第44話 脱出(第二部最終章)
風花様はガーデンの全容を知らない。孝由さんが、イブ・メイカーを含む地下施設を解放したのは、風花様が刺客と刺し違え、管理者権限を孝由さんが取得した後なのだ。だから必然的に施設の様子に関しての尋問は俺に集中した。とはいえ俺も、孝由さんほどガーデン全体の構造について詳しい訳ではなかったが。
その日の尋問を終え部屋に戻ると、やはり別室で尋問を受けていた風花様が先に戻っていた。
「お疲れ鏡矢。そっちはどんな感じ?」
「いえ。とにかくガーデンの内部の様子を根掘り葉堀り……建物の造りだけじゃなく、出入りとか警備とか。しまいには壁の材質はとか……風花様はどうでした?」
「ふーん。確かにあいつら、ガーデンが浮上する前に決着つけるって言ってたけど……どうするつもりなのかしら。廃棄するなら浮上後にミサイルぶち込んだら一発じゃない」
「須坂もそうですが、C国とかの目も気にしてるんじゃないですか?」
「そうかしら……それでね鏡矢。私、ヴェロニカに言われたのよ。子造りは継続せよ……ってね」
「そんなのはどうでもいいって……そう言ったのは宗主様か。だけどそれって……」
「ええ。私達、当面生きていていいみたいだね。こりゃ自分の身を守るためにも頑張って励まないと」
「そんな……僕らが交わるのは、イブの出産能力を示す以外に理由はなかったはずです」
「ああ。そうだったわね。ごめん。私、あんたと交わる事で頭に血が昇ってたわ」
「いえ……俺も言い過ぎました。本音ではやっぱり風花様といっしょでうれしい……」
「うん。お互いもう十分鬼畜になれたかな。それじゃ鬼畜ついでで……やっぱりここを抜け出すわよ鏡矢」
「えっ? ですがそんな事出来ますか?」
「今すぐは無理かな。でも私があなたと子造りしている間はそれなりに生き延びられると思うの。だから近いうちにどこかで絶対隙を見つけて見せるわ」
「それで……ここを出てどうするんですか? C国に駆け込むって言っても」
「そうね。それは物理的に無理だわ。あっちからお迎えにでも来てもらわないと。だから……なんとかしてガーデンに戻るのよ!」
「ガーデンに戻る!?」
「そう。それもトロントの連中よりも先にね。そして多分……あの辺りにはC国も注意を払っていると思うの。そこを何とかして連絡を……」
「なるほど……かなり風花様らしい、ザルな見通しと計画ですが……もうここまで来たら後戻りは無しって事ですよね」
「鏡矢も大分私の思考が理解出来てきた様ね。そうとなれば……その抜け出す隙をなんとかしなきゃね」そう言いながら風花様がまたいたずらっ子の様に笑った。
◇◇◇
俺と風花様がトロント勢の管理下に置かれて二週間程が経った。日中、ガーデンの件で尋問を受けたり、イブ・メイカーやアップルの件で知っている限りを話したりしたが、夜は軟禁状態とは言え、部屋で比較的自由に過ごせていた。たまにヴェロニカ執政官が部屋にやって来て、俺達が退屈だろうと、いっしょに食事をした後、ちゃんと励めと激を飛ばして帰ったりする。何か食えない人なのだが、男性の様に豪快であまり憎めない感じもしている。同じ食えない奴でもあのサザレイシとかいう婆さんとはだいぶ印象が違うよな。そして宗主様も何か掴みどころのない人だったが……須坂の人達は一度も顔を出さないが、まあ俺達は相当嫌われていた様だしな。
その日は朝から雪が降り出していた。いよいよ本格的に冬なのだな。須坂一帯はそれほど積雪はしないとの事だが、ここから抜け出すとなると、早くしないとそれこそ山を越えられなくなる。それは風花様も同じ思いの様で「ガーデンまだ浮上しないよね?」などとたまに弱気な事を言っていた。そして夜になりヴェロニカ執政官が俺達の部屋にやって来た。
