第50話 難所
自転車ではあるものの、夜間の移動が主であり積雪も有る事から、それほど移動距離は稼げない。それでも、荷物もあるし徒歩より楽な事は間違いないだろう。旧韮崎市街を越えたあたりで甲府方面が見渡せたが……うわー。なんか奇岩が連なる、なんとも言い様のない荒野だ。
「ここを突っ切るしかないんですよね風花様」
「そうよ鏡矢。でもあれ……道もないわよね。自転車で行けるかな? でも、行ける所まで行ってみましょう」
南の方に、尖った低い山々が連なっているが、あれが昔、富士山と言われていた火山の名残だろう。吹っ飛ぶ前は大層美しい山だったと、映像記録とともに語られているのは見た事があるが、今はその面影もなく、いまだに黒い噴煙をあちこちから大量に吐き出している。このあたりで宙に舞っている白いものも、雪ではなく火山灰の様だ。
荒野の西端に到着した俺達は、そこで一度作戦会議を開く。
「やっぱり道はなさそうね。となるととにかく東にまっすぐ進むしかないわ。幸い、東側に目印になりそうな尾根がいくつかあるから、方向に迷う事はなさそうだけど」
「どの位で通過出来ますかね風花様。正直、もう食べるものもロクにないですし……この状態であの荒野に突っ込むのはちょっと勇気がいります」
「うーん。それは何とも。出来れば三、四日位で抜けたい所だけど……それで鏡矢。せっかくだからここで言っておくね。これからの私の作戦」
「えっ。何か策があったんですか?」
「いくら私でもそれなりに考えてるわよ。多分ね。地下のガーテンに行ける手段がどこかにあると思うのよ」
「?? 何でそんな事を」
「あんたが、ミサイルで攻撃される直前にガーデンからカプセルで脱出した時の事、教えてくれたじゃん。その時、カプセルは何か所か目的地を提示した……」
「ああ確かに。でもそれって、ガーデンが海底のあの位置にある前提の話じゃないんですか」
「まあそうかもね。でも地下に潜行する機構を予め用意してあるって事は、そことも行き来できる様にしておこうって、普通は考えない?」
「成程。可能性はありそうですね。ですがそうなると……軍事施設関連が怪しいのかな」
「そう。第三台場と横須賀基地跡。そのどこかに、ガーデンに潜入する鍵がないかと踏んでる訳よ」
「いやー。雲をつかむ様な話ではありますが……可能性はありそうですね」
「ええ。わずかな可能性でも賭けてみないと、孝由さんも私のボディーも救えないし、それだとイブにこの身体を返してあげられないじゃない。そしてガーデンが浮上して須坂に攻撃される前に、なんとか全世界にSOSを発信するのよ!」
「分かりました! 俺もそれで異存ありません」
「よろしい。それじゃこの先、万一何か起きてあんたと私が生き別れになっても、お互い目標に向かって進む事にしましょう」
「そんなフラグ立てないで下さいよ。でも……可能性が高いとすると横須賀かな。第三台場は須坂管轄ですから、そんなのが有ったらすでにガーデンに手が回って処分されてますよね」
「それじゃ……私達の目標は横須賀で決定ね」
「お話はまとまりましたか? これ。ちょっとですけど野草を煮てみましたのでどうぞ。鏡矢さんが盗んできたワックス。煮炊きに結構重宝してますね」
脇で俺と風花様の話を聞いていたマイカさんが、そう言って微笑んだ。
◇◇◇
「これは……道がないだけならまだしも、なんでこんなに大岩がゴロゴロしてるのよ!」
風花様がぼやく。大きい物は家位もあろうか。それより小型のものは数知れず、びっしりと敷き詰められ詰みあがっている。これが全部富士山から噴出したものなのか。しかも岩と岩の間に、火山灰が溜まっていてうっかりすると崩れてそのまま岩の下の隙間に飲み込まれそうになる。当然自転車は使えず放置して来たのだが、これだと一日に数kmしか進めないぞ。
昼夜を重ね、どれだけ進めたのだろう。荒れ地に入る前に山で汲んだ水も底をつきかけ、これはもうダメかと覚悟を決めた所で川を発見した。
「……自然の力ってすごいね。ここだけ岩も灰も綺麗に削れてるわ」
風花様が言うのももっともだ。川が流れている部分だけ、積もった噴石や火山灰が綺麗に削られて、数十mの断崖に囲まれた渓谷を形作っている。
「鏡矢。降りられる?」
「どうでしょう。足場は何も無いですよね。落ちたら只じゃ済みませんよ」
