第39話 突撃
「それじゃあ、町田の追手達は戻ってこなかったと?」
「ええ。観測隊に命じて先を調べさせたけど、町田の連中が使ったと思われるバイクが三台レストハウス跡近くにあって、土盛りが五つあったそうよ」
「それじゃ……風花と鏡矢君がバイクを奪った……」
「そう考えると数が合うわね。どうする? あんたから町田に知らせる?」
「ううん。もう義理は果たしたかな。だから私もなっちゃんを見習って当面静観するわ。手札をどこで使うかはよく考えないと」
「そうね。それは同感」
軽井沢荘の夏子領主との通信を切り、千早は大きく深呼吸した。
「はは風花、やるじゃない。でもあの鏡矢君ってのもなかなかやるわね。やっぱり今度、一晩彼を借りないとダメかな」
さて、風花がこれを切り抜けたのだとすると、彼女が須坂に潜入する公算が大きくなった。私が次に打つ手は……千早はすこし首をかしげて考え始めた。
◇◇◇
「鏡矢。大分うまくなったんじゃない?」
「そうですか? でも気を抜くとコケそうです」
拓真達を埋葬した翌日。少しバイクの練習をしてから、風花様といっしょに志賀草津ルートを一気に信州中野目指して飛ばした。とはいえ本当に道なき道なので転ぶとシャレにならなそうで油断は出来なかったが。
そして夕方近くにはほぼ峠を降りきって、開けた場所に出た。
「ここいらが湯田中かな?」
「地図を見る限り、そうですかね。徒歩で一週間を予定していましたが、まさか一日で着けるとは」
「でもバイクもここまでね。目立っちゃうし、そろそろ燃料も怪しいし」
「今日の夜はどうします? やはり人の気配も集落っぽいものもなさそうですが」
「うーんとね、鏡矢。ちょっとこっちの山ん中入ってみようか?」
「いいですけど……時期的にそろそろ熊とかも気を付けて下さいね」
「多分大丈夫。そんなの近づけば匂いで分かると思うわ」
「頼りにしてます」
そして風花様の後について十五分ほど進んだところで、また硫黄の匂いが強くなった。
「ほーら。やっぱり温泉の匂いだったわ」風花様がドヤ顔で言う。
「鏡矢の傷もちゃんと治療したいし、服も一回洗濯しようよ。予定より早く着いたんだし、いいよね? バイクはこの辺に置いときましょう」
「そうですね」
あたりはもう真っ暗だが、例によって風花様にはそれなりにまわりが見えている様で、彼女に手を引かれ、俺も川の水の流れる音に沿って進む。
「おお。あそこはどうかな?」
そこには大きな岩がごつごつと並んでいるが、その中にお湯が溜まっている様だ。風花様はいつぞやの様にいきなり飛び込んだりはせず、慎重に人差し指を入れた。
「おっ! ちょっとぬるいけど、いい感じよ。鏡矢、入ろう!! 衣服も洗いたいからそのまま飛び込んじゃおう!」
風花様はそう言いながらドボンと飛び込み、湯舟の中で服を脱いでいる。
ははは。それじゃ俺も。ふわー。生き返るー。
ゆっくりと身体を伸ばしながら、着ている服や下着を脱いで、そのままジャバジャバ手洗いした。気温はかなり下がっているが、ぬる湯が心地よく、ゆっくり入っていられる。
「ほわー。気ん持ち良いー。なんかエッチしたくなっちゃった……」
「風花様……そう言えばレストハウス跡で拓真に邪魔されましたからね」
「そんじゃ……鏡矢!」そう言って風花様が俺に飛びついて来た時、複数の視線が俺達を一斉に刺した。
「えっ? 何あれ。人がたくさん……」風花様が息を殺して闇の中を見ている。
「人ですって? 俺には見えませんが……なんか気配はしますね」
「鏡矢。そのまま動かないで」風花様が音も無く湯舟の中を慎重に進んでいく。そして……
「あー。なんだびっくりした。鏡矢もこっち来て!」
言われるままに声のする方にいったのだが……雲間が切れてちょっと周りが見えた。
ああっ! 猿か。どうやらこの辺の野生猿みたいだ。
この寒空の下。猿たちも温泉に入ってるんだ。
「ははは。そうか。そういえばこのあたりは大戦前から、猿が入る露天風呂の伝説があった様な気がするわ。へー、なるほどねー」
「ふ、風花様、大丈夫ですか? 危なくないですか?」
「男が何オタオタしてんのよ。大丈夫よ。みんな緩んだ顔してるわ」
「それならいいんですが……熊とかはいませんよね?」
「だからその気配はないって。せっかくだから鏡矢。この猿たちに私達のラブラブ見せつけちゃおうよ。一回やってみたかったんだよね。人に見られながらエッチするの」
「俺は……あまりいい思い出がないですけどね。でも猿だし……」
どうやらこのシチュエーションに俺もちょっと興奮している様だ。
そして温泉の中で猿に囲まれながら、夜遅くまで風花様と契りを交わした。
◇◇◇
翌朝。ううっ、もうかなり陽が高くなってるな。今日はいよいよ須坂目指して山を降りるのか。途中の警備手薄だといいな。そんな事を考えてぼーっとしながら、そばの温泉で顔を洗った。さて風花様は……あたりを見渡すと、こそこそとこっちに近づいて来る風花様が見えた。
「どこ行ってたんですか。食料探し?」
「あー、猿もいる事だし、柿とかアケビとかないかなーって探してたんだけど……そうじゃなくて鏡矢。すぐここを出る支度して。なにやら山の下から車が近づいて来ているみたいなの」
「えっ? もしや追手ですか」
「さー。でも白根のレストハウスの事が露見したなら頃合いかもね。でもここだって特定して向かって来てる訳じゃないと思うから、とにかく隠れないと」
俺と風花様は急ぎバイクまで戻ってそれを藪の中に隠し、人里からちょっと離れた高台から下の様子を観察する事にした。
「あー、あれだ。ほら……」
「ああ確かに。バンが三台位こっちに来ますね」
山道の全てを見通せる訳ではないが、林の切れ間から車がこちらに走ってくるのが時たま見えた。だけどあれが追手か?
