第38話 レストハウス跡地の死闘
「いやぁ鏡矢。なんであんたが私の盾になるのよっ!」風花様が俺にしがみついてわめいている。
拓真が風花様に向けて銃を発射した瞬間、俺は全くためらわず、風花様の前に立ちはだかり、拓真の弾から庇う様に身体で受け、その場に倒れた。どうやら左肩をかすめた様で、滅茶苦茶痛い。
「鏡矢……君は何て事を。だが……もういいや。どうせ最後の逢瀬を重ねた後は死んでもらうつもりだったんだ。君は死体で持ち帰らないと皐月様に何言われるか分かったもんじゃないからね。順番が後先になった……だけだ……」
そう言いながら拓真が改めて銃口を風花様に向けようとした時、俺は最後の力を振り絞って、風花様を思い切り突き飛ばした。
「きゃっ!?」
小柄で軽いイブの身体は、あっけなく数m吹っ飛び闇に溶けた。
「ちっ。逃がすな。撃て! 撃てー!!」拓真の号令で、その闇に向かって複数の銃から弾が発射された。
「に、逃げて下さい……風花様」俺はじりじり焼ける様に痛む肩を押さえながらその場にうずくまった。
「ああ。鏡矢……ごめん。痛いかい? なんなら僕がとどめを刺してあげようか?」
くそっ。どうする? こいつだけはこのまま好きにやらせちゃいけない。だけど……激痛でだんだん意識も遠くなって来た様に思え、身体に力が入らない。目の前がだんだん霞んできたその時の事だ。
「ワオォーーーーーーン!!」と遠吠えが闇夜に響き渡る。そして……。
「鏡矢。しっかりしなさい! 私は無事よ!! ほーらそこの間抜けな宦官モドキ! そんなところで鏡矢とじゃれ合ってたら、私は逃げちゃうわよ!」
えっ!? 今の遠吠え、風花様??
「ちっ、このなりそこないがっ!! みんな構わないから射殺しちゃって!」
拓真の手下が闇に向かって発砲を続けるが「ほらへたくそ。どこ撃ってる」と風花様に揶揄され、みんな焦り出している様だ。
「ええい。忌々しい。照明! もっと広範囲を照らすんだ!」
指示の為に、拓真が俺を離れた一瞬。俺も最後の力を振り絞る。
「うおぉおぉーーーーー!」
俺の渾身の体当たりで拓真が転倒し、隙をついて奴が手にした銃をうばい、片腕で銃口を拓真に向けた。
「ははは、鏡矢。何してるんだい。そんなの素人が撃てる訳ないだろ。返せよ……」
「撃てるかどうか、今から試すのさ。撃たれたくなかったらさっさと引き上げろ!」
「……もう僕には君たちを始末するしかないんだ。頼むよ拓真。黙って僕の手にかかってくれよ。他の人に君を殺させるのは嫌なんだよ!」
「ふざけるな!」そう怒鳴ってトリガーを引いたら、パーンと音がして弾が拓真の太腿に当たった。
「痛いっ!! なんて事するんだよ鏡矢……」
チクショウ。俺はこのまま拓真を撃つしかないのかよ。
拓真の手下たちも遠巻きに俺と拓真を囲んで、俺に銃口を向けている。
「鏡矢。こっちよ!」いきなり後ろの闇の中から声して、囲っていた手下の一角が崩れた。
「風花様!」俺は気力を振り絞って、その闇に駆け込んだ。
「くそ、逃がすな!!」拓真の絶叫が聞こえた。
「鏡矢。大丈夫? 歩ける? でももう少し辛抱して。あいつらとの距離を稼ぎたいの」
「滅茶苦茶痛いけどなんとか……だけど風花様。この暗がりの中、よく歩けますね」
「ははは。野生の勘? 確かに硫黄臭くてあまり周りはよくは分からないんだけど、それなりに近くの気配は分かるわ。だから手を離さないで」
そう言いながら風花様は俺の手を引きながら暗闇の中、ぐんぐん斜面を上がっていく。追手の連中もまさかこんな速度で闇の中を移動出来ているとは思わないだろう。
「よし。この辺でいいかな。あいつらまだだいぶ下の方を探してるみたい。撃たれた所、ちょっと見せて」俺は上着を脱いで撃たれた胸を風花様に見せたところ、風花様がそこをペロっと舐めた。
「ぐわっ。痛ってー」
「ああ、無理に動かさないで。でも骨は大丈夫みたい。大分出血してるけどね。あいつがへたくそで助かったんだか、運がよかったんだか……それにしても、もうあんな無茶はやめてよね」
「すいません。とっさに身体が動いちゃいました。ですが俺。風花様やイブを守るためなら命賭けられますよ」
「……わかってるわよ。ありがと……」
そう言いながら風花様がキスをしてくれた。そしてそのまま拓真達が近づいてこないか様子を伺っていたのだが、その後、人が近づいてくる気配はなかった。
