第36話 風花の決意
人払いをしたまま、軽井沢領主の夏子様と高崎領主の千早様に、改めて俺と風花様の今までの状況とこれからの風花様の考えを伝えた。
「なるほどね。人類一発逆転を賭けて、イブ・メイカーで男女比をイーブンにするところから、人類史をやり直さないかと須坂に直談判ねー。でも、それサクヤ様OKするかな。いままでも内緒にしてたんでしょ?」夏子様が、俺と風花様の説明を聞いてそうこぼされた。
「でも……歴代宗主様がイブ・メイカーを使わなかったのも何となく分かるわ。生後二か月で生理とか……女性と神への冒涜といってもいいもの」千早様もちょっと呆れた様にそうおっしゃった。だが、風花様が食い下がる。
「確かに二人の言う事ももっともだとは思うの。だけどね……確かに女の身からしたら、とんでもけしからんシステムなんだけど、私達はすでに男の生産で似た様な事をしている。それ今じゃ当たり前すぎて、私もすっかり意識から抜け落ちてたけど、自分がなりそこない扱いされて改めて思い直したわ。それに私は、タチバナの犠牲も無駄にしたくない。だからそれこそ命懸けで宗主様を説得しようと思うの」
「それでうまくいけば、あなたはアダムとイブをこしらえた創生の神ね。だけど、ただイブ・メイカーを使えってだけ言っても、宗主様に刺さるかどうか……」夏子様はあくまで疑っている様だ。
「風花。この間私に話した勝算の件をなっちゃんに話したら?」千早様がそう促したが、その勝算ってやつの内容は俺も聞いていない。
「あ……でも、鏡矢が……ええい。仕方ない。と言うかそろそろ鏡矢にも覚悟決めて貰わないとダメか!」
「あの風花様。それって一体何のお話で?」
「その勝算って奴。あんたにも今まで説明してなかったけど……丁度、有力領主様達もいらっしゃる事だし、ご意見を伺ういい機会でもあるしね」
「はあ。何か俺に言いづらい話なんですね。ですが構いません。俺ももう何が起こっても風花様について行きますから」俺は自身満々にそう宣言した。
「……それじゃ言うわ、鏡矢。あんた。私と性交して私を妊娠させなさい!」
「えっ!? 俺の聞き間違いじゃないですよね? 俺が風花様と性交? いまさら何言ってんですか? あなたは確かに風花様だけど俺の娘のイブなんです! 欲求不満が溜まっておかしくなったんですか!!」風花様のあまりの言葉に俺も理性を失い、大声で怒鳴った。
「鏡矢……私はいたって冷静よ。別に自分の性欲でこんな事言ってるんじゃないわ。私、あなたに、町田を抜け出した後言ったよね? こんな世界を終わらせる為に、途中経過には眼をつぶるってさ。須坂を説得するには、イブ・メイカーで使った身体が、生後二か月で妊娠可能だという事実をその目の前に突き付けるのが一番だと思うの!
確かにイブは、私達の娘であんたが愛情を注いだ娘よ。だけど私はあんた以外と性交出来ないし……私達はすでに一度、この子を殺している。だから……私は、鬼でも死神でも構わない。目的の為には手段を選ばない!! そうでなきゃ私はタチバナに顔向け出来ない……」そこまで言って風花様は泣き崩れた。
ああ。風花様がそこまで覚悟を決めていたとは……俺は俺の自尊心の為だけに、倫理を守ろうとしていたのか。いや……だけど……。
「鏡矢君。風花の言い分は分かったよね? でもこれ。君にとっても重い問題だと思う。すぐに結論出さなくていいから、少し考えてみなよ」千早様が俺にそう言った。
「はい……ですが、千早様。風花様のその方法は須坂に有効なのでしょうか。正直、俺にはよく分からないのですが……」
「多分……かなり有効だわ。最初に風花のアイデアを聞いた時、私もぶったまげたけどね。実際に女子が生まれたり、多小なりとも出生男女比が女子に寄せられたりしたら……全世界が一致協力するかもしれない」千早様が嘆息する。
そこで一旦、領主会談は休憩となり、俺は一人、離れに案内された。風花様は千早様や夏子様と、須坂に潜り込む算段を話し合いたいらしいし、俺には少し頭を冷やして考えてくれと言う事なのだろう。俺が宿泊する離れは、さっきの会合場所から川を挟んだ反対岸にあり、中居さんの説明によると縁側から河原に直接出る事が出来、そこが温泉の露天風呂になっていて、夕食までごゆっくりなさって下さいとの事だったのでお言葉に甘えて、まだちょと陽も高いが露天風呂につかった。
