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第07話 パニック障害

 俺は前屋敷の中に、十坪くらいの自室をあてがってもらった。タチバナさんが言うには、風花様と事をなす日以外の行動は比較的自由で、もちろん学校に行ってもよいし自宅に戻っていても良いとの事だった。ただし、領主の(しょう)である事を常に自覚し、行動に誇りと責任を持たなくてはいけないとこんこんと(さと)された。どうやら拓真とデートするなどは、もってのほからしい。

 

「それでは佐々木様。風花様のお渡り予定は二十一時です。それまでここに待機していただき、ご準備をお願い致します」

 夕食後、そう言ってタチバナさんが下がった。


 うわー。やっぱ緊張がハンパない。部屋の中を見渡すが、パソコンやテレビもないし、スマホも前屋敷の入り口で預かってもらっている。だだっ広い部屋の真ん中には特大のベッドとその枕元にティッシュボックスが置いてあるだけ。いやこれ。妄想位しかする事無いけど、まさか先に一人で抜く訳にもいかないし……あっ! お風呂がある! やっぱり、清潔にしておくのは大事だよな。そう考えて、風呂で身を清めたら少し冷静になってきた。


「そういえば、ここの部屋って……隣がこの間の孝由(たかよし)様の部屋じゃね?」ふとそれに気が付いて、興奮気味だった気持ちが急激にしぼんだ。

 それって、声とか出ちゃったら……壁が防音なのかな?

 そんな妄念で頭がいっぱいになってたら、いきなり風呂場の戸が開いた。


「あー、お風呂入ってたんだ!」そう言いながら風花様が戸口から顔を出した。

「あっ! 風花様! もう九時になりました? すいません。つい長湯しちゃった……」

「あー、大丈夫。仕事早く終わったんで来ちゃっただけだよ。ゆっくり入ってていいよー」と言われたものの、御領主様を差し置いて先に風呂に入ってしまってよかったのか?

 そして一瞬。いっしょに入りませんかと言いそうになったが、あまり出過ぎたマネはよくないと、思いとどまった。

 急いで風呂を出て、バスローブを着て部屋に戻ると、風花様が「じゃ、次私入るから……(のぞ)いちゃだめだよ!」と照れながら言って、風呂場の戸に鍵をかけた。一緒に入ろうとか言わなくてよかった様だ。


 何もする事が無く、ベッドの縁に腰かけてじっとしている。シャワーの音結構聞こえるな。やっぱ防音とか期待出来ないかな。でも、風花様にあんまり大きな声出さないでって言うのか? いやいや、それ以前に俺がそこまでリード出来るのかよ!?

 頭の中で妄想がフィードバックし、鼻血が噴き出そうな感じがして、鼻の奥がアドレナリン臭い。


 すると、お風呂場の鍵がガチャリと開いて、戸が少し開いた。

「佐々木君。照明……一番暗くしてくれないかな?」

「あっ。はい」俺は風花様に言われるまま、部屋の照明を真っ暗の一つ上位まで落とす。なんとか人がいるのが分かるレベルなのだが、俺ももちろん恥ずかしいので問題ない。


 風花様が、風呂場から出て来て俺のそばに来たと思ったら、俺の隣にトンと腰掛けた。目が慣れなくてまだ表情などはよく見えないが、かなり緊張している様ではある。

「さっ、佐々木君! 緊張してる?」

 そう言う風花様のしゃべり方もバリバリに緊張している。

「はい。もちろんです……あの……風花様、この間、自分はまぐろだからって言ってましたけど、俺で大丈夫でしょうか?」

「なななな、なんとかなるわよ! とととと、とにかくぱっぱと済ませましょう」そう言って、風花様が、ベッドの布団の中に潜りこんでいったので、俺も彼女の後を追って、布団に潜り込む。


 不意に俺の顔が、ぽわんと風花様の胸にあたったところで「ひゃっ!?」と風花様が変な声を出した。うわっ……女の人ってこんなにいい匂いなんだ……。

「ああ、すいません……それで御領主様。これからどうすれば……」

「ばかっ……あんた男でしょ? 本能で何とかして見せなさいよ……」

 蚊の鳴く様な声で風花様が言う。

 

 そっか。そうだよな。俺だって、アダルトビデオとかこっそり見た事無い訳じゃないし、あれを思い出して……まずはキスからか? そう思って、顔と思われる方に手を伸ばしてみるが……ありゃ? 向こう向いちゃってる。俺の手が風花様の後頭部と思われる所にあたり、また「ひゃっ!」と身体を縮められた。うーむ。この体勢では胸にふれるのも難しいし、緊張しているところで無理に手をまわしてもなーと思い、そっとお尻にふれてみる。


「ふひゃぁ!?」風花様がなんかもう声にならない声を出してくる。


「あ、あの。風花様。大丈夫ですか? このまま続けても?」

 俺はちょっと心配になって尋ねた。

「なななな、何、人の心配してんのよ。男なら私に構わず、思い切りやっていいわよ……」

 耳をそばだてないと聞こえない位の音量ではあったが、そうまで言われちゃ俺も男だ。後ろから風花様の太腿に手をまわし、そっとふれる。


 一瞬、風花様の身体が小刻みに震えるが、そのまま耐えてくれている。

 ああ、女の人の身体って柔らかくて暖かい……俺も興奮が抑えきれなくなって来て、男の本能が目覚め、太腿を撫でていた指をそのまま、ヘソの方にスライドさせた。


「ふぎゃーーーーーぁあ!!」

 大きな声がしたかと思ったら、布団の中から風花様の気配が消えた。


「えっ? 風花様!?」

 俺はびっくりして飛び起きあたりを探すが、ちょっとは眼が慣れたとはいえ、ほとんど何も見えない。仕方なく部屋の照明を付けると……ああ、ご風花様。ベッドから落っこちてる……って、え? 何か様子がおかしくないか?