「なんか追手っぽくはないですよね、風花様?」
「そうね。でも……まさかこんな山奥に猿と温泉に入りに来たって訳じゃないでしょ。もう少し様子を見ましょう」
やがてその車は、俺達が最初バイクを止めていた元々駐車場か何かと思われる広場に停車し、ぞろぞろと人が降りてきた。
「なんか警察とかじゃなさそうです。というかみんな結構ラフな格好してますよね。やっぱり観光客でしょうか」
「いや、ちょっと待った。何あれ……女性も少なからずいるじゃない!?」
「えっ!?」
町田あたりでは、男女が連れ立って荘の外に観光に行くなど、まず考えられない。最終的に五名の女性と七名の男性が車から出て来て、なにやら荷物を運んだりし始めている。
「何してんのかしら。もしかしてパレス主催の乱交パーティーとか?」
「まさか……いや風花様、あれ……」
なんと、平地にいる男性陣からは死角なのだが、この位置からだと、車の後ろに隠れた女性数名が着替えをはじめている。やっぱり何か性的な催しなのだろうか?
「はっはーん。何となくわかったわ。ほら鏡矢。あの女達、水着に着替えてんのよ」
「はい?」
「あれ……グラビアの撮影とかじゃない? となると、あの女の子達は、須坂お抱えのそれなりのアイドル?」
「グラビアですか……」
確かに女性アイドルのグラビア雑誌などは町田でも普通に手に入る。とはいえアイドル達は国家直営でその実物を拝む機会など町田ではまずない。俺は今、とっても貴重な体験をしているのではないだろうか。同級生だった武田に、俺はアイドルの生着替え覗いたぞって自慢したら、あいつどんな顔するかな。
そのうち、カメラマンや照明も準備され撮影が始まった様で、女性達は温泉に入ったり、外でポーズを取ったりしながら撮影に応じていた。
「いや風花様。まさかこんなところでこんなものが拝めるとは。俺、グラビアのアイドルなんてほとんどCGなんだと思ってました」
「……いえ。ほとんどCGよ。写真もビデオも。でもあの子達は実在してそこで猿と温泉に入っている……と言う事は……」
「と言う事は?」
「ミネルバ!」
「はいっ? それってトップアイドルの?」
「そうよ。そのミネルバ。須坂のサクヤ様直属のチームね」
「えーーーっ!?」武田。俺凄いもの見ちゃったのかもしれないぞ!
「ですが風花様。どうしてミネルバはCGじゃなくて人間なんですか」
「まあ並みのアイドルなら基本的なモデリングデータから派生させれば大概用が足りるけど、人の好みって年月で変わるでしょ。だからCGのひな型になる人間のアイドルも継代していくのが文化継承に繋がるという思想と言ったらいいかしら」
「あー成程。その時代時代のアイドルのひな型になる存在として、トップアイドルは生身だと言う事ですね」
「そういう事よ。理解が早くてよろしい。だけど、ミネルバか……こりゃ、大ラッキーかも知れないわね」
「それは一体どういう事で?」
「ミネルバはサクヤ様直結よ。うまい事彼女達に取り入る事が出来れば……」
「ああっ。労せずサクヤヒメ様に会う事が出来ると?」
「正解! だけど、取り入ると言ってもなー……ええい。いっそ人質にでもしましょうか!」
「えっ、風花様……ええぇっ!?」




