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第42話 逆転

「はい。女官長様……いえ、決してそのような……はい……はい……本当に申し開きのしようもございません」

 立ったままの通信を終え、町田荘の現領主、皐月は自分の椅子に崩れ落ちた。通信相手はもちろんサザレイシで、さんざん役立たずと罵倒された。ああ、どうしてこんな事に……肝心の拓真もまったく音信がない。やはりあいつが失敗したのが敗因か。あんなメンヘラ男を当てにしたのがそもそも間違いだったのか。だが……ああ、まずいぞ。このままでは、次期領主を我が娘にする事はおろか、ヘタをすれば定期人事で降格されたり、最悪、荘をお取り潰しされたりしかねないではないか!


 焦燥しきった顔つきで椅子に座っていたら、秘書が通信が入ったと告げた。

「誰だ……まさかまたサザレイシ様ではあるまいな。小言が言い足りなかったのか?」

「いいえ。高崎の千早領主様です」

「高崎……」

 何やら嫌な予感しかしないが、皐月は自分の端末で回線を開く。


「こんにちは皐月様。初めましてでいいですよね?」

「はい千早様。先日はうちの使いの者がいろいろお手数をおかけし、もっと早くお詫びと御礼を申し上げようかと思っていたのですが、いろいろ立て込んでいまして」

「ううん、気にしないで。それでね。あまりよくないお知らせです。あなたがなりそこないの捜査に遣わした一条寺さん? でしたか。その方と数名が、白根山禄で遺体で発見されました。どうやら何かを追いかけて山に入って、誤って火山性ガスが溜まったくぼ地に入ってしまった様でして……お悔み申し上げます」

「あっ……あっ……」


「あら。大丈夫ですか? 可愛い部下の訃報ですから、ショックをお受けになられるのも無理はないかと。それで……御遺体はすでに荼毘に付しましたが、遺灰はお届けしましょうか?」

「ああああっ……うわーーーーーーっ!!」

「あらあら、大丈夫ですか? 何かご心配事があるのなら相談にのりますよ。だいたいですね。何があったかは存じませんが、不都合な事は大抵、部下のせいにしちゃえば大丈夫ですよ。領主特権ですね!」


「あ……ああ。アドバイス、ありがとうございます……」

「ふふっ。落ち着いたみたいでよかったです。ではまた」そう言って回線が切れた。

 そうだ。今回の事は、すべて拓真のしでかした事だ。私も被害者だ……そうでないと生き残れない。もう文句は言っていられない。私は、靴を舐めてでも風花に取り入らないとならないのか……。


 ◇◇◇


「いやいや風花様。まさかトロント荘の執政官を連れて来るとは……びっくりですよ」

 俺は今、周囲をヴェロニカさんやトロントの兵士に護衛されながら風花様やマイカさんと並んで須坂に向かって歩いている。どうやら風花様は、このトロントの執政官に運命をゆだねた様だ。


「だからね。イブ・メイカーに関しては須坂もトロントも共犯という事よ。でもそれだとなおさら対応を間違えない様にしないと、本気でガーデンを核攻撃されかねないわね」

 風花様は歩きながら、そんな事をブツブツ言っている。

 大分陽も傾き、夕方近くなって、俺達一行は北門に到着したのだが、なんとそこで、宗主のサクヤヒメ様が出迎えてくれたのだ。サザレイシとかいうなんかおっかなそうな婆さんも脇にいた。


「ヴェロニカ執政官。御足労をおかけし申し訳ございませんでした」

「宗主殿。それは皮肉か? 残念だったな。だが当方としては貴重な資料だ。ただでお前達にくれてやる訳にはいかんのでな」

「そんな滅相もない。それで……あなたが風花なの? またずいぶんと落ちぶれたものね」

「ふん。そんななりそこないの容姿で、よくも恥ずかしくも無く道を歩けたものじゃ」

 サクヤヒメ様もサザレイシさんも、風花様が獣人の姿なのが気に入らない様だ。


「ええ、お陰様でこんな格好ですよ。でもね、私はこの姿にプライドを持っているんです。この子、本当は私と鏡矢の娘なんです。訳あって私の意識がこの身体を支配しちゃっていますけどね。宗主様ご存じですか? この子、本当の名前はイブっていうんですけど、生後二か月で生理が来たんですよ!」

