第45話 同行者
マイカの手引きで須坂のパレスを何とか抜け出した鏡矢と風花は、千曲川沿いに旧長野市内を南西に進んでいた。
「風花様。これからどうします? 俺としては、軽井沢か高崎の支援を受けるのがいいと思うんですけど……」
「確かにそうなんだけど……そっちのルートは、上田の関所抜けないとならないし、多分もう、どっちも手が回っちゃってるわよ。もう雪も降り出して来てるから、来た時使った志賀ルートは使えないし」
「ちょっとのんびりしちゃいすぎましたかね……」
「仕方ないわよ。何の準備も無しにガーデンに戻ろうとか……それこそ自殺行為よ。マイカに一時匿って貰えただけ感謝しないと。お陰で衣服とか最低限の準備は出来たわ」
「あの……こう言っては何ですが、風花さん、鏡矢さん。上田のちょっと手前から山に入って、松本方面に抜けるのはどうでしょう? 私、多少土地勘ありますよ」
二人に続いて歩いていたマイカが、突然二人に声を掛けた。
「マイカ……あなた。私達について来ちゃって本当に良かったの? 須坂に戻ったら、確かにサザレイシの婆さんには厳しく折檻されるとは思うけど命までは取られないわよ。でも……私達といっしょじゃ、本当に命を落としかねないわよ」
風花様が本当に心配そうにマイカさんに声を掛ける。パレス脱出後、マイカさんは俺達を予め用意してあった隠れ家に匿ってくれ、そこでいろいろ長旅の準備を手伝ってくれた。そして俺達が出発するにあたり、パレスに戻って自首した方が良いという風花様の勧めを蹴り、俺達がこのあたりの地理に不案内だろうから、逃走のメドがつくまで自分にも責任があるみたいな事を言って、ここまで一緒について来てくれている。確かに彼女の存在はここまで大層役には立ったのだが、軍人とかならともかく単なるアイドルの歌姫を雪山を突っ切る様なリスキーな行軍に突き合わせる事は出来ないぞ。
「私……サヤカとイノリに、絶対世の中の仕組みを変えてやるからって大見栄切って今回の作戦を立案したので……引っ込みが付かないと言いますか……最後までお二人をお手伝いしたいと言いますか……」
「そんなプライドは捨てなさい! 本当に死んじゃうわよ。私達だって正直、あなたを連れて雪山を越える余裕は無いわ。だから……イブ・メイカーの事は私達に任せてくれないかな?」
「……分りました。それでは、せめて上田の関所の手前まで。松本に抜ける間道のところまでご案内させて下さい」
「有難う。それで十分よ。私達の作戦が成功したら第一功労者は間違いなくあなただから……」
こうして俺達三人は、昼に夜に人目をはばかりながら、時に小雪がちらつく中を上田方面に向かって慎重に進んだ。そして上田手前の林の前で足を止める。
「あそこが間道なの? 道がある様には見えないわね」風花様が訝しがる。
「ワザと分かりにくい様にしてあるんです。ちょっと奥に入れば車が通れる位の道があります」
「よく知ってるわね」
「ええ。グラビア撮影で何度か……」
「でもマイカ。ここまで有難う。ここから先は私達だけで大丈夫よ。貴方はこのまま上田の関所に向かって、私達に脅されていたって言って保護してもらいなさい」
「あっ……はい……」
「風花様。車が来ます!!」その時俺は、上田の方から車が一台接近するのを発見し、風花様とマイカさんの手を引いて、慌ててそばの藪の中に隠れた。
車からは猟銃を持った男数人が出て来て、マイカさんが示した間道のあたりをうろついている。どうやら追手に違いないな。昨夜の新雪の上に足跡が無いか確認している様だ。
「おい。そっちはどうだ?」
「いいえ。特に怪しい痕跡はありません」
「ならいい。もう少し周辺までくまなく確認しろ」
リーダー格の指示で男達が散らばった為、俺達も慎重に間合いを取る。
そのうち、男の一人が話しだしたのが聞こえた。
「あーあ。マイカちゃん出てこないかなー。そうしたら目一杯可愛がってあげるのに……」その言葉に、マイカさんの顔が一瞬強張る。
「おい。見つけたら殺してもいいとは言われちゃいるが、変な事はするなよ。宗主様にバレたら只ではすまんぞ」
