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第43話 現在と未来の天秤

「……以上が私と鏡矢がここまで来た道筋です。私から申し上げたいのは、イブ・メイカーをうまく利用して人類が男女比を戻せる道筋をつける事に各国が取り組んでいただければ、この人類の災厄を乗り切れる端緒が掴めるのではないかという事です。何卒、前向きなご検討をお願い致します」

 途中質問が挟まれる事もなく、ほぼ三時間近く、風花様が事の経緯を話し続けた。そして途中、各荘であった事はうまくごまかしながら、上手に説明出来たのではないかと思う。

 宗主様もヴェロニカ様も、眼を閉じたまま思索にふけっておられる。


「ふん。そんな汚らわしい姿になり果ててまでこの地にたどり着きおって。途中の荘の連中は馬鹿ばかりか!」サザレイシさんがそう声を上げた。

「たしかにあなたから見れば、汚らわしいなりそこないもどきかも知れませんが、この子は立派な私と鏡矢の娘です! しかもこの子は生後二か月で初潮を迎えました。ですので次に私は、この子が女児を懐妊可能な事をあなた方に証明してみせます!」

「なんと汚らわしい……」悪態をつくサザレイシを制して宗主様が口を開いた。

「……風花。あなたの言い分は分かりました。ですがその身体で子をなす必要はないと考えます」

「それでは宗主様。私の意見を聞き入れていただけるのですか?」

「いいえ! Noです。ヴェロニカ様はどう思われますか……」

「……残念だが……私もNoだな。やはりイブ・メイカーを表に出してはいかん。頭では分かっていても……この不快感は何ともしがたい!」

「やはり執政官様も私と同様の感想をお持ちでしたか。風花。あなたのやろうとしている事はあまりにも醜悪で不愉快です。宗主というより一女性としてあなたのやろうとしている事が理解出来ません。生後間もない自分の娘を旦那と性交させて子を妊娠させようなど……我が国でもそれを快く思わない者は多いでしょう。ましてや欧米などは宗教的にも……」


「ですが宗主様っ! 一旦男女比がイーブンに戻せさえすれば、倫理や道徳はそれから立て直してもよいのではないでしょうか!」

「お黙りなさい! 人間の女性がすべてあなたの様に割り切れる存在ではありませんよ! こんな不愉快な思いをするくらいなら、私は座して死を待ちます! 人間の女性達の尊厳を甘く見ないで下さい」

「……宗主様」


 ああ。これはだめだ。風花様は人類全体の未来の為に今を犠牲にしようとしているのに、宗主様達は、今いる人達の尊厳を守る為に未来を犠牲にしようとしている。これをまとめるのは容易ではないのは俺でも分かる。

「鏡矢ぁ……」風花様も説得が無理だと悟ったのか、俺の肩に両手を乗せて涙を流した。


「それでは宗主殿。私は本国にイブ・メーカーとガーデンの廃棄決定を要請する。そしてその廃棄作業もトロントが行う。それでよいですね!?」ヴェロニカさんが立ち上がって宗主様に言葉を投げかけた。

「はい……お任せ致します」

「それでは、この二人は引き続き私にお預け下さい。出来ればガーデンの浮上前に決着を付けたいので、今少し内部の詳細を聞き取りたく思いますので……」

 魂が抜けた様になった風花様と俺は、ヴェロニカさんに肩を押されながら、会議室を後にした。そしてトロント勢宿舎に戻り、少し休めと部屋に押し込められた。


「風花様……」正直、どう言葉をかければよいのか俺には見当もつかない。実際、風花様は険しい顔をしたまま下を向き、眼を閉じてだまりこんでしまっている。そしてしばらくして、風花様が顔を上げて俺に言った。

「仕方ないわ鏡矢。こうなったら他の道を探すわよ。ガーデンが浮上するまでになんとかしなきゃ……C国と連絡取れたりしないかな?」

「何、無茶言ってるんですか風花様。真面目な話、俺達だって用済みになったら命の保証もないんじゃないですか? それをここからC国とか……黙って行かせてくれる訳ないじゃないですか!」

「仕方ないじゃない! このままじゃ本当に人類は滅びちゃうし……孝由さんも私の身体も助からない……それだとイブが幸せになれない……」

「ああっ……」

「ヴェロニカはガーデンの廃棄を本国に要請するって言ってたけど、ガーデンの構造をもっと知りたくて私達から情報を取ろうとしている。だからすぐに私達に命の危険があるわけじゃないと思うわ。まだ時間はある……落ち付いて考えましょう」

「分かりました。俺も出来るだけ考えます」

「はは、そうね。でも……あなたは……私をそばで支えていてね」


 ◇◇◇


「ああ……千代女はもういないのですね」宗主サクヤヒメが嘆息した。

「あれは忍びです。覚悟の上かと」サザレイシの言葉に、サクヤヒメがちょっとムッとした様に言う。

「ですが……私の古くからの友人でもありました。彼女の万能細胞はガーデンにあるのでしょうか?」

「何をお考えです宗主様。もうあのような邪悪なものに心を動かされてはなりません。トロントでさえ廃棄を検討すると言っておりましたし、もはや人類はいかに美しく散り際を飾るかを考える段階なのです!」

「……寂しいですね」

「お寂しい様でしたら……マイカを呼びましょうか。風花の事でなおざりになっておりましたが、あの子も巻き込まれて気持ちが弱っておりましょう。是非労いを」

「わかりました。マイカを呼んで下さい」


 程なく、マイカがサクヤヒメの寝所に現れた。


「ああマイカ。この度は大変でしたね。恐ろしかったでしょう?」

「あ、いえ、宗主様。風花様も鏡矢様も私に大変お優しく接して下さいました」

「そうですか。それは何より。まあもともとあなたはダシに使われただけで、あなた自体を狙ったものではありませんでしたしね。ですが……さあちこう。今宵は私が慰めてあげましょう」

「もったいのう存じます。それで宗主様」

「何ですか?」

「私の卒業後のお話なのですが……公募で選抜して気に入った殿方がいたら、その方と夫婦になってもいいでしょうか?」

「あらあら。あなた公募を嫌がっていた様に思いましたが……」

「風花様と鏡矢様を見ていて、夫婦もいいなと少し思いました。私、男性とあんなに近くでプライベートでお話しした事がなくて……男って何かこう、もっとギラギラとしているのかと思っておりましたが、鏡矢様はそんな感じではなく大層私に心配りをされている、お優しい方にお見受けしました」

「そうですか……構いませんよ。好きな男性が現れたのなら夫婦となる事を許可します」

「有難うございます……それであのお二人はどうなったのですか? ガーデンとやらは?」

「その事は忘れなさい。あれは私達女性に対する犯罪にも等しい存在です。風花もその旦那も折りをみて処罰されるでしょう。ですから……もうそんな事は気にかけず、今宵は私と仲良くしましょうね」そう言いながらサクヤヒメはマイカを自分の布団に導き入れた。

 

 ◇◇◇


「ヴェロニカ様。本国との回線開きました」

 ヴェロニカが手元の端末に向かい、秘話回線でトロント荘にいるリーダー達と無言でチャットを始めた。


・ガーデンは健在の模様

・あと一年待たずに再浮上してくる見込み

・我ら北米での単独確保と運用検討が急務

・イブ・メイカーのプロダクツ一体確保。交配試験継続中


 そんな趣旨のやりとりをそばで見ていた副官が小声で漏らす。

「執政官。本国にガーデンの廃棄許可要請をするのではなかったのですか?」

「……馬鹿かお前は!」

 それだけ言ってヴェロニカはまた端末の方に向き直った。


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