季節は大分秋に傾いて来ているな。ここが高所だという事もあろうが、日差しも夏の強さはもうない。あまりゆっくりしていたら、須坂に着く前に雪が降り出すかも知れないし、俺達が須坂と何も会話が出来ないまま、そのうちガーデンが再浮上してきてしまうかも知れない。そうなったら一体どうなるんだ……。
孝由さんや風花様の肉体の方はどうなったんだろう。考えても埒があかないが、俺のやるべき事はもう決まってる。イブの身体の風花様と契ってイブの出産能力を証明する……邪魔なのは俺の父親としての倫理観だけ。
ははは。もうこんなの検討の余地ないじゃん。タチバナさんの事もあって風花様はもう自分が鬼になる覚悟を決めているんだ。だったら俺だって……鬼にでも蛇にでもなってやるさ。
陽も暮れた頃、領主様達の会合も終り、食事の支度が出来たと呼ばれ、俺も会合場所の建屋に戻った。
「おお鏡矢君。なんかさっぱりしたね? 踏ん切りはついたのかな?」夏子様がそう話し掛けてきた。
「いえ、さっぱりしたのはお風呂が久々だったからで……ですが覚悟は決まりました。風花様だけを鬼にする訳には行きませんから。僕は風花様……いや。イブと男女の事をします!」
「あ、ありがと鏡矢……」なんか風花様が照れている。
「それじゃ鏡矢さんはこちらへ。私達で話し合った事、あなたに伝えるから」
そう言って千早様が、すでにお膳が用意されている席に俺を導いた。
◇◇◇
会食後、俺は風花様といっしょに、さっき露天風呂に入った離れに戻った。さっそく今夜からここで子造りに励めという事だ。
「軽井沢からだと、上田の関所が問題なんだけど、草津からだと山越えのルートが有るらしいのよ。でも今時そんなの使う人はいないから、どうなっているのか、なっちゃんが調べてくれるってさ……だからちょっとの間。ここで待機だね」
須坂へのルートは、夏子様がいろいろと調査してくれる様だ。今は航空機の使用が厳しく制限されているし、そもそも動かすのにとんでもなくコストがかかるし目立つという事で、選択肢からは最初から除外された。当然、陸路となる訳だが、須坂の手前には関所が設けられており、許可がないものはもちろん通行出来ないのだ。
「お二人ともいい領主様でよかったですね」
「どうだかね。まあ皐月よりは全然周りも見えてるし、ちゃんと領主としてみんなの事を考えてるみたいだし……今は敵に回したくないわね」
「そんな……そんなに警戒しなくてもいいのでは?」
「鏡矢。ほんとにあんたは甘いわね。そんなだから皐月におもちゃにされるのよ。あの二人だって、あの後あんたがいなくなったらさ。あんた、女種みたいだから貸してくれないかって……まあ、丁重にお断りしたけどね」
「?? 何ですか。女種って」
「女子を妊娠させた実績のある男性の事よ。領主も含めパレスの女達は色んな男性と交わる訳だけど、正直、女児を妊娠したいじゃない? だから少しでも効率考えたら、女児の実績がある男に子種貰った方がいいのよ。だけど今の公募制度じゃ、妊娠しても誰の種だかわかんないしね。あんたみたいに明白な奴はレアなのよ」
「うわっ、生々しいですね」
「そうね。あの二人、旦那は決めてなくて何人か妾を囲ってるらしいけど、まだ女児出産の実績はないんだって。だから須坂行きの件がひと段落したら、お礼にお相手してあげたら? ……でも……今夜は私を構ってね」
「あ。はい……」
そのまま照明を全て落とすと、周囲は真っ暗で、月と星だけが輝いている。俺は風花様と二人で、河原に降りて露天風呂に入った。はは、今日俺、二度目だな。
「鏡矢。こっちに来て……」風花様に呼び寄せられ、二人並んで湯舟に浸かる。
「ふはー、ここの温泉気持ちいいわー」そう言いながら風花様が俺の肩にもたれかかり、濡れ髪が頬に付く。
「はい。ようやく念願のお風呂ですね。箱根でも町田でもゆっくり入れませんでしたものね」
「ははは。それで鏡矢。ほんとに覚悟決まったんだよね?」
「はい。風花様だけを鬼には出来ません。ただ……」
「ただ?」
「交わる時は、真っ暗な方が有難いです。やっぱり俺。イブではなく風花様と交わりたいから」
「あー。でもそうだね……私がもし自分の身体に戻れて、イブも元の私達の子供に戻ったなら、もう私。残りの人生全部この子に捧げてもいいわ」
「……俺もお手伝いします」
「ありがと鏡矢」
その後、風呂から上がった俺と風花様は、そのまま寝室に行き、真っ暗な中で、お互いを求めあい何度も身体を交えた。