 胎児の様に身体を丸め、苦しそうに呼吸をしながらボロボロ泣いているのだ。


「御領主様! 風花様! どうされたんですか?」

 だめだ。これは人を呼ばなきゃ! タチバナさんって内線とかで呼べるんだっけ? ああ、そんなもんないのか。そう思って、部屋を出ようとした俺を、風花様が止めた。


「あ……佐々木君、待って。大丈夫だから。すぐ落ち着くから……」

 そう言われた俺は、苦しそうに呼吸している風花様の背中をゆっくりさすってやった。


 ◇◇◇


「ごめんね……びっくりしたよね」風花様は五分位で落ち着きを取り戻された。

「はい……あの、喘息の発作とか何かですか? 医者を呼んだ方が良くありませんか?」

「ううん。もう、大丈夫だから……あーあ。君なら大丈夫かなって思ったんだけど、やっぱり駄目だったか」

「あの、御領主様……」

「だから、風花でいいって。私も鏡矢って呼ぶから。これはね。発作は発作なんだけど、トラウマから来るパニック障害みたいなもんなんだって」

「トラウマですか?」


「そう……実は私、十歳位の頃、男に乱暴されそうになった事があってね。荘で生まれた女児は全員、パレス内で育てられるんだけど、ある日前屋敷に入った時、当時の高官の妾の一人に襲われちゃったんだ。とりあえず最後の一線まではいかなかったんだけど、その時の恐怖が今でも忘れられなくて……だから、今だに男性とちゃんと関係出来ない……」

「そんな事が……でも、それじゃ仕方ないですよ。そんな状態で無理に男性と関係する必要なんてないと思いますよ」

「鏡矢はやっぱり優しいね。でもねー。領主ともなるとそうはいかなくてさ……」

「子供が出来ないと領主をクビになるとか? でも、嫌な事を無理やりするくらいなら、そんなのやめちゃってもいいんじゃないですか」

「ああー。それが出来たらどれだけ気楽か……でもね……いや、まあその辺の事情は鏡矢は知らない方がいいか。だから理由は内緒だけど、領主はやめらんない」

「そうですか……それで、実際に肉体関係を持たなくていい孝由さんを旦那さんに?」

「そうなのよ。だいたいあの人もね。最初から私とエッチしたい訳じゃないのに公募受けてさ。面接でいきなりイブ・メイカーの研究調査に協力しろって言ったのよ。それで、三年位はいい隠れ(みの)になってくれたんだけど、さすがに周りや中央がうるさくてね。出来るだけ優しそうな年下の男の子って事で、あなたを選んだつもりだったんだけど……あなたの指先があそこに触れたらダメだったわ……」


「はは、すいません。それで、この事はもちろん他人には話しませんが、これからどうしますか? 俺は家に戻った方が良いと思いますけど……」

「うーん……鏡矢、ごめん。もう少し、私のウソに付き合ってくれないかな?

 あなたを妾にした事で、周りもあと一年位は様子を見てくれると思うのよ。その間に何とかイブ・メイカーの調査にメドが付けられれば……こんな世界で、女性達が望まぬ性交や妊娠に苦しむ必要がなくなる……私はそれを目指しているの!」

 そうか。俺は男の立場でばかり物事を考えていた。女性は好みの男性を選び放題でいいななどと勝手に思っていたけれど、女性は女性でいろんな思いがあるのだろうな。


「それじゃ当面は、俺と風花様が定期的にエッチしているフリを続けるという事ですかね?」

「悪いけどそれでお願い! それにフリとはいえ、ちゃんとエッチした痕跡は残さないとダメだから、そこのティッシュは使ってね。それで……私も少しずつ鏡矢に慣れて行く様にするから。今日はダメだったけど、いつかちゃんとお互いに触れ合えて交われる様になるのがうれしいかな」

「そんな……光栄です。でも秘密って、タチバナさんや孝由さんにも?」

「そうね。あの人達まで巻き込んで、ひょんな事で迷惑もかけられないから、私と鏡矢の二人だけの秘密にして頂戴!」

 二人だけの秘密……なんて甘美な響きだろう。


「わかりました。この佐々木鏡矢。将来、木之元風花さんとエッチする事を夢にみて、全力でお手伝いさせていただきます!」

「ありがと!」そう言って風花様は、恐る恐るではあるが俺の首に手をやり、頬っぺたに軽くキスをしてくれて「うん……すこしずつ慣れて行こう!!」と俺に微笑んだ。



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