第53話 邂逅
あれっ、私……どうしたんだっけ。ああそうだ。突然大雨が降って来て、思う様に岩場を移動出来なくなって……突然足元が崩れて……痛っ! 体が動かない?
マイカが気が付くと、目の前にボロボロの天井があった。どうやらかなりのボロ家ではあるものの、その中で布団に寝かされているらしい。私は捕まってしまったのだろうか? ひゃっ! だとしたら私……あわてて自分の身体を可能な限り隅々まで確認するが、特に暴行された様な感じはしない。ただ……全身、特に右足がかなり痛い。骨折でもしたのだろうか。
「鏡矢さん。無事かしら……」風花も行方知れずで鏡矢とはぐれてしまったのなら、自分はもう生きていけないのではないか。そんな不安が心に重くのしかかり、マイカは大きなため息とともに目を閉じた。
「あー、マイカ。気が付いた!?」
突然大きな声がした。身体が思う様に動かせなくて振り向けないが、この声って……。
「風花さん!?」
「うんうんそうだよ! よかったー。マイカの意識が戻って」
「あの風花さん。これは一体。それに鏡矢さんは?」
「あー。鏡矢は追手に捕まっちゃったみたい……でもね。私達は強力な助っ人を手に入れたのよ!」
「助っ人?」
「うん紹介するね。明さん、入って来ていいわよ」
風花さんに導かれて、一人の中年男性が部屋に入って来た。
「マイカ。この人ね……鏡矢のお父さんよ!」
「えっ!? ええっーーーーーーー!!」
◇◇◇
風花様が事故死とされ、鏡矢さんのご両親は責任を追及され、町田追放ではぐれとなり、あちこちを転々とした後、甲府の北側の山岳部にひっそりと居を構えたのだそうだ。あの川縁の梯子も明さんが水汲みの為に作成したものだそうで、数日前、水汲みに出た明さんが、荒れ地で複数の人達が揉めているのを発見し、関わり合いになるのを避けるべく遠目から様子を観察していたら、奇しくも風花さんが岩穴にはまってしまったのを目撃したのだそうだ。
最初は助けるか迷った明さんだったが、すぐに追手が去ったのを見て風花さんを助ける決意をしたのだとか。もちろん明さんは、すっかり見た目が変ってしまっている風花さんの事を判からなかったけど、風花さんは明さんの事を覚えていて……何という偶然と幸運なのだろう。
風花さんは、明さんにこれまでの経緯を説明し助力を乞い、私と鏡矢さんに合流しようとしたけど、私達が先に行動してしまって……穴に落ちた私は助けて貰えたけど、鏡矢さんは敵に捕まってしまったと言う次第だ。
「いやはや。風花様のお話にも驚かされたけど、まさかトップアイドルのマイカさんまで一緒とは……鏡矢君は本当に頑張ったんだね」明さんが感慨深げに言う。
「大したおもてなしは出来ないけど、食べてね」と明さんのパートナーである進さんが、お芋を煮たものを出してくれた。味も素っ気も無かったけど、久しぶりに人間の食べ物を食べた気がしてちょっと落ち着いた。
「それで風花さん。これからどうします? 鏡矢さんを助けないと。それともこのまま事前の打ち合わせ通り、横須賀に向かいますか?」
「まあまあマイカ。落ち着きなさい。どうやら連中は、鏡矢をそのまま連行して行ったみたいよ。あんたには抹殺指令が出てるのにね。どこの荘の奴らか知らないけど十中八九、何かに利用するつもりだよ。だからすぐに命の危険はないと見てるの。それにあんた。その傷じゃすぐには動けないわよ」
どうやら岩穴に落ちた際、かなり全身を強く打ち、特に右足首は、骨折こそしていないもののそこそこ重症の捻挫で、しばらく動かない方がよいらしい。
「あっ、それでこんなに痛いのか」
「そう言う事。だからあんたはここでしっかり療養させてもらいなさい。私は、鏡矢の事もガーデンの事ももっと情報を集めなきゃならないんで、こうなったらいよいよ高崎あたりの力を借りないとだめだと思うの。だから明さんに案内してもらって、ここから高崎に向かいます」