「風花、鏡矢、今日は寒いな。ほらこれ。日本酒というのを須坂から分けて貰って来たぞ」
「あら、いいですね」風花様の顔がちょっとほころんだ。
俺は酒を飲んだ事はないのだが、風花様は結構いけるクチみたいだ。でもイブの身体で飲んでも大丈夫なものなのだろうかとはちょっと思った。
「それで、子は出来そうなのか?」少し酔ったのかヴェロニカさんもいつもより饒舌だ。
「いえ……毎晩頑張ってはいるのですが……」
「そうか……出来ればその体がちゃんと懐妊出来る事を証明したかったがな」
「まだまだ頑張りますよ!」風花様も結構酔ってるみたいだ。
「いや……そうさせてやりたいのはやまやまなのだが風花。残念なお知らせだ。お前達二人の処刑が決まった」
「えっ!?」突然の事に、俺と風花様の声がハモった。
「いやな。この酒が末期の酒というつもりではなかったんだが……須坂がどうしてもお前達を処分すると言ってな。だから今夜がお前達二人には最後の夜となる。せいぜい名残を惜しむのだな」
「そんな……それじゃ処刑って明日……」俺は絶望的な声を上げる。
「ああ。明日の夕方に執行される。だがな。最後にミネルバがお前達の前で歌ってくれるらしいぞ。あの……お前達が人質にしたマイカだったか。そいつがお前達を処刑しろと宗主に迫った張本人らしいが、そのまま後から祟られても困るので、最後に愛想をふるっておきたいらしいのだ」
「マイカさんが……はは。少しはサクヤ様に助命嘆願位してくれるかもってちょっと期待して、結構優しくしたつもりだったんだけれどな」風花様も少し泣き声だ。
「ふん。アイドルなどしょせんそんなものだろう。それでは私は帰るが、せいぜい最後の夜を楽しみたまえ」そう言ってヴェロニカ執政官は部屋を出て行った。
「……風花様……くやしいですね。せっかくここまで来たのに」
「そうね……だけど、もはや打つ手なしかな。でも……私は最後まであきらめないよ。倒れる時も前のめりでいくわ!」
「何ですかそれ?」
「確か昔の有名なお侍さんの言葉だったかしら」
「ぷっ。はははははは……なんか余裕ですね」
「ふふっ、鏡矢。あんたと出会えて、私楽しかったよ!」
「はい! 俺もです!!」
「よっし。それじゃ最後の晩だ。二人で思い切りエッチしよ!」
◇◇◇
翌日の昼過ぎ、俺と風花様はトロントの兵士たちに囲まれながら宿所を出た。そしてそのまま人目を避ける様に、前屋敷まで連行された。そこには、ヴェロニカ執政官が待っており、そのまま前屋敷の裏庭に案内されたが、庭の中央にステージが設けられていた。
「ああ。ここっていつもミネルバがライブやってるところよね」風花様がそう言うが、正直、俺は彼女達のライブ中継をあまり見た記憶がない。しかし……配信映像ではわからないが、こんなロクな観客もいない所で行うライブは、以前マイカさんが言っていた様に、味気ないものなのかも知れないと俺は思った。
やがて小銃で武装した兵士が十名ほど出てきて、俺と風花様を取り囲んだ。そしてサザレイシ女官長が現れ、こう言った。
「まったく。これから処刑される者にはもったいないステージだが、宗主様直々のご命令だ。ここに座っておとなしく見物するのだな。下手な動きを見せたらその場で始末するぞ」
警備の兵士が乱暴に俺たち二人を、そばにあった簡素な折り畳み椅子に座らせた。
「宗主様はいらっしゃらないんだね……」風花様があたりを見回してそう言ったのだが、「ふん。お前達の処刑の検分など私だけで十分だ」とサザレイシが悪びれずに返した。
ほどなく、前屋敷の建屋から三人の女性が出てきたが……ミネルバだ!