「へいへい。あー、せっかくのトップアイドルを、もて遊ばずにただ殺しちゃうなんてなー」
「グダグダ言ってねえで、川の向こう側調べてこい!」
男達はやがて捜索を終えた様で、また車に乗ってさらに旧長野市方面に向かって行った。
俺も風花様も、ようやくホッと一息ついたのだが、マイカさんは真っ青になっていた。
「マイカ。大丈夫? でもこりゃ……かなりヤバい事になってるわね。あなたを殺してもいいって指示が出てるみたいだわ。どうせあのクソババアの差し金でしょうけどね」
「あの……風花さん。私、どうすれば……」マイカさんが半泣きで風花様にすがる。
「あーあー。そんな捨てられた子猫みたいな顔しないでよ。こうなった責任は私達にもあるんだし……仕方ない。あなたもいっしょに来なさい」
「いいんですか? 私、足手まといじゃ?」
「だからと言って、ここに置いてったって、野垂れ死にか、あの男達の手にかかるか……事ここに及んでは、私達と行動を共にした方が生き残れる確率が高そうよ」
「あ、有難うございます。あんな男達の手にかかると想像しただけで身の毛がよだちます。足手まといにはならない様頑張りますので……宜しくお願い致します!」
「そうと決まれば出発よ鏡矢。夜になったらまた雪が降りそうだし、今のうちに間道に入りましょ。そうすれば朝までに足跡も隠れるわ」
こうして俺と風花様は、期せずしてマイカさんを同行させる事となり、なるべく足跡が判らない様、さっきの男達が歩いた足跡をたどりながら間道に入っていった。
◇◇◇
二日後の朝。須坂の宗主サクヤヒメの所に一報が届いた。
「どうやら風花達は、上田の手前から松本方面に向かった様ですね」
「すでに松本にも諏訪にも手配済です。それだけでなく、かなり遠方の荘にまで手配書をまわしておりますから、あやつらはどこの荘にも入れず、このまま雪の中、山をさ迷って凍死するのが落ちですね」
サザレイシが不気味な笑みを浮かべて言う。
「ですが……マイカもいっしょなのですよね?」
「あの者の事はもうお忘れ下さい。あれだけの御恩を宗主様より賜りながら裏切った不埒者です。本来なら公開処刑でもよい位ですよ。ミネルバの後の二人は、まあ……マイカにそそのかされただけの様ですので、しばらく謹慎の後、新たなメンバーを加えてミネルバの活動を再開させます。あまり世の男共を欲求不満にしても危険ですからね」
「宗主殿。その後、風花は捕まったのかな?」ヴェロニカがニヤニヤしながら執務室に入ってきた。捕まっていない事を喜んでいる様にも見え、本当に喰えない人だとサクヤヒメは思う。
「それは今だ……ですがこの雪の降る中、山奥に逃げ込んだ様です。もう生きてお目にかかる事はないかと存じます」
「ふん。それでは宗主殿のお気に入りだったマイカとかいうアイドルも見殺しか……まあいい。それで宗主殿。私は須坂を離れようと思う」
「まあ。それでは本国にお帰りに?」サクヤヒメの顔色がちょっと明るくなったのをヴェロニカは見逃さず、さも残念そうに言う。
「いやー。そうしたかったのだが……本国命令でな。今、北米の西海岸からガーデンサルベージ用の艦隊がこちらに向かっているのだよ。もちろん護衛空母付きでな。なのでそれと合流しようと思う。宗主殿には、北米艦隊の東京湾侵入の許可を要請する。嫌とは言わせんぞ。ガーデンとイブ・メイカーの事をすべて我らに託したのはそちらなのだからな」
「別に託した訳では!?」サザレイシが血相を変えるが、そんなものは全く気にせず、ヴェロニカは退出して行った。
怒りをあらわにするサザレイシにサクヤヒメが言う。
「サザレイシ。もうよいではありませんか。正直、私はもうあのイブ・メイカーに関わりたくありません。北米に大掃除をして戴きましょう」
「ですが宗主様。本当にあやつら掃除だけするつもりでしょうか。であれば護衛空母など……」
「まあ。C国がどう動くかも未知数ですし、許容範囲ではないですか?」
「確かにそうなのですが……」それで北米が我が国に侵攻したりはすまいよなと、サザレイシは内心穏やかではなかった。




