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第37話 草津志賀ルート

「それじゃ、私は高崎荘に戻るけど、風花はうまくやってね」

「いろいろとありがとうね千早。私達、絶対須坂を説得するから」

「あら。それより先に、頑張って鏡矢君の子を妊娠しないとね!」

 俺達が草津に逗留して三日が過ぎ、夏子様との定例会合も終った千早様は、そう言って一足先に高崎に戻った。そして俺と風花様は、夏子様の須坂ルート調査の結果待ちで、特にする事もなく……いや、夜になるとひたすら励んで、昼間に寝る様な生活をしていた。


 そして数日後、俺と風花様は夏子様に呼ばれた。

「お待たせしました風花。須坂への潜入ルート。メドついたよ」

「ありがとー、なっちゃん。それで私達はどうすればいい?」

「ああ風花、慌てないで。最初に言っておくけど、結構ハードなルートだから。それに当然私達も同行出来ない。二人で自力で越えてもらうわ」そう言いながら夏子様が一枚の大きな地図を広げた。


「ここが軽井沢で、ここが草津。それでここが須坂ね」

「いやちょっと待ってよ、なっちゃん。確かに距離は近そうだけど……こんな山の中行くの?」

「いやいや。山の中をまっすぐ須坂に向かうのは無理。富士山噴火に前後して浅間山も白根山も暴れちゃったから道ないし、地図も怪しいから。だから……こう……草津からまずは白根山を目指して、そこから志賀を抜けて信州中野に出るの。これ大昔は志賀草津高原ルートっていう観光道路だったんだけど、まだ面影は残ってて山岳調査なんかで今でも使うんだ」

「へえーっ。でもこんなところまだ調査とかしてるんだ。大戦前の遺跡とかあるの?」

「違う違う。白根山はまだ活火山だからね。ちゃんと見張ってないと、突然ボンッっていかれても軽井沢も須坂も困る……」

「ああ、そういう事。でもそんなところを二人でって……大丈夫なのかしら」

「あれー、鬼になるんじゃなかったの? まあ夜は相当冷え込むと思うけど、雪降る前なら徒歩で越えられるわよ。それに白根山口までは、丁度あさって定期の観測隊がここから出る予定だから先導してあげる。そこから先は何とか頑張ってね」

「了解したわ。だけど……このルートなら須坂まで侵入出来るのよね?」

「それは……小布施に関所があるわ。でも周りは山ばかりで、見張りって言ってもそんなに大勢はいないはずよ」

「そうね。贅沢は言ってらんないか……なっちゃん、いろいろ有難うね」

「まっ。お礼なんかいいから……頑張んなさい」


 こうして俺と風花様は、軽井沢から登ってきた山岳調査隊の人に交じって、草津を後にした。調査隊の人は男性ばかりであり、風花様が女だとバレない様注意しつつ、高崎荘のお使いで横手山まで行くという事になっていた。

 

 早朝、草津を出発し、皆大きな荷物を背負いつつ徒歩で山道を登る。それは俺も例外ではなく、信州中野までは一週間くらいかかる見込みで食料やら水やらを背負いこんだが、風花様には二人分の寝袋を担いでもらっており、見た目の大きさに比してそれほど重くはなさそうだ。そうしてお昼過ぎには、観測隊の人達が籠る山小屋に着いた。そして俺達二人は、ここで彼らと別れ、日没までもう少し先に行く予定だ。先を急ぎたいのはもちろんなのだが、風花様の事もあり、観測隊の人達と一緒に夜を過ごす事は避けたかったのだ。


「それじゃ、ここでお別れだけど気を付けて下さいね。今日は天気もいいですから、二時間位でこのレストハウス跡に着けると思いますよ」地図を示しながら観測隊のリーダーの人がそう声をかけてくれた。

「有難うございました。皆さんもお気をつけて……」

「ああそうだ。気を付けてで思い出したけど……くれぐれも、この地図のルート外には入らないで下さいね。特にくぼんだ土地の下層とか。火山性のガスが溜まってる事がありますから」

「御忠告感謝します」

 

 こうして観測隊の人達と別れ、俺と風花様は二人で白根山の山あいを進む。

「ふわー。ほんとにいい景色だね。大自然って感じ……」

「あー風花様。あんまり油断しないで下さいよ。もう軽井沢の支援も受けられないんですから」

「大丈夫よ。でもまあ……それじゃ、急ぎましょうか」

 道なき道ではあるが、荒れ地に杭が一定の幅で打たれており、ここが道路だと判る。二時間程歩いて、予定のレストハウス跡地に到着した。


「ははは……かなりおんぼろだね……」

 一応、地面はコンクリートの様だが鉄骨の柱が数本立っていて、その上にトタン屋根が乗っているだけで壁はない。

「いや。おんぼろというより、建物ですらありませんよね。雨が降ってなくてよかったです」そう言って二人で笑った。


 日が暮れたら本当にあたり一面真っ暗だ。どうやら月も無い様だが晴れていて、満天の星が輝いている。気温もかなり下がってきた様で、背負ってきた寝袋に早々に潜り込み、二人並んで夜空を眺めた。