そしてそのままステージの中央にあがり、マイカさんが話し始めた。
「風花様、鏡矢様。残念ですが今日でお別れとお伺いし、宗主様に無理を言ってこうした機会を作っていただきました。短い時間ですが精一杯パフォーマンスしますので、どうかお二人の胸に刻んで下さい。そして……ごめんなさい。私を恨まないで下さいね」
そのままミネルバの曲のイントロが流れ始め、ミネルバのステージが始まった。
「恨む訳ないじゃない……」風花様がそうこぼした。アイドルのステージは、配信などで何回かは見た事があるが、生の舞台はもちろん初めてだ。しかし、これほど迫力があるものだとは想像もしていなかったな。これから処刑される身である事も忘れ、つい手拍子をしてしまうが、どうやら周りの兵士たちも同じ気持ちの様で、手をたたいたり、足踏みしたりしている。十五分ほどかけて連続して曲が披露されたところでマイカさんが言った。
「それじゃ……最後の曲です。『ゲッタウエイ』!」
それまでの曲より一段と音量が上がり、テンポも速くなった。ミネルバの三人のパフォーマンスも動きが激しくなる。そしてスモークがたかれ花火が周囲でパンパンと景気よく鳴り出した。
「何だ何だ。ずいぶんと手間をかけているじゃないか」ヴェロニカ執政官は楽しそうに目を細め、サザレイシ女官長は苦虫をつぶした様な顔をしている。こうした派手な楽曲は好みじゃないんだろうな。でも……スモークの煙、すごいな。
「おい。少し煙が出すぎではないのか。設備を点検せよ!」サザレイシ女官長がそう指示したのと同時に、ステージが大きな爆炎に包まれた。
「きゃーーーっ!!」ミネルバのメンバーの悲鳴が聞こえ、楽曲が中断したのだが……いや煙で回りがよく見えないぞ。何やらバチバチと音がしていて、周囲で人が争っている様にも思えるのだが何が起きたんだ?
すると耳元で声がした。
「こっちです!」いきなり腕をつかまれて引っ張られるが、その声って……「マイカさん?」
「黙ってついてきてください」
「だけど風花様が……」
「大丈夫です。ちゃんとついていらっしゃってますよ」
「えっ? これって一体?」
「ええい何をしている。ミネルバの安全を確保し、二人を拘束せよ!! うぎゃっ!?」
あれ。今、サザレイシさんの悲鳴が聞こえた様な……。
そのまま手を引かれ、前屋敷の裏庭から敷地の外に出た様でようやく当たりの状況が見えてきたけど……たしかにマイカさんだ。それにすぐ後ろに風花様と……あれ、この人は?
「ありがとうイノリ。迷惑かけちゃうわね」
「ううんマイカさん。私とサヤカはあなたに賭けたのよ。だから……女性が自由に恋愛出来る世界をお願いね! それじゃ私はあそこの連中かく乱しに戻るから。だけど……あのクソ婆にスタンガン使えて最っ高だったわ」そう言ってイノリさんは煙だらけの中庭に戻っていった。
「それじゃ風花様、鏡矢様。とにかくここを離れましょう!」
こうしてマイカさんの後について俺達はその場を離れた。
◇◇◇
十分位で中庭の煙は収まり、後にはスタンガンで気絶させられたサザレイシや兵士数名が転がっていた。
「やれやれ。最近のアイドルはステージだけではなくテロもやるのだな……」
残った兵士に拘束されたアイドル二人を眺めながら、ヴェロニカ執政官が苦笑いをしている。だが……おもしろいではないか。どうせ放っておいても滅ぶ人類だ。いろいろ起こった方が楽しいに違いない。あの二人がちゃんと逃げられるのか。そしてどうするのか。
これは是非とも見届けねばなるまい。ヴェロニカ執政官は声を上げて笑った。
※第二部終了 第三部は年内開始予定です。また近況やXなどでお知らせします。




