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第41話 センター

 須坂の援軍と鉢合わせになる事もなく山を降りられたが、そこでバイクはガス欠となり放棄した。

「ここはどの辺でしょうか」俺の問いにマイカさんが答える。

「旧中野の市街地が数キロ先にあります。人はほとんどおりませんが、夜を明かせる小屋位ならあるかと存じます」

「ははっ。地元の子がいると便利ね」

「いえ。地元という訳では……私は広島の出身です。ですが十二の時からずっと須坂住まいで……」

 歩きながら三人で雑談をする。あたりはほぼ真っ暗なのだが、わずかに雲間から月灯りがさし、風花様はよく見えている様なので彼女の指示で慎重に進む。


「それにしても……畑と太陽光発電ばっかりね」暗くて俺にはよく分からないが、どうやら風花様が言う通りみたいだ。

「大戦中から、日本中の太陽光パネルがここに集められ一大発電地帯になっていて、須坂や周辺の電力を賄っていると聞いております。畑は……あの木は全部リンゴですね」

 やがて農業用の倉庫みたいな建屋があり、そこで夜を明かす事にした。


「それじゃ改めて自己紹介するわね。私は風花。元町田荘の領主よ。今はワケ有りで、こんな姿になっている」

「俺は、佐々木鏡矢です。訳あって今は風花様の旦那になってます」

「私は……もうご存じですよね?」

「あーいや。実はね。鏡矢さっきまであなたの名前思い出せなくて……」

「あら。私の名声もその程度と言うところでしたか。いえ、冗談です。私はマイカ。ミネルバの四十一代目センターを務めています」

「うん。びっくりした。まさかミネルバのセンター、マイカさんが私達に加勢してくれるとか……」

「……それであの。お伺いしづらいのですが、風花さんはどうしてそのような姿形を?」

「ははは。そうだね……うん。全部話す。あなたの望みにも関わる話かもしれないし、あなた素直そうだもの。多分私達の言う事信じてくれると思うから」


 そして風花様は、町田での事からラボの事、ガーデンの事、イブ・メイカーの事をマイカに話し、その件で宗主様に直談判がしたいと伝えた。


「……申し訳ありません。お話が難しすぎて私にはよく理解が出来ていないかも知れません。ですが……そのイブ・メイカーとやらが稼働すれば、世界の女性は望まぬ妊娠から解放されると?」

「さすがに一足飛びにそうはならないかな。でもそれを目指して世界が進んで行けると私は思うの」

「……そうであれば、私がお二人に協力しない理由はございません。私も望まぬ妊娠が嫌でこの世から消えたいと思った女の一人ですから」

「えっ、そうなの? でもミネルバのメンバーは公募とかないよね?」

「それはメンバーでいる間だけです! 卒業したら、元アイドルだった事は秘匿され、一般の女性と同様に公募を行わなければなりません。アイドルの遺伝子は極力絶やさないというのが今の国の方針ですから……ですが私はそれが本当に苦痛で……」

「あー、そっか。そうだよね、そんな種馬見たいな扱い。むしろ今まで一般女性よりも厚遇されてた分、メンタル的にきついか……」

 風花様がマイカさんを抱える様にしながら頭を撫でた。


「それで風花様。私はどの様なお手伝いをすればよいでしょうか? このまま私についてきていただき、そのまま須坂に入りますか?」

「それも手だとは思うけど、多分もうあなたが誘拐された事は宗主様にもバレてるわよね。そうなると須坂の玄関口で機銃掃射されて射殺されかねないかな。だから先にこちらの要求をサクヤ様に伝えたいわね」