「うまく巻けたのかしら?」
「そうですね。この暗闇で無暗に探しても効率が悪いと思ったのかも知れません。今のうちに先を急ぎましょうか?」
「でも……荷物があのままじゃ。今はよくてもそのうち餓死か凍死よ」
そうか。俺達二人ともほとんど裸だ。せめて寝袋くらいは取り戻さないと。でも今戻ったら、絶対捕まってしまう。
「それじゃ、もう先に向かったと思わせて、後から荷物を取りに戻りますか」
「それでいきましょう。ただ……うう。今になって寒くなってきたわ。鏡矢、くっつこう」
「はい。でも夜が明けるまで寝ちゃだめですよ」
「それじゃさっきの続きでも……あーウソウソ。ケガ人にそんな事させられないわ」
そのまま二人で、夜が明けるまで震えながら抱き合っていたが、結局、拓真達は近づいてこなかった。
「どうですか?」
「うーん。やっぱり人の気配はしないわ。引き上げたのかしら。鏡矢は傷の具合どう?」
「痛いですけど、血は止まった見たいです。風花様がずっと舐めてくれてたから……」
「はは、照れ臭い。それじゃ、慎重に戻ってみようか」
俺と風花様は、衣服と荷物が置きっぱなしのはずのレストハウス跡を目指して斜面を降りだした。
「あっ、鏡矢。そっち降りちゃだめ!」
「えっ? でも、この谷渡った方が早くないですか?」
「だけどこの匂い……!?」突然、風花様の足が止まり、谷底の一点を驚いた様に凝視していた。そしてそこには……
「あっ、風花様。あそこに人が倒れてますよ!」そこに近寄ろうとした俺を制して風花様が言う。
「だめだって鏡矢。降りて行っちゃダメ!」
「だけど敵だと言っても……ああっ!!」
一人じゃない……倒れているのは……拓真? 拓真も含め五人程が谷底に倒れているのが分かった。
「風花様。あれって……拓真を助けないと……」
「……あきらめなさい。あの谷底は多分、空気が無いのよ」
「えっ。あっ、それってあの観測隊の人が言ってた……」
「そう。この谷、火山性のガスが溜まってるんだわ。それをあいつらは気づかずに……」
「そ、そんな……拓真……」
風花様は未練たらたらの俺の手を引き、その谷を迂回して元のレストハウス跡まで戻った。
荷物は……そのままだ。拓真達が乗ってきたであろうオフロードバイクも、少し離れた場所にそのままあった。
「ああっ……拓真……俺、お前に何もしてやれなかった……」
子供の時からの拓真との思い出が頭をよぎった。
「可哀そうな事をしたわね。でも鏡矢。どうやら神様は私達の味方みたいね」
「あの……風花様。せめて拓真を……あの人達をちゃんと埋葬してやれないでしょうか?」
「ああ。でも……そうか。やっぱりそのままだと寝ざめ悪そうだよね。それじゃあさ。ちょっと乱暴だけど……」
風花様は、拓真達が乗ってきたオフロードバイクを一台使い、息を止めながら一気に谷を降りて一人ずつ遺体を上に運んでくれた。
「ぷはぁーーー。あー空気がおいしい……って、これでいい?」
「ええ……有難うございます。拓真ごめんな……」
俺は、道端になんとか穴を掘り、そこに拓真を横たえた。
「あーっ、鏡矢。ちょっと待った!」
遺体に土盛りしようとしていた俺を制して風花様が拓真の遺体をまさぐる。
「あった。これこれ……」風花様が手にしたのは、拓真のIDカードだ。
「風花様……それって、本人でなくても使えるんですか?」
「うーん。ケースバイケースね。でも、これからの事を考えたら持っておいた方がいいわ」
そう言いながら風花様はしっかり全員分のIDカードを回収した。
やがて全員の土盛りが終わり、もう陽も暮れかかっている。
「拓真……花も添えられなくてごめんな」
「丸一日過ぎちゃったけど……急ぎましょう鏡矢」
「ですがもうすぐ夜ですよ」
「なーに。こいつなら多少は行けるでしょ。あんたは乗れる?」
風花様がオフロードバイクにまたがってそう聞いてきた。
「いえ。自転車なら……」
「あー、大丈夫。大丈夫。同じだから……」
しかし、俺がクラッチをつないだとたん、バイクがポンっとはねて、俺は地面に投げ出され、傷を負った肩をしこたま打った。
「うぎゃ! 痛てててて」
「あー。こりゃいきなり夜行軍は無理か。ちょっと練習しないとね。それじゃ仕方ない。もう一晩、拓真君といっしょにここで過ごそうか」
「はいっ!」




