも、そのうちもっと調査が進みますよね。俺の父さんは、潜るの得意だから……」
「そうだね。期待して待つとしよう」
「だけど、くれぐれも気を付けてよね」風花様が脇からそう言った。
「ああ。佐々木さんは潜函のプロだし、もちろん安全第一で作業を……」孝由さんがそう返すのを遮るかの様に風花様が言った。
「違うわよ。気を付けるのは中央! あんまりはしゃいでると足元すくわれるわよ。それに、厚木も八王子も油断ならないわ。お取り潰しで露頭に迷うのは、あなた達だかんね!」
「風花……ああ、そうだね。気を引き締めよう」そう言って孝由さんの顔が引き締まったのだが、俺には何の事か分からない。厚木や八王子っていうのは、町田荘から見て隣にあたる荘園なのだが……「あの風花様。中央って?」と、素直に質問した。
「ん? ああ、そうか。鏡矢は直接関係する事はほとんどないもんね。中央ってのは、国よ。日本国!! 奴ら、自分達はろくに何にも出来ない癖に、荘園がスタンドプレーする事をあまり歓迎しないの」風花様がそう説明してくれた。
「それじゃあ、やっぱりイブ・メイカーの件は、町田だけの秘密なんですか?」
「当たり前でしょ。ぶっちゃけ、あの辺の旧横浜市周辺の権利はうちの荘が所有していて、その調査・開発には国と言えども簡単に口は挟めないわ。だから実用化出来るのならサッサとやって、イニシアチブを押さえるのよ。それでもし女性が増やせるとなったら、世界中がこの町田荘にひれ伏すわ。でも、そうなる前にバレたら、どんな手を使って来るかわかったもんじゃない……最悪、国が何か言いがかりをつけて、この町田荘を取り潰しにかかるかも知れないのよ」
荘園が取り潰されるなんて話は、俺自身は聞いた事はないが……領主様がそう言うのだから有るのだろう。
「それで風花様。荘園が取り潰されるとどうなっちゃうんですか?」
「女はみんな他の荘に分割移住。男は棄民ね。他の荘園には行けず、離島なんかに移住させられ、そこで寿命が終わるまで暮らすしかないわ」
「そんな事が?」
「ええ、学校では教えないけどね。本当の事よ」
「……ですが、それってやっぱり。みんなで協力して進めた方がいいんじゃないんですか?」
「理想はそうなんだけど……それが出来ないくらい、今の世の中はいびつなのよ……」そう言って風花様は眼を閉じてしまった。




