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第32話 拓真

 タチバナさんが用意してくれていたルートで、俺と風花様は難なく前屋敷から抜け出す事に成功した。拓真が借りてくれたアパートはすぐそばだ。とにかく皐月様が目覚めて手を打たれる前に服を着てどこかに隠れないと……全裸の俺と風花様は、人目をはばかる様にアパートを目指した。


「タチバナさん。大丈夫でしょうか?」

「……大丈夫……な訳ないじゃない……」そう言って風花様がまた泣き出した。

「えっ、それじゃ、さっきのって……」

「うん。覚悟の上だよ。それにしても領主就任後もタチバナを手元に残したのは皐月の失敗だね。まあ彼女はとっても有能だから、新米領主の皐月では彼女を女官からはずせなかったんだろうね。でも……ああ……だから鏡矢。タチバナの想いに報いる為にも、私達は何がなんでも生き延びて、須坂にイブ・メイカーの事を直談判するよ!」

「はいっ!」

 

 アパートの前まで来たがどうやらまだ追手はかかっていない様で、人の気配はない。玄関口は鍵がかかっていたが、風花様がひょいと身をさばいて二階の窓際に行き、窓ガラスを割って中に入った。獣人能力が使えるというのはウソじゃないみたいだ。風花様に中から鍵を開けてもらい、慌てて服を着た。


「準備はいい鏡矢? そしたらとにかくまずは町田荘を出るよ。それで人目を避けてどこかで一服しよう。皐月と何を話したのか、あんたにも教えるから。それから……ああこれ持って行きましょう」

 そう言って風花様が台所に備え付けてあった包丁を一本、俺に渡した。

「えっ、これって……武器?」

「当たり前でしょ。こっちは丸腰なのにあっちは武装してくるのよ。役に立つかは分からないけど、無いよりいいでしょ? それに山に籠った時にも使えるよ」

「はあ。了解です」

 俺は、持ち運ぶ際危なくない様、そばにあった包装紙で包丁を包み、腰のベルトに挟んだ。


「そろそろ皐月が起きたかも……急ぎましょう!」

 風花様に続いて俺もアパートの階段を駆け下りたが、いきなり目のまえに人が現れた。

 

「二人とも待ってよ!」

「拓真! なんでお前がここに?」

「なんでじゃないよ……今夜はあそこ近寄れないから、君との逢瀬を反芻しようかと思って来てみれば……御領主様はどうされたんだい?」

「いやー。なんか眠くなられたみたいで、早めに解放されたというか……」

「嘘が下手だね鏡矢。どうやったかは知らないけど、逃げてきたんだろ。そんなに慌てて身支度してさ」

「あー、拓真。頼む、見逃してくれ。どうやら俺と風花様はここにいちゃいけないらしいんだ。だからすぐにも町田荘を出て行く。君に迷惑はかけないから!」

「ふん、どうだか。君たちが逃げたらどんなとばっちりが僕に来るかなんて、考えた事もないくせに……でもそうだな鏡矢。君がそのなりそこないを捨てて僕と一緒に逃げたいっていうなら、僕もいっしょに町田を捨てるけど……どう?」

「お前何を……俺が風花様を見捨てられる訳ないだろ」

「そいつが誰であろうが僕には関係ないし、僕は君が僕だけのものになればいい。悪い話じゃないと思うけどな。僕なら、このIDカードがあるから、かなり安全に須坂まで導いてあげられるよ?」そう言って拓真が自分のIDカードを見せびらかした。

「確かにそうかもな。でも……ダメなんだ。俺は風花様を須坂に連れていって、直接話してもらわないとならない。もう両親もアテに出来ないみたいだし……」

「ああ、その話聞いたんだ。ちょっと可哀そうだったよね君の両親。風花と孝由に利用されちゃったあげく、口封じとか……まあ君もそうなんだけどさ」


「鏡矢、急がないと。それにこいつ……多分、私達を見逃してくれる気はなさそうよ。無理やり押し通るしかないと思う」

 たしかにその様だ。拓真とは戦いたくないが、俺も腹を括る。

「拓真。もう時間がないんだ。黙って通してくれないなら力づくで押し通るよ!」

「あー。まあ君が本気で殴りかかってきたら、僕はかなわないかな。でもね」

 そう言いながら拓真は、胸元から拳銃を取り出した。

「!」俺と風花様は一瞬息を飲む。


「これも前屋敷御用の特権でね。いざとなったら身を挺してでも女性陣を守らないとならないんで、こんなのも貰ってる」

「拓真。馬鹿な真似はよせ」

「何言ってんだい。力づくって言ったの君だろ? だから僕も力を行使するよ。まずは……そこのなりそこないだな。ちゃんと弾当たるかな? 僕もこういうものあんまり好きじゃないんで、そんなに練習してないんだよね。変なところに当たって苦しませちゃったらごめんね」

 そう言いながら拓真は銃口を風花様に向け、ゆっくり引き金を絞り……

「やめろー!!」俺は叫びながら拓真に飛び掛かるが、奴に手が届く前に弾が発射された。

 

 パァーーン……夜の街に銃声が響き、俺は射撃が終わった拓真にそのまま飛び掛かり、二人ともその場に倒れ込んだ。

「風花様!?」慌てて起き上がり、風花様がいた方を見るが……いない!?

 俺の脇で起き上がった拓真も驚いている。

「あれ? どこ行ったの。ふーん、結構素早いね。でも……出てこないと、鏡矢撃っちゃうよ」拓真がそう言って俺のこめかみに銃口をくっつけた。

「ああ鏡矢。動いちゃだめだよ。僕、本当にへたくそだから。揺すられたらトリガー引いちゃう」

「やめてくれ拓真。俺は降参するから、風花様は見逃してくれ……」そんな俺の言葉に全く耳を貸さず、拓真は声を張り上げた。

「ほらー、早く出て来なよ。君が僕に処分されれば、多分みんなうまくいくよー。それに、このままじっとしててもほら……前屋敷が騒がしくなってきてないかい?」

 確かにさっきより前屋敷の照明が明るくなったのが遠目でもわかる。皐月様が目覚めたに違いない……こめかみに銃口をあてられたまま、俺は身動きも出来ず、呼吸ばかりが荒くなる。

 

 ガサリッ。

 音がして道端の植え込みの中から、いきなり風花様が拓真目掛けて突進してきた。

「やっと出て来た。それじゃ……」拓真は、俺のこめかみから銃口をはずし、それを風花様に向け……風花様間に合うか!? 風花様が懸命にこちらにかけて来ているがまだ距離がある。

「ははは。間に合わなかったねケモミミちゃん。それじゃバイバイ」

 そして拓真がトリガーを絞った瞬間、俺はほとんど無意識のうちに体当たりしながら、腰にあった包丁を拓真の脇腹に突き立てた。


 パァーーン。再び銃声が響いたが、それは拓真の悲鳴と同時だった。


「き、鏡矢。ひどいよ……なんだよこれ……僕はこんなに君を愛しているのに。その仕打ちがこれかい? 痛い……痛いよ鏡矢」余りの苦痛に小銃も落としてしまい、拓真は懸命に脇腹に突き刺さった包丁を押さえている。

「ああ、抜かない方がいいわよそれ。早めに医者に……って、もう銃声聞きつけて人が来たみたいね。鏡矢、全力で逃げるわよ」

「でも……風花様。拓真こんなに血が出てて……俺、とっさに……」

「もう。私のバラバラ死体を手で拾い集めたやつが、この位でオタオタするな。ほら、逃げるわよ」風花様に手を引かれ、俺は夜の闇に紛れていった。



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