第31話 風花と皐月
「ちょっと。なんか小便臭くない? あー、あなた。銃殺されるって直前でおしっこ漏らしたんだ! ウケるー……で、あなたが風花ってどういう事かしら」
前屋敷の裏庭で、危うく銃殺されるところだったのだが、伝令が来て間一髪処刑中止となり、風花は近くの小部屋に連れていかれ、そこに皐月姉がいた。
「本当よ皐月姉。といってもこんな姿格好じゃ信じて貰えないと思うけど……例えばそうね……いつぞやの幹部クラスの忘年会で酔いつぶれた私を部屋に運んで、あんた私のおっぱい揉んだわよね? まあ私はあんたのぱんつに手を突っ込んで反撃したけど」
「……あー。あったあったそんな事。あの時は無礼講とはいえ、それはそれは失礼致しました。成程、二人しか知りえない情報って訳ね。でも……あの落盤からよく助かったわね?」
「まあ、話すと長くなるんだけど……人払いして貰っていいかな?」
そのまま皐月姉は人払いを指示したが、手に拳銃を持ったまま、その銃口は私に向いている。だがもう後戻りは出来ない。私は覚悟を決めて江田のラボでの落盤事故から今までの経緯を皐月姉に説明した。
「と言う訳で……正直。私が刺客にやられて爆死してからこの姿になるまでの詳細な事は私にもよく分からないのよ。多分、鏡矢の方が詳しいかと……あいつは無事なの? まさか処刑とか」
「大丈夫よ。彼はあなたがちゃんと調教しててくれたんで、十分私のおもちゃとして役に立つから……それで、ガーデンは今どうなったのかしら?」
「私にもよく分からないわ。だから早い所須坂に行ってこれからの事を託したいの。お願い、力を貸して皐月姉」
「ふーん。どうしようかなー」
「どうしようかじゃないわよ! これでガーデンとイブ・メイカーが使えれば、世界が変わるって……あんたなら判るでしょ?」
「それはそうかもなんだけどさー。私、まだ領主になって日も浅いし、娘もすくすく成長しててさ。このまま日々平穏に暮らせて、ゆくゆくは娘の卯月にこの荘を受け継いでもらえればなーって思うんだよね。あんまり変わられてもねー……」
「何それ? あんたはそれでいいかもだけど……他の人達はどうなるのよ。町田もそうだけど他の荘や他国や……」
「はっきり言ってー。それどうでもよくない? イブ・メイカーだっけ? 仮にそれが動いて本当に人類は救済されるのかしら。むしろ須坂の言う様にこのまま緩やかに最後を迎えた方が人類も幸せなんじゃないのー?」
「皐月姉。あんた須坂と何話してんのよ!」
「えー。別に……まあ、あなたと孝由さん見かけたら始末しろとは言われてたけど……鏡矢君はどうでもいいみたいだったから、私のおもちゃにしたのよ」
なんだこれ。皐月姉おかしくなっちゃった? それとも本心からそう思ってるの?