「そんな風花さん。私を置いていかないで……」
「ほらほら。またそんな捨てられそうな子猫見たいな顔して……大丈夫よ。必ずここに戻って来るから。進さんがちゃんとあなたの面倒見てくれるわ」
「……分かりました。でも、ご両親が無事だと知ったら、鏡矢さんは喜びますよね」
◇◇◇
甲府盆地から高崎には秩父を抜けるルートがあるが、途中二千m級の山々が連なる難所でもある。しかも春めいて来ているとはいえまだまだ積雪も多いだろう。だけどこれしか道はない。獣人姿の風花はもともと運動能力が高いが、明もまた、土木課時代に山岳地帯の作業経験も豊富で臆する事なく山に分け入って行く。当然、待ち伏せなどがあろうはずもなく、二人は一週間ほどで、秩父を越える事に成功した。
「それにしても明さん。何でまたあんなところに……いやごめん。そのお陰で私もマイカも助かったんだけど……」
「棄民ではぐれとなると、自分達で生きて行くしかないですからね。あちこち回ったんですけど、いい所はどこも先客がいまして……あそこは火山灰さえ我慢すれば、とりあえず水場が確保出来て、小さいながら畑も造れましたしね」
「そうか。荘の統廃合が進んで、はぐれも増加してるのかもね。でも……今回のお礼に高崎に加えて貰えないか、私から千早に頼んでみましょうか?」
「それは有難いのですが……まずは千早領主様との交渉がうまくいくといいですね。それに私は一刻も早く、鏡矢君の消息が知りたい!」
「ああ、そりゃそうか。それじゃ……」
◇◇◇
「IDのないはぐれがこの手紙を持って来た?」高崎荘の領主千早はその手紙に目を通すが、そこには、このはぐれは鏡矢の父親ですとだけ書かれていた。
「?? 鏡矢さんの父親が何でいまさらこの高崎に? でも……ご両親は皐月に処分されたんじゃなかったっけ? 分かった。とりあえずこっそりお通しして」
こうして千早は、明の仲立ちで再び風花と会う事となった。
……
「まったく悪運が強いわね風花。約半年ぶりかしら?」
「そうよ千早。あんたには死ぬ前に絶対一度会って、あの拓真をけしかけた事に文句言おうと思って、執念深くそのチャンスを伺ってたのよ」
「ぷっ。はははははは。それはまあご勘弁を。あんた達が天を味方につけてるか見極めたかったんだけど……結局、須坂は何も言ってこなかったし、あれで町田に貸しを作れたんで、私としてはいい作戦だと思ったんだけどな」
「よく言うわ。あやうく私も鏡矢も志賀高原の露と消える所だったんだからね。でもあんたの立場も判るから……それは不問にするけど、こっから先はそっちが手を貸して頂戴!」
「まあそれは貴方の話の内容次第かな」
須坂に入ってからの事の顛末を風花から聞いた千早は、一人で何か納得したかの様な顔をしている。
「成程ねー。それで鏡矢君がどこぞの荘に拉致られたんで探してほしいと……」
「そうよ。ここまで来たら一蓮托生。私達がガーデンに潜入する手伝いもお願い。嫌とは言わせないわよ。私が帰らなかったらマイカが須坂に、高崎も共犯ですって告げ口する段取りだから!」
「おー怖。でもそれは無理ね。マイカ一人で須坂に向かってもたどり着けないんじゃない?」
「あんた……本当に喰えないわね。どこまで知ってんのよ。どうせあちこちの荘にもスパイ送り込んでるんでしょう?」
「どこまでって……一応私も荘の領主だから、須坂から直接言われてるわよ。あんた達見つけたら始末しろって」
「……それじゃあんた私達を……」
「まあまあ……数日待ってくれないかな風花。ちょっと裏取るから」
「裏? 私の話に裏は無いわよ」
「あんたじゃないわよ……町田よ。さっき言ったでしょ。私は町田に貸しがあるんで、いろいろ脇から情報が入るのよ。こないだからなんか動きが怪しいのよね。だから大人しく待ってなさい」




