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第40話 誘拐

 俺はそれほどアイドルに詳しい訳ではないけれど、それでもミネルバはそれなりに知っている。ミネルバというのはユニット名で、常に十代後半の女の子三人組で構成され、たまにメンバーの入替があったりする。今は……サヤカとイノリと……あと一人、誰だっけ? TVや雑誌ではよく見かけるのだが、国家直属で雲の上の存在でもある。まさかその彼女達を直接こうして目にする日が来ようとは……。

 

「それで風花様。人質とか物騒ですけど、一体何を?」

「これよこれ」そう言って風花様がバッグから取り出したのは……拳銃?

「それ。拓真が持っていた奴?」

「うん。まだ弾も入ってるわよ」

「ですが……いくらなんでもそんなものでアイドル襲って……ただじゃ済みませんよね?」

「どのみち須坂に入るのは命懸けよ。うまくいけば一足飛びにサクヤ様のところまで行けるわ。悪い賭けじゃないと思うけど……あーほら。なんか動きだしたわよ」

 さっきまで温泉でポーズ取っていた女の子達が、自由に歩きまわり出している。ああ、お昼休憩みたいだ。


「スタッフ入れて全部で十二名か。警備らしい警備は……見当たらないか。よっし鏡矢。一人かっさらうわよ! こっそりついて来て」

「あっ、はい!」二人して藪の中を慎重に進む。

 日中、こうして遠目からみると昨夜俺達が猿と入った露天風呂はそこそこ広く、撮影隊に気づかれる事なく反対側に降りる事が出来た。

 

「さーて。誰か近づいてこないかなー」

「風花様、すっかり獲物を狙う狩人か狼ですね」

「いいじゃない。あっ……ほら、一人湯着のまま露天風呂入ってこっちに向かってくるわよ。

 うわー。女の私が見てもすんごい美少女だね。さすが全荘選抜」

「全荘選抜?」

「そうよ。ミネルバはたまにメンバー入替するでしょ? その時、各荘が自慢の美少女を推薦するんだよ。それを宗主様が選別するの」

「へーっ……じゃない風花様。あの子まっすぐこっち向かってきますよ! 俺達見えてないですよね?」

「見えてないようね。あの子……何て言ったっけ?」

「えっと。あのー。顔はよく知ってるんですけど名前が……」

「何、年寄り臭い事言ってんのよ。まっ、オタクの鏡矢でもアイドルは苦手か」

 どうやら水着の上に湯着だけ羽織って、お湯の中を散策しながら周りの風景を楽しんでいるようだ。確かにもう山々も紅葉が目立ち始めているしな。そしてそのまま俺達のいる反対岸まで来たと思ったら、そのまま、ざばんと肩まで温泉に浸かり、手足を広げて空を眺めだした。何か鼻歌を歌ってる?


「はは。なんか彼女。リラックスしてますね」

「というか、チャンスでしょこれ。向こう岸の連中もなんかくつろいじゃってるし、この角度ならあっちから見えないところで銃口突き付けられそう」

「えっ? 風花様!?」

 風花様がいきなり腹ばいになったかと思ったら、そのままほ歩腹前進して目の前のアイドルに近寄り、後頭部に銃口を突き付けた。


「動くな! 声も出しちゃダメ!!」 

 ここからだと顔色はよくわからないが、アイドルの子はピクリとも動かない。風花様がその耳元で囁く。

「お願いだから騒がないで。私達はあなたが憎い訳でも傷つけたい訳でもないの。ただ……力を貸してほしいの。そのまま後ろの藪まで来てくれないかな」

「…………」

 彼女がコクリと小さく首を縦に振り、立ち上がろうとしたので、風花様は元来たルートで全力で藪に戻って来た。

 そしてアイドルの子が湯舟の中で立ち上がった時、逆サイドから声がした。

「マイカ。そっちなんかおもしろいものある?」

 あっ、しまった。あっち側から見咎められたぞ。これはもう拳銃突き付けてでも確保しないと……しかしその時、そのマイカと呼ばれた女の子はこう言ったのだ。

「ううんイノリ。何にも……景色はいいけどねー。私、ちょっとそこの藪に用事」

「ありゃ。お花積み?」

 そういって助けを求める事もせず、マイカさんは俺と風花様が潜む藪の中に分け入ってきた。ああ、そう言われれば確かにマイカさんだ。ミネルバの現リーダーだっけ。それにしても水着とはいえ濡れた湯着が肌に張り付いていて、垂らした長い濡れ髪が何とも生めかしい。

 

「ちょっとあんた。一体どういうつもり? いま、大声出されたら私は撃てなかったのに……」風花様が申し訳なさそうな声を発した。

「あなたは私に力を貸してほしいとおっしゃいました……」

「ええ。確かにそう言ったけど……」

 何なんだ? アイドルってこんなにも無垢で人を疑わない人種なのか?

