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第35話 再び温泉

「拓真。この愚か者がぁ!!」町田荘に帰った一条寺拓真を待っていたのは、激しく怒る皐月の叱責だった。叫ぶだけでは怒りが収まらず、拓真はムチでバシバシ叩かれている。

「ですがご領主様。鏡矢の遺体は後日届けてくれるそうですし、あのなりそこないは規則にのっとって処分すると千早様が……」

 今度は、バシーンと思い切り鼻っ面にムチが入り、拓真はそのまま吹っ飛んで鼻血を出している。

「だからお前はバカだと言うのだ! なぜ自身の目で二人の遺体を確認してこない!! これで二人を高崎に秘匿されたら、私は千早に首根っこを掴まれてるのと同じだぞ!!」

「あっ……皐月様。申し訳御座いません。鏡矢が死んだと聞かされつい頭に血が昇ってしまいまして……」拓真がその場に平身低頭して伏せるが、皐月はその頭を顎から思い切り蹴り上げた。

「自分のした事の愚かさを理解したか!! すぐに高崎に戻って、二人の遺体を確認してこい! それが済むまで帰還は認めんぞ!」

「はっ!」顎を蹴られて歯が折れたのかも知れない。鼻と口からダラダラ血を流しながら、拓真は皐月の御前を退出した。


「くそっ、どうする。こちらから接触するのは、弱みを見せる様でかえってまずいか。まあ、これをそのまま須坂にチクっても高崎としてどれほどメリットがあるか……多分、あちらから何か条件を持ちかけてくるだろう。金か……女か……食料か……まあいい。ここは落ち着いて構えるのがよいだろう」

 あの時、風花と鏡矢を自分の手で殺しておけばよかったと、今更ながら後悔する皐月だった。


 そして翌日。一条寺拓真は顔面を腫らしながら高崎に着いたのだが……

「申し訳ございません。御領主様は軽井沢荘との会合で外出されておりまして、一週間程戻ってまいりません」千早の側近がそっけなくそう返答した。

「それでは……先日お願いした、こちらで確保されたなりそこないの遺体と、川に落ちた鏡矢の遺体を確認させて下さい! それを確認しないと僕が御領主様に叱られます」

「……少しお待ちを」そう言って側近の女官が一旦奥に引っ込み、しばらくして戻って来た。

「一条寺様。申し訳ございません。警察に確認しましたが、その……鏡矢様の御遺体はまだ発見されておりません。引き続き捜索中との事ですので今しばらく御猶予を下さい。そしてその……なりそこないですが、すでに焼却処分済で灰だけになっておりますが、お持ち帰りになりますか?」

「そんな……灰だけじゃ、本当に本人か分からないじゃないですか!」

「ですが、規則にのっとってとおっしゃったのは一条寺様と記憶しております。国の規則では、殺処分後は焼却する決まりです」

「くっ! そ、それじゃ……鏡矢の遺体の件、くれぐれもお願いしますよ。それが確認出来るまで、僕はこの荘に滞在させていただきます!」

「はい。どうぞごゆっくりお過ごし下さい」


 ◇◇◇


「ははは。そうですか。それじゃ、一条寺さんには心行くまで高崎荘を堪能していただきましょう。だけどあの人、本当に馬鹿ですね」

 高崎荘の千早領主が拓真再訪の知らせを聞いてそう笑った。俺と風花様は、前屋敷内にある、彼女のプライベートな接客室のソファーに並んで座っている。


「千早ごめんね。でも、あんたを巻き込みたくなくて、コンタクト取らなかったんだけど……」

「ふふ。ビックリしたのはこっちの方よ。町田が何隠してんのか興味深々だったんだけど、まさか風花本人が出てくるとはね。正直、あなたのお話、まだ半信半疑なんだけど……私と一緒に須坂に行った時の事。あれ、本人じゃなきゃ分かるはずないし」


 そう。あの時警察で、早まったと思った俺だったが、すべては千早様の掌の上だった訳で、あの後、千早様が直々に俺に面会して下さり、お陰で風花様の事も伝える事が出来たのだ。

 だけど……千早様が風花様と領主の同期だったとはびっくりだ。風花様は、それほど深い付き合いじゃなかったし頼っていいかもわからなかったと言っていたが……いや、友人なだけに風花様は千早様を巻き込みたくなかったんだろうとも思える。俺も、拓真を巻き込みたくはなかったな。


「だけど風花。このまま須坂に乗り込んで直談判しても、うまくいく確率かなり低くない? 多分、町田の皐月様は、須坂の意向で動いてると思うし……」千早様が心配そうにそう言った。

「そうかもね。だけどね……」風花様が何かを千早様に耳打ちしている。例の勝算ってやつか?