「なんと……それではこの身体は……」サザレイシが息を呑む。


「はい。イブ・メイカーが生み出した人類最初の女子です!」


「はっはっはっ。大変興味深い話ではないか。それではゆっくり話を聞く事にしようじゃないか宗主殿!」そう言いながらヴェロニカさんが豪快に笑った。


「それでは風花様。私は一旦ここでお別れです。後日またお会いしましょう。ですが……私との約束もお忘れなき様お願い致します。鏡矢さんも頑張って下さいね」

「ええ。出来る事は必ず返すから」風花様がそう答え、そこでマイカさんと別れた。

 俺と風花様はそのままヴェロニカ様に導かれ、トロント勢の宿舎に招き入れられた。確かに今の状況だとここが一番安全そうではある。


「聞きたい事は山ほどあるが……まずはくつろぎたまえ。話は明日からにしよう。君たちがここまでどんな苦労をしたのかちょっと想像出来ないからね」ヴェロニカさんがそう言って労ってくれ、部屋を用意してくれた。

 

 久々にお腹一杯食べ、風呂にはいり、ふかふかの布団で寝られる幸せを二人でかみしめる。

「風花様。俺達……ここまで来たんですね」俺が感慨深げにそう言ったが、風花様は今一つ浮かない顔をしている。

「ここまではね……でも。須坂だけじゃなくてトロントまで噛んでるとなると、うまい事ガーデン保全の方向に話をまとめるのも容易じゃないかも。一国説得するだけでも大変なのに二国の利害が絡むとか……」

「いっそC国にでも絡んでもらいます?」

「それが出来ればねー。本当ならこの問題は世界中のみんなで討論したほうがいい。それが、いままで隠蔽に携わっていた二国判断となると……裏目出る可能性ありそー」

「ですが、ここで思い悩んでも仕方ありません。せいぜい一生懸命みんなを説得しましょう」

「おお、そうだった。そのためには……」

「あっ。それじゃ……電気消しますね」

 

 ◇◇◇


 翌日。俺と風花様は、ヴェロニカ様に守られつつ須坂の前屋敷に赴いた。いや、それにしても大きいなこれ。前屋敷だけで町田の三倍は優にあるよな。

「おどろいた? 須坂は女性だけで三千人くらいいるからね。パレスの広さも他の荘とは桁が違うのよ」風花様がなぜか自慢気に解説してくれた。

 

 そのまま簡単な消毒の後、大きな会議室の様なところに通されたが、すでにサザレイシ女官長が待機されていて、俺……というより風花様の顔をみて露骨に嫌そうな顔をした。余程この獣人の見た目が気に入らないのだなと思った。


 ヴェロニカ様に並んで椅子に腰かけ、出されたお茶をすすっていたら、程なく宗主サクヤヒメ様が入室され、室内の全員が黙礼する中、中央の大きな椅子に腰かけられた。その後、ほとんどの女官が人払いされ、サザレイシさんが立ち上がって話しだす。

「それでは会議を始めます。本日の内容は議事録を残しません。一切他言無用に願います。それでは宗主様。お願い致します」


「それではまず……そこの風花を名乗るなりそこない。お前はそこにいらっしゃるトロント執政官様の恩情で生かされている事を努々(ゆめゆめ)忘れない様に。それは隣の男も同様である」

 うわっ、いきなり居丈高な物言いだが……俺は風花様を見守るのみだ。するとヴェロニカ様が口を開いた。

「心配するな風花、鏡矢。少なくとも私は、お前達の話を聞き終わるまで殺しはしないよ」

 いやそれ、話し終わったら命の保証がないって事ですよね? だが風花様は微塵も動揺せず、我が意を得たりという顔つきでこう言った。

「はい。決して最後まで退屈はさせないかと……」

 こうして俺と風花様の今までの冒険の詳細が、日本国宗主様とトロント荘執政官の目の前で語られはじめた。



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