第52話 風花の行方
翌朝。俺とマイカさんは再び東側を目指した。もちろん追手が待ち構えているだろうが、何としても風花様の消息を確認しなくてはならない。今度はすぐに見つからない様に慎重に進むが、どうやら連中は犬まで駆り出している様だ。風花様はもうあいつらに捕まってどこかに移送されてしまったのか、最悪その場で……いや悪い想像はやめよう。まだ逃げ回っている可能性だってあるし、ここで俺がヤケを起こしたらマイカさんだってどうなるか分からない。とにかく慎重に情報を集めるのが先決だ。
「これじゃうかつに近づけませんね。出来れば一人でいるところを確保して風花様の事を聞き出したいんですけど……」
「……あの鏡矢さん。私がオトリになって連中を引き付けます。それで手薄になったところで、離れた所にいる追手を一人確保するってのはどうでしょう?」
「それは危険ですよマイカさん。もし捕まったら本当に何をされるか判ったもんじゃない」
「……大丈夫です。もうこの岩場の進み方はコツを掴みましたので、岩場の中で距離を取ってあいつらの目を惹きますから。みんな私を追いかけて来るんじゃないでしょうかね」
「ですが……分かりました。それじゃ、作戦は日没ギリギリ開始にしましょう。陽が暮れた後なら、マイカさんもあいつらを捲きやすいだろうし」
「それじゃあ、集合場所はまたあそこの川縁でいいですね」
俺達はそのまま大岩の影に潜んで日が傾くのを待った。
「それじゃ、マイカさん。俺はこれからあいつらの後ろに周り込みます。マイカさんはあと三十分ほどで陽が沈むって頃合いで作戦開始して下さい」
「あはは。三十分の鬼ごっこですね」
人はともかく犬に感知されずに近づくのは難しい。俺はかなり大回りをして、追手の見張り達がたむろしている場所の後ろ側に回った。もう太陽がほとんど地平線にかかり始めている。そろそろマイカさんが行動を起こすはずだが……何やら追手達が騒がしくなってきた様だ。
「おい。あっちの岩場にマイカらしき人影があったってよ」
「マジか? だけど岩場は危険だから入るなって……」
「ばーか。あの大岩の後ろでマイカを捕まえられたら……ぐふふふっ」
「そ、そうだよな……いざとなったら証拠隠滅。岩の隙間に押し込めちまえばいいか」
「そう言う事だ。急ぐぞ! 他の奴に取られちまう!」
そんな事を言って、追手の男達が岩場の方に駆けて行った。
チャンスだ! マイカさん。なんとか日没まで凌いでくれ。
俺は周囲を改めて観察し、岩場に向かっていない追手が一人でいるのを発見した。
よし。あいつがターゲットだ。夕闇の中、俺はそいつに気付かれない様、慎重に近づく。
その時、顔にポツンと何かがあたった。雪? いや雨か。その勢いはどんどん激しくなる。
これじゃ岩場の火山灰はドロドロだろう。マイカさん早く離脱して!
俺が眼を付けたリーダー格と思われる追手は一人離れて無線でどこかと話をしている様で、周囲への警戒はおろそかで、犬もマイカさんを狙った男共が連れて行ってしまった様だ。そして通話が終わったのか、無線機を腰のベルトに戻そうとした一瞬の隙をついて、俺はそいつの後ろに周り込んで羽交い絞めにした。
「声を上げるな。撃つぞ!」
後ろから銃に見立てた木切れを背中に当てる。
「き、貴様……鏡矢って男か? はん。自分からノコノコ出てきやがったか」
「無駄口はいい。風花様の……いっしょにいたケモミミ少女はどうした?」
「……はは。知らねえんだ。あいつなら足滑らせて大岩の隙間に落っこちちまったぜ。あの隙間の底は、ドロドロの火山灰と有毒ガスで一杯らしいからもうお陀仏だろ?」
「何だって!?」話を聞いた俺は同様し、男を拘束していた力が一瞬緩んでしまった。男はそれを逃さず、思いきり俺に後ろ頭で頭突きをした。
「うわっ!?」思わず俺は後ろにのけぞり、形勢が一気に逆転する。
気が付くと男は体勢を立て直し、手に銃を構えていた。
「やれやれ小僧。あんな事で動揺する様じゃ、まだまだ素人だな」
「何。それじゃ穴に落ちたっていうのは……ブラフ?」
「いいや。それは本当さ。生かして連れて来いって言う指示なんで、こっちとしては想定外だったがお前が確保出来たならまあいいや。大人しくしな」
生かして連れて来いだって? だが考えている余裕はなさそうだ。もう数人が銃を持って俺の方に走って来ている。ああ、そうだ。それじゃマイカさんは?
「分かった。俺は投降する。だから……マイカさん、マイカさんも助けてくれ!!」
「マイカ? ああ。お前らが人質だと思って連れ回してたアイドルか? さっき、あっちの岩場で鬼ごっこしていたみたいだな。あいつは別にどうでもいいんだが。こんな所で男共に捕まったらまあ……分かるよな?」
「……お願いだ。何でも言う事を聞く。だから……彼女を助けてやってくれ」
「なんだなんだ。人質に情でも湧いたか? ああそうか。お前もうマイカとヤっちゃったのか。そりゃ情も湧くよな……ん、何だ?」
男が腰に付けていた無線機が着信を示した様だ。
「うん……はあ? やめとけやめとけ。お前達までガスにやられちまうぞ」
そこまでしゃべって、男は無線機をしまった。
「おい坊主。残念だったな。この大雨でマイカも足滑らせて岩穴に落ちちまったらしいぞ。スケベな仲間が穴に潜るって言ったんで止めたけどな」
「そ、そんな……マイカさん……俺……ゴメン……」
俺はもう何も考えられなくなって、その場にしゃがみこんだ。
◇◇◇
俺はそのまま車に乗せられ真っ暗な夜道を進んでいく。そして明け方近くになって着いたのは……町田荘!? だがなぜ町田が俺達を生かして捕らえようとしていたんだ?
狐にでも化かされた様な面持ちで前屋敷に連れて行かれた俺を待っていたのは、ヴェロニカ執行官だった。
「やあ鏡矢。また会ったな。三ヵ月ぶりかな? ともあれお前が無事で何よりだ。後の二人は残念だったな」
「ヴェロニカさん。あんた一体ここで何を?」
「大きな声を出すな。今は極秘行動中なのだよ。お前、ガーデンに潜入しようとか考えているのだろう?」
「えっ。どうしてそんな事を?」
「今までの経緯を見ていれば想像はつくさ。須坂も北米もイブ・メイカーの廃棄を決定した。だからいっそC国でも……とか考えているのだろう。愚かな事だ」
「そんな。それじゃ俺達がC国と手を組まない為にわざわざ? いや。そうならばここで殺してしまえばいいだけだ……もしかして北米は須坂に内緒でガーデンを狙っているのか?」
「さすがにここまで生き延びただけはあるな鏡矢。そう言う事だ。だからここでの話は須坂にも内緒だ」
「でも町田の皐月様は須坂のスパイじゃ……」
「あらー、鏡矢君。久しぶりのご対面なのに……ずいぶんとご挨拶ねー」
そう言いながら俺の後ろに皐月様が、ちょっと引きつった笑顔で立っていた。