「なるほど。それが出来たなら、ワンチャンあるかも知れないわね。おもしろい。とはいっても私も領主ですからあなたの目論見がうまくいかないケースもちゃんと想定しないと、領民に迷惑かけちゃうしね。まあ成功したら割り前はほしいけど」

「分かってる。でも無理はしないで。私達がここで死んだ事にして、しらばっくれていてくれるだけでいいから。だけど……お風呂は入りたいかなー」

「はははは。風花は昔からお風呂好きよね。それじゃーさ。丁度、軽井沢と定期会合だから、一緒にいかない?」

「えー、軽井沢まで連れてってくれるの? それだけでも大助かりだよ」

「いやいや。もっと先まで行くんだよ。軽井沢領主のなっちゃんとは、いっつも草津で会合するんだ!」

「草津? なんか聞いた事あるけど……」

「あれ。風花は知らないんだ。太古から有名な温泉場だよ。かなり山深いんで、私も滅多に行けないけどね」

「えっ、温泉……やたーーーーーー!! やったよ鏡矢。温泉だって。箱根のリベンジだね!」

「よかったですね風花様」

 

 こうして俺と風花様は、千早様の荷物に紛れて、山に分け行った。


 ◇◇◇


 群馬から長野にかけてのこの一帯は、昔からあちこちで温泉が出る、いわば温泉天国とも言える地域なのだが、富士山の噴火以降、地下の状況が変わったのか、多くの温泉が枯れたんだそうだ。だが草津は湯量も湯温も大分減少したが、いまだ健在という事で、近隣のご領主達が使っているとの事だった。かなり前、須坂から宗主様も一度来た事があるそうだが、さすがに現地でバッタリ会って意気投合とはいかなさそうだな。

 

「それにしてもすごい山奥ですね。まだ登るんですか?」

 只で連れて来てもらうのも悪いと思い、従者の人に混ざって荷の一部を担がせてもらっているのだが、ふもとの駐車場からけもの道の様な山道をとぼとぼと徒歩で登る。大昔は道路も上まで通っていて、車で直接行き来出来たらしいが、今のご時世でこんな滅多に使わない道路まで手を入れる事はかなわず、荒れるに任せていた様だ。

「若者がグダグダ言わない! 苦労してたどり着くから温泉の感動が最大なのよ」

 そう言って千早様が激を飛ばし、風花様もケロっとしている。やっぱりこれも獣人能力なのだろうか。


 二時間ほど山道を登っていったら、ようやく温泉の硫黄の匂いがしてきた。

「ほらほら、もうひと頑張り!」元気な千早様に続いて、一同は、ちょっと谷を下り、河原見たいな所に出た。その脇に、一件、民家よりちょっと大きめの建屋があり、これが会合用の建屋なのだろう。現役で使用されているだけあって、箱根のあの建屋よりよほど綺麗で、手入れも行き届いている。


「お待ちしておりました」玄関に入ると、すでに中居さんと呼ばれる人達が、準備をしていて、中に通されたのだが「ああ。男さんは入ってはなりません!」と、俺は足止めを食らった。そりゃそうだよな。だが、千早さんが中居さんに「ああ。その人はなっちゃんに合わせたいお客さんだから、寝所は離れだけど、食事の時は通してあげて」と指示をしたところ中居さんが「かしこまりました」と俺に頭を下げた。

「ここは軽井沢の直轄管理なんですよ」千早様がそう説明してくれ、案内された大広間には、すでにちょっと年輩の女性が座椅子に座っていた。


「あー、千早ひさしぶりー」

「なっちゃんもひさしぶりー。二年振りかな?」

「そうねー。それで……そっちのお二人は? この暑いのに、そんな被り物して」

「えっとね、なっちゃん。ちょっと人払してもらっていいいかな?」

 そして中居さん達が去り、千早様が改めて俺と風花様をなっちゃんに紹介した。


「えっ、えっ!? このケモミミのなりそこないが町田の風花ぁ? そんでこっちがその旦那……孝由さんだっけ?」

「あ、いえ。俺は孝由さんじゃありません。俺は佐々木鏡矢と言います」

「ありゃー。風花いつの間にダンナ替えたの? それにそのケモミミは一体……」

「いまから説明させるから慌てないで。それでなっちゃんも自己紹介お願いね」

 千早様がそう促した。

「ああごめん。私は軽井沢荘の領主、滝内夏子です。みんなよりだいぶ先輩なんだけど、一応まだ妊娠可能年齢だし、くやしいから、みんなになっちゃんって呼ばせてるの。だから風花もなっちゃんって呼んでね」

「あの……俺はどうお呼びすれば……」

「男にちゃん付けで呼ばれたくはないなー……ははウソウソ。でも照れ臭いから夏子さんでいいわよ」

「はい。それでは夏子様と呼ばせていただきます!」そう言って俺は深々と頭を下げた。

「へえ好青年だねぇ」


 こうして軽井沢荘の夏子領主と合流した俺達は、今までの経緯とこれからの目的を説明したのだった。




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