「手紙でも書いてマイカさんに届けてもらいますか?」

「鏡矢。それマイカさんが直接宗主様にお手紙渡せなければ失敗よ」

「……それでは……宗主様に直接ここに私を迎えに来ていただくのはどうでしょう?」

「えっ、マイカさん。そんな事、出来るの?」俺は思わず声を上げた。だが風花様は満足そうに笑って言う。

「それじゃ、それで行きましょうか?」


 ◇◇◇


 翌日。もう太陽も真上に昇ってお昼に近いのだろう。気温もかなり高くなってきており、こういうのを小春日和というのだろうか。確かに周りは、麦畑とリンゴ畑、それに太陽光発電のパネルばかりだ。マイカのアドバイスで小布施の関所は難なく迂回出来、そして……あのゲートが須坂の北門ね。

 風花は獣人とバレない様に衣服を着こみ、マイカが着ていたが湯着を千切って作った白旗を掲げ、門にゆっくり近づく。そして当然の様に門番に見咎められる。


「止まれ! お前何者だ? 通行証とIDカードを提示せよ」

「あのー、私。ミネルバのマイカさん誘拐犯の一味です。宗主様に要求を聞いてもらいに来ました」


「なっ? 何だって!?」

「ですから誘拐の要求……」

 とたんに廻りを自動小銃で武装した兵士に囲まれた。

「あのー。私が無傷で帰らないと、マイカさんの死体がさらされますよー」

 その場の兵士達も判断が出来ず、どうやらお伺いを立てに行った様だ。

 それにしてもこれ、本当に無事に帰れるかな?

 周囲から銃口を向けられたまま三十分ほどしたら、かなりご高齢の女性が一人やってきたが……ああ、あの人知ってるわ。


「我は宗主様の筆頭女官長サザレイシである。賊よ。要求を申してみよ」

「はい。今回の首謀者がとある場所で、宗主様と一対一の会見を希望しております」

「この慮外物! そんな要求に宗主様が応じられる訳がなかろう。それでマイカが帰らずとも須坂荘はビクともせんぞ!」

「いえ。宗主様を害するつもりは全くありません。むしろ逆で、お力をお借りしたいのです」

「戯言も大概にせよ。助力を乞う者が誘拐などという卑劣な手を使いおって。全く信用ならん。マイカなどお前らにくれてやるがその代わり、お前もここでおしまいさ! 構わん。このものを射殺せ……」サザレイシが兵士達に命じるのに先んじて風花は被り物を取った。


「私、町田荘の旧領主風花です!!」

 その異形に驚いたのか兵士達も一瞬動きが止まる。

「何っ!? お前なりそこないか? それが……風花だと? ええい、打ち方やめ!!」

 サザレイシが慌てて周囲の兵士を制した。

「お久しぶりですサザレイシ女官長。少々訳ありでこんな姿になりました! ですのでいろいろ宗主様にご相談したくって……ああ、私が戻らないとマイカさん無事じゃすまないのは本当ですよ」そう言いながら風花は忍ばせていた銃をこれ見よがしにサザレイシの方に放り投げた。


「……風花……今少し待て」

 そう言ってサザレイシはその場を離れた。


 ふー。なんとかなったのかこれ。いやこれギリギリでしょ。端から命懸けとは言え、撃たれてないのが不思議な位だ。まあこうなりゃこっちも腰を据えてかかるか。そう腹を括った風花は、その場にどっかりと胡坐をかいて座り込んだ。


 ◇◇◇


「風花が生きていて私に直談判ですって? 本物ですか? だいたい町田の皐月からはあの後何も……まさか皐月もグルだったという事でしょうか」

「いいえ宗主様。皐月はそれほど利口ではありません。多分風花に出し抜かれたのかと。それにしてもどうやってここまで来たのか。誰か協力者がいるはず……怪しいのは高崎か!?」

「……それでどうしましょう。風花の話というのは……ガーデンの事ですよね? マイカだけではなく、千代女(ちよめ)の事もありますし、話だけは聞いてもいいかとは思いますが……その上で処分を考えればよいのではないでしょうか」

「なりません! いまさらガーデンの事を蒸し返されても我々も迷惑です。トロントのヴェロニカにも知らぬ存ぜぬでは済まなくなります。マイカの事は残念ですが、お諦めになってこのまま黙殺されたほうがよろしいかと存じます」