「お願いよ皐月姉。後生だから私と鏡矢が須坂に行くのに力を貸して。あんたの今の地位や生活には迷惑かけないから!」
「……ダメよ。私としてはあなたが生きていただけで迷惑なんだから」
「どういう事よ。私は別に領主に戻してほしいとかは思ってないけど……」
「まだ分からないかなー。あなた、最初から邪魔だったのよ。須坂にも私にも……」
「!? そんな……それじゃもしかしてあんた……」
「ようやく気が付いた? 私はあんたに替わって領主になりたくて、ずっと前から色々須坂のご機嫌を伺いながら連絡を取っていたのよ。そしたら、ラボやイブ・メイカーの話が進みだしちゃってさ。私が須坂にチクったら、内々で処理しろって……」
「ああ……それじゃあの落盤事故も……」
「ピンポーン。あれは事故じゃありません。私の仕込みよ! まあ、まさかあそこからガーデンに行けるとは私も知らなかったんだけどね」
「そんな……皐月姉。あんたが裏切りものだなんて……」
「嫌ねえ。そんな言い方。私、最初からあなたに服従してないから!」
だめだ……これじゃ話が通じる訳がない。皐月姉の心の闇に全く気が付かずに、領主として全員とお友達になろうだなんて……まったくおめでたいったらありゃしない……。
その場にがっくりうなだれつつも、私は声を絞りだす。
「それで……私達をどうするつもり? 須坂にチクるの。まあその前に処分かしら? だけど……お願い! 私はいいから、鏡矢は助けてあげて! あの子、本当に巻き込まれただけなんだから」
「くー、泣けるわねー。前領主様が床に手をついて思い人の助命嘆願とか……いいわよ。鏡矢君は助けてあげる。あの子、最初から私のどストライクだったし……死んだ事になってるし、パレス内で私の性奴隷として飼い殺しにしてあげる。だけど……あなたはやっぱり射殺ね。どこかのなりそこないが荘に紛れ込んだんで処分したって位は須坂に報告してあげる」
「……それでいいわ……もう観念したよ私。現領主のあんたに今の私は何も出来ない……」
「ふん。殊勝な心掛けね。でも……なんか気が収まらない。なんでそんなに素直なのかなー。もっと泣き叫んで狂ってくれた方が、私としてはざまぁでうれしいんだけど……」
「そこまであんたの想い通りにはなりたくないわよ。でも、そんなに私の事が嫌いだったんだ……」
「当たり前じゃない。自分じゃ何も出来ないくせに領主風吹かせて、何でも私達部下に押し付けてさ。ロクに自分で出産もしない癖に、来年までに何人必要とか……押し付けないでよ!」
「いや……私だって別にあんた方にだけ押し付けようとは……」
「もういいわ。なんか腹が立って来た……そーだ。こうしましょう。あなたの処分は明日の日の出の時ね。そして私は今夜も鏡矢君をおもちゃにするから、あなたそれをそばで見てなさい! まあ付き合いはそれなりに長かったんで、最後のお情けかな。あーでも勘違いしないで。あなたは鏡矢君には指一本触れさせないから」
「くっ、この変態!」
「あはー、そうそう。そうやって悪態ついてくれた方が楽しいわー。ほんとぞくぞくしちゃう。私と鏡矢君がいたしているそばで、せいぜい思う存分、わめき叫んでののしってね」
◇◇◇
夕食も拓真が持って来てくれたのだが、その時、風花様は生きているとだけ告げられた。皐月様との面談がどうなったかは教えてくれなかった。
「それじゃ鏡矢。今夜も九時過ぎに御領主様がお渡りになるから……それまでにお風呂入って準備しててね」そう言って、拓真は退出してしまった。
そうか。でもよかった。とりあえず生きている事が分かれば、今後状況は変わるかも知れない。風花様と皐月様がちゃんと話し合い出来れば……そんな事を考えながら、風呂に入って身支度をして待っていたら、皐月様が時間通りに現れた。
「ごめんねー鏡矢君。待ったー? 私はもう待ちきれなくてさー。夕方位から君の事思い出してジュンジュンしちゃったよー……それでね鏡矢君。今夜は一人、見学者入れるけどいい?」
「け、見学者ですか!? い、いやそれって……ご領主様はよろしいので?」
「大丈夫。大丈夫。君も私もよく知ってる人だから……」
そう言いながら、皐月様は部屋に椅子やら何やらを持ち込ませ、しまいに俺は、ベッドに片足を拘束された。これだとベッドから離れる事が出来ない。