「なんか……このまま寝ちゃうのもったいないね」

「ええ。ですが、明日も早いですよ。明日もいい天気とは限りませんし、極力体力は温存しないと」

「そうね……鏡矢。そっち行っていい?」

「はい?」

「あんたの寝袋に入りたいの!」

「……どうぞ。でもこれ一人用だから、中でエッチしたり出来ませんよ」

「ばかっ! くっついてれば暖かいでしょ」

 そう言いながら風花様が俺の寝袋に強引に潜りこんできたが、元々小柄な事もあって、なんとか寝返りが討てる位の余裕はあった。

「んーっ。暖かい……ふふふ。鏡矢、おっきくなってる」

「あー、風花様。触っちゃダメです! そりゃこんなに近距離じゃ身体が反応して……」

「しよっか?」

「だから無理ですって。寝袋破れちゃいますよ」

「なーに。五分や十分、外に出ても……速攻でヤロウ!!」

「風花様……」

 だが、さんざんいじられて俺も興奮してしまった。あたりは真っ暗で何も見えないし……ええい、構うもんか。俺は寝袋から出て風花様を引っ張りだし、おもむろに後ろからしがみついた。

「きゃっ! 鏡矢。後ろ……当たってる!!」

 

 その時だった。


 バンッと音がして、四方からサーチライトが灯され、裸で後ろから風花様に抱き着いている俺の姿がさらされた。

「きゃーーー!! 何よっ!!」

「風花様! 慌てないで……これは……」


「あーあー。何がエッチな事を絶対しちゃいけない……だよ。まったく君は信用出来ないな」

「その声は……拓真か?」そう言ったものの、俺の視界は真っ白で何も見えない。

「そうだよ。あーよかった。君もそのなりそこないも生きててくれて。これで僕は皐月様に叱られずに済むよ」

「拓真……お前、どうしてここが?」

「ははっ。気になる? ふははは、鏡矢、君とんだ道化だよね。君は売られたんだよ。高崎の千早様にね!」

「なっ!?」余りの事に声にならなかった俺の替わりに風花様が叫んだ。

「それじゃ……千早が私達の事をあなたに教えたの? そんな…‥何で」

「ふっ。やっぱり御領主様ともなられる人は違うよね。ちゃんと勝ち馬に乗るんだよ。皐月様もそうだったけど、僕。千早様も見直しちゃったよ。これで町田と高崎の友好関係は盤石さ。さてせっかくこんな絶好のロケーションに追い込んであげたんだ、人知れず抹殺してあげるよ」


「くっ……油断した。やっぱりもっと警戒すべきだった。それにあいつらが近くにいるのにも気が付かないなんて……私、弛みすぎね」

「仕方ありませんよ。こんなにあたりが硫黄臭くっちゃ……どうします風花様?」

「どうするって……」

 あたりの人の気配は一人二人ではない。拓真は複数の手下を率いている様だ。一斉射撃でもされたら一巻の終わりだ。


「全員、撃ち方ちょっと待て」そう言いながら拓真が近づいてきた。もちろん手に銃を持っているのが見えた。

「先に、このなりそこないを僕が処分するから鏡矢。その後、ちょっと時間をくれないかな。君と最後の時間を過ごしたくてね」

「この……外道!」

 そんな俺の言葉には耳を貸さず、拓真は銃口を風花様に向ける。

「君、ちょっと鏡矢から離れてくれないかな。君の血糊が鏡矢にかかっちゃうと興ざめだからさ」

「拓真ぁ。やめろぉぉーーー」


「ふんっ」

 拓真がトリガーを絞ると、パーンというかん高い発砲音が周囲に響き渡った。


 ◇◇◇


「ちょっと! あんた、町田の追手の奴を放したんだって!?」

 通話口でなっちゃんが叫んでいる。

「そうよ。それで、あの二人の予定ルートも教えてあげたの」

「なんでそんな事を? 風花はあんたの同期なんじゃないの!?」

「そうよ。だからこそ念には念を入れないと。これで風花がやられちゃっても、町田へ多大な恩を売れるし、風花が切り抜けても、それは町田の失点であって私に責任はない。でも、どうかなー……町田から十代女性を二十人程貰える可能性が高いかなー」

「あんた……」なっちゃんはかなり怒っている様で、言葉が続かない。

「なっちゃんだって分かってるでしょ。領主たるもの一点張りはダメよ。荘の経営にポートフォリオは重要なんだから」

「そんな……ああ、でも分かったわ。もう何も言わない。私は風花が切り抜ける方に賭けるわ」

「そうよなっちゃん。私達はせいぜい傍観者として、安全地帯から楽しみましょ。じゃね」そう言って千早は通信を切った。


「ふうっ。でもこれで……さあ、風花。見事さばいて見せなさい。これを切り抜ければもう誰もあなたが須坂に行く事を邪魔出来ないから」そうつぶやきながら千早は眼を閉じた。



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