「あなた達が普通の市民でない事は一目見ればわかります。それにそのいで立ちと銃。それでテロリストやストーカーでないなら……私はあなた達に力を貸しましょう。その代わり……」

「その代わり?」

「私にも力を貸して下さい」

「へっ? あなた……何が希望なの?」

「私は……この世からいなくなりたいのです」

「何ですって!?」

 トップアイドルの予想外の言葉に、俺も風花様も言葉を失った。


 ◇◇◇

 

「どうだ。いたか?」

「いいや。かなり上まで探したんだけど……」

 露天風呂脇の藪に入ったマイカが戻って来ず、グラビアの撮影隊はパニックになっていた。

「まずいな。山奥に入りすぎて道に迷ったか。それとも熊とか?」

「縁起でもない事言うな。とにかく、暗くなってきたし、この人数じゃ山狩りも無理だ。至急応援を要請しないと……それじゃイノリとサヤカは、先に撮影スタッフ達と須坂に戻ってて。警備要員はここで応援来るまで待機するぞ!」

 こうしてグラビア撮影隊のほとんどが、アイドル達とともに須坂に戻り、警備担当と思われる男性三人ほどが現場に残った。

 そしてやがて陽も暮れ、一台だけ残ったバンがエンジンをまわして前照灯を灯している。山で迷っていてもこれなら位置がわかりやすかろうと言うところか。


 車の中では警備要員たちがヒーターを入れながら周りの様子を伺う。

「いま無線入りました。あと三十分もしないうちに須坂の援軍が到着します」

「そうか……ああ、無事でいてくれマイカ。何かあったら俺達へたすりゃ銃殺じゃないか!」

「おい。今外で、何か動かなかったか?」

「何!? マイカか?」

 警備要員達があわてて車外に飛び出す。

「マイカ!? 無事か」

 

「ワオォーーーーーン!!」

 狼の様な遠吠えが聞こえ、警備要員達は驚いて宙を見上げる。

 そして次の瞬間、不意に背後に何かの気配を感じたと思ったら、後頭部に一撃を入れられ、その場に倒れた。残りの二人も何が起きたか判らないまま気絶させられた。


「風花様。やっぱりすごいですね。空手か何かですか?」

「……何でもいいでしょ。領主流護身術よ」

「それにしちゃ攻撃的ですよね。それでどうします。この車を使いますか?」

「こんなの目立ってダメよ。バイク使うわよ。まだ数Kmは行けるでしょ。もういいわよ出て来ても」

 風花様にそう言われて、闇の中からマイカが姿を現すが、地面に伏しているスタッフに少なからず驚いた様だ。

「ああっ……」

「大丈夫よ。当て身食らわせて気絶しているだけだから。でも、もうすぐ須坂から人が来ちゃうわ。早いところトンズラしましょう。あなたも、それでいいわよね?」

「はいっ……」

 俺達は、藪に隠してあったバイクを引っ張りだし、風花様がマイカさんと二人乗りで俺は荷物担当だ。俺の腕前じゃ転んでケガさせちゃうかもしれないしな。マイカさんは濡れた湯着は脱ぎ、俺の替えのTシャツをまとっていてちょっと見、短めのワンピースみたいで目のやり場に困る。

「寒くない? それじゃ、窮屈かもだけどヘルメットつけてね」

「はい。宜しくお願いします」

 こうして俺達は信州中野方面に山を下った。

 

 ◇◇◇


「宗主様。どうか落ち着いて下さい。百人体制で山狩りを行います。朝までには発見出来るかと」サザレイシがそう告げたが、ミネルバのセンターだったマイカがロケ先で行方不明になったとの一報に、サクヤヒメは気が気ではなかった。

「ああ。もしや私があんな事を言ったせいでは……」

「しっかりなさいませ宗主様。どのようなアイドルでも卒業は避けては通れません。むしろ今まであれだけ重用し良い思いをさせてきたのです。誰にも引き際というものはあるのです」

 ミネルバは宗主直属のアイドルユニットであり、メンバーは十代と決められ、皆二十歳で卒業するのがルールとなっている。そして半年後に二十歳を迎えるマイカに、そろそろ次の人生を考えましょうねと語ったのが、つい数日前なのだが……まさかそれが彼女を追いこんだりしたのではないかと不安になる。今までもそうした事はままあった。卒業をほのめかされたメンバーのメンタルがおかしくなった事例も無い訳ではない。だが、サクヤヒメとしてはその後の人生も不自由がない様にいろいろと心を配って来てはいるのだが。


 そこへ、秘書の一人がやって来て、現場に残っていた警備要員達が何者かに襲われたという報告をした。

「どういうことですか? もしやマイカは誘拐されたのか?」サザレイシも驚き慌てている。

「ですが一体何者が……確かに熱狂的なファンはいるでしょうが行動スケジュールも極秘ですし、テロリストが彼女を狙う理由など……」

「いいえ宗主様。犯人の狙いがマイカ本人ではなく、須坂の事だとしたら、あながちあり得なくもないかと……どこぞの荘が裏で動いているのか。はたまたどこぞの外国か……」

「にわかには信じがたいですが。とにかく至急、調査を開始して下さい」

「御意」


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