くそっ。どんな変態プレイをするつもりなんだ……それに見学者って……皐月様はそういう方が興奮するのだろうか? そう考えていたところに連れて来られたのが風花様で、俺は心臓が飛び出そうな位、驚いた。
「風花様!?」声をかけたが、風花様には猿ぐつわがかまされていてしゃべる事は出来なさそうだ。そしてそのまま脇に置かれた椅子に拘束されている。
「皐月様。これは一体……」
「ふふん鏡矢君。今夜の見学者はこの方よ。今夜は私とあなたがラブラブな事を、この人にしっかり見せつけないとね。そうじゃないと多分化けて出るわよ……この人、明日の日の出で殺処分だから!」
「そんな!? 皐月様そんなひどい話……」
「黙れ下郎!! これからは返事はイエスのみだ! ユーアンダスタン?」
ああだめだ。このモードの皐月様に何を言っても無駄な事は、昨晩身に染みている。それにしても殺処分って……話し合いは不成功だったのか? くそ。せっかくここまで来たのに……。
俺も涙が止まらない。だがそんな俺に構わず皐月様は俺に馬乗りになって、俺を執拗に責めて来て、情けない事に俺の身体も反応してしまう。もう悔しいやら情けないやらで、いっそ気が狂ってしまった方がマシなのではないかとさえ思う。
「ほーら、チンクシャ風花ぁ。鏡矢君、私でこんなに興奮しているよー。何よ風花。眼をそらすんじゃないわよ。ちゃんと見届けなさい。そうじゃなければ私、鏡矢君も処刑しちゃうかもよ…‥ねえ鏡矢君もちゃんと見ていてほしいよねー? 風花とするより私の方がずっといいよね!? 返事はどうしたぁ!!」すかさずムチが飛んできて俺のほほを弾くが、俺は精一杯の抵抗を見せ無言で黙る。
「……ったく。素直じゃないなー。でもこれならどうだっ!?」そう言って皐月様が俺をくわえようと顔を近づけてきたのだが……
バシンッ!
大きな音がして、いきなり部屋の照明が消えた。
「何、停電?」これは想定外だった様で、皐月様も慌てているのが分かる。
そして次の瞬間。バチバチっと火花が散ったかと思ったら、皐月様の動きが止まった。
何だ。何が起きている? うろたえている俺の耳元で誰かが囁いた。
「静かに! これからあなたと風花様をここから出します! 私に従って下さい!」えっ? この声って……タチバナさん?
拘束を解いてもらった俺と風花様は、導かれるままに別の部屋に移った。
ああ。確かにタチバナさんだ。でもどうして……
「あの……タチバナさん……」そう言う俺を制して風花様がタチバナさんに声をかけた。
「ありがとタチバナ。でもこんな事しちゃったらあんた……」
「ああ……本当に風花様なのですね……姿こそ変わられましたが、私にはわかります。良かった……ご無事で本当に良かった。ですがここで再会を喜んでいる暇はございません。脱出経路は確保しておりますので、急ぎここから逃げて下さい。今夜、このフロアに誰も入れない様に御領主様が指示しておりますので、あの方が目覚めるまでは追手はかかりません」
「それを破ってあんたは……」
「はい。スタンガンでお眠りいただいておりますので、あと三十分くらいはお目覚めにならないかと……ですので急いで……ですが、ああ鏡矢様。殿方のいちもつを久しぶりに拝見いたしました。眼福でございます」
「えっ!? あーそうだ。俺まっぱだ! ですが風花様、逃げるってどこへ? 服はどうします?」
「細かい話は後にするけど、皐月や町田荘は今は敵よ。さっさと逃げないと、次に捕まったら即処分されるわ」
「わ、分りました。だけどそうは言っても……そうだタチバナさん。俺の両親の行く先知りませんか? 拓真もあてにならないし、もう俺の両親位しか頼れない様な……」
「……お気の毒ですが……この件に関わられていたとなりますと、多分もう……」
「そ、そんな……それじゃどこへ逃げれば……」
「鏡矢。時間がないわ。とりあえず例のアパートに行って、お金と服を何とかしましょう。後の事はそれからよ」
「ああ。風花様。お金でしたらここに幾許か……」
「ほんとにありがとタチバナ。あんたも気を付けてね」
「いえいえ。私などもういつお迎えが来てもおかしく御座いませんし、これで御領主様に処分されたとしても本望でございます。お二人とも生き延びて下さいまし」
「ああ……タチバナ……」風花様がタチバナさんと深く抱擁しながら泣いていた。