「どのみちこれを越えないと東には行けなさそうだし。一旦川まで降りて水を確保したいし……」
「降りやすそうところがないか探してみましょう」
小一時間ほど川に沿って歩き、ようやく比較的降りやすそうな重なり方をした岩場を見つけた。身軽な風花様がまず降りてルートを確認し、俺、マイカさんが続いてゆっくり崖を降りる。
「ふう。何とかなったね」三人とも無事崖を降り切り、風花様が川べりに走り寄ったので、俺とマイカさんも続く。とにかく水が確保出来たのは大きい。風花様などは、すっぽんぽんになって身体を洗っているが寒くないのかな。だが、確かに今日の日差しは春を感じさせる。
反対岸の崖上りは明日と言う事にして、今日の所はこの川沿いで野営だ。
「それじゃ、私とマイカで、明るいうちに何か食べるものがないか、その辺ちょっと探してくるわ。鏡矢は寝床を確保して頂戴」
俺は、急な増水に備え、ちょっと高い岩の上に寝床を確保したが、風花様がすぐに戻ってきた。
「あれ。早かったですね。魚でも獲れました?」
「……鏡矢。いいからすぐに火を消して! 陽が落ちて暗くなったら目立っちゃうわ!!」
「どうしたんですか? 追手の気配でも?」
「追手じゃないと思うんだけど、人が住んでる形跡があったの。このちょっと先の崖に縄梯子みたいのがあったのよ!」
「こんな所に人ですって? いや、幾ら水があるからって言っても、食べるものとかどうするんですか。荘があるって話も聞いてないし……」
「そんなの知らないわよ。でもその梯子。日常的に使われているみたいに見えたの。荘でなくても、はぐれの可能性もあるんじゃない?」
「あっ、そうか。それじゃ……すぐにここを離れた方がよさそうですね」
「あのー。はぐれって? 人がいるなら助けて貰えたりしないんですかね」
「マイカ。何、呑気な事言ってるのよ。こんな所ではぐれになんか捕まったら、あなたも私も飢えた男共の性的なおもちゃよ!」
「ひゃっ。それは嫌です」
「陽が暮れてから行動に移りましょう。さっきの梯子を使えば、反対岸の崖はすぐに登れると思うわ」
◇◇◇
夜も更けて、風花様が感覚を研ぎ澄ますが、近くに人の気配はなさそうだ。俺達は夜陰に乗じて対岸の梯子を上り、また大岩と火山灰の荒れ地に足を踏み入れた。だが……暗い中、この岩場を移動するのは本当に命懸けだな。一歩間違えば、火山灰といっしょに大岩の隙間に飲み込まれてしまいそうだ。
しばらくして夜が明けた。ちょっと人心地ついて東の方を見渡すと、目標にしていた山の尾根がかなり近くなってきた様に思える。
「風花様。いつの間にか結構進んでいたんじゃないですか」
「そうだね。この荒れ地さえ抜けられれば、八王子に着くメドも立つわよ。さあマイカ。もう少し頑張りましょう!」
そしてその日の夕方位には、大岩の隙間に地面が見える様になってきた。どうやら噴石と火山灰の荒れ地もそろそろ終わりなのだろうと、三人で顔を見合っていたその時だった。
バーーーンッと突然、銃声が鳴り響いた。
顔を上げてみると、ちょっと先の岩がまばらになって開けた所に男が数人立っていて、猟銃の様なものをこちらに向けている。
「動くんじゃねえ! 甲府突っ切ってくるなら、この辺じゃねえかって張ってて正解だったな。大人しく両手を挙げて降参しな」
銃口はこちらを向いており迂闊には動けない。
「風花様。あれってはぐれでしょうか?」
「いいえ鏡矢。はぐれが銃なんか持ってる訳ないでしょ。どこかの荘の連中よ。須坂に言われて私達を待ち伏せしてたんだわ」
「どうします?」
「おらー。さっさと降参してこっち来い!! 大人しく従えば、命だけは保証してやる!」
「あ、あの風花さん……私達、命は助かっても犯されちゃう?」マイカさんの震えが止まらないので、俺はそっと彼女の手を握ってやる。
「鏡矢。マイカ。いい事。ここは一旦、分かれて逃げるわよ。あいつらあんな恰好してちゃ、大岩の荒れ地の中まではすぐに追って来れないし猟銃も使えないでしょ。だから後ろにある大岩を盾にしながら来た方角に逃げなさい。集合場所は昨日の川縁でいいわね!?」
たしかに連中はカタギの感じではなく、草履みたいの履いてるな。あれじゃ岩場を追っては来られないだろう。
「それじゃ……用意。ドンッ!!」
風花様の掛け声と同時に、俺はマイカさんの手を引いて、後ろの大岩の後ろに飛び込んだ。