「多分……それが正解なのでしょうね。分かりました。それでは風花を名のる賊は即刻射殺し、マイカの捜索を秘密裏にお願い致します」

「御意」その時、宗主の秘書の一人がこう報告した。


「トロント荘のヴェロニカ様が北門に向われました」


「何っ! しまった。どこで漏れた……」

「やはり荘内に内通者がいるのでしょうね。仕方ありません。私達も腹を括りましょう」サクヤヒメがちょっとほっとした様にそう言い、サザレイシは眉間にしわを寄せながら地団太を踏んだ。


 ◇◇◇


「あの……風花様。一人で大丈夫でしょうか?」

「多分。あの人ああ見えて結構肝が据わってますからね。もう俺達は帰りを待つしかありません」

 夜が明けて、農業倉庫だと人目についてしまう可能性があり、マイカさんと場所を移動した。気温はそれほど低くはなく、太陽光パネルが風よけになっていて、それなりに過ごしやすいが、トップアイドルと二人だけで何もせずじっとしているのもある意味拷問だな。

 あまりに退屈なので会話を試みる。


「マイカさん。話し掛けてもいいですか?」

「あ、はい」

「俺が通ってた高校でもミネルバのファンはたくさんいましてね。特にクラスメートの武田という奴が熱心で……ああ。そいつサッカー部だったんですが」

「そうですか。ファンは有難いですね。ですが……私達は、実際に大勢の男性の前で歌ったり踊ったりする事は皆無で……アイドルといっても生きてるってだけでCGのキャラとやってる事はそんなに変わらないですよ」

「いや、そんな事は……ですが、そうか。実際にコンサートなんかはやらないのか」

「ええ。大昔のビデオなんかだとアイドルがステージで、数万人のファンに囲まれてコンサートやったり……ああいうの、あこがれますけどね」

「そうですよ。だからこの世から消えたいとか言わず、ああいうのをやりたいというような夢を持つのもいいかもしれませんよ」

「……所詮夢です」マイカさんはそのまま顔を下に向け、黙り込んでしまった。


 あれ、俺何かしくじったかな? 元気づけたいだけだったんだけど……。

「あのマイカさん。俺、なにかお気に障る事言いました?」

「……大丈夫です。私が同い年位の男子と話慣れていないだけです。でもあなたは……鏡矢さんは風花様の旦那さんというだけあって、女性との会話慣れていらっしゃるのね」

「いや……別にそう言う訳では……」

「……風花様と鏡矢さんがうらやましいです。私も公募とかじゃなく、ちゃんと好きあった男性といっしょになりたい……」

「えっ? あっ、でも俺。風花様の公募で、彼女と知り合ったんですよ」

「そうなのですか!? ……そっか。何だ……」

 マイカさんの顔色がちょっと良くなった様に見えたので、俺はそのまま口をつぐんだ。


 ◇◇◇


 突然、大柄な金髪の女性が後ろから話しかけて来て大層面食らった。外人はまあTVや雑誌では見た事があるけど、実物は初めてだわ。もちろん英語は判らないので、通訳さんと会話する。


「あの……あなたは?」

「この方はトロント荘のヴェロニカ執政官です。あなたを保護すると申しております。このままだとあなたは須坂に処分される可能性が高いです」

「保護ですか……それはありがたいのですが、私は要求をちゃんと宗主様に伝えないと……」

「あなたの要求は、日本国宗主との会談ですよね。それも助力すると申しております。それまで風花さんはトロント荘が保護します」

「え、あの。トロント荘の方がなぜ?」

「それはあなたの知るべきところではありません……と申しております」

 

 いやこれ。どうすればいいんだろう。これ大丈夫なのかしら? 逡巡している私にヴェロニカさんが歩み寄って来て、その大柄な体でガッチリお姫様抱っこされた。

「大丈夫。私がこうしてあなたを銃から守ります。ですからこのまま人質のところへ案内しなさい……と申しております」通訳の人がちょっと笑いながらそう言った。



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