第30話 宦官
俺はそのまま、皐月様に命令されるまま逆らう事も許されず、一晩中お相手をさせられた。途中、何度も会話を試みたのだが一切無視され、抵抗したり命令にイエス以外の言葉を口にした時点で、強くムチで打たれた。かといって反撃して皐月様の不興を買えば、俺も風花様も命の保証などないだろう。
なんとか会話のきっかけをつかまなくてはならないという思いが俺の正気を保っており、皐月様はよほど欲求不満が溜まっていたのか次から次へと俺に奉仕をねだってきて、俺もなんとか皐月様に気に入られて心を許してもらえる様、身体を張った。
明け方近くになってようやく満足されたのか疲れたのか、物腰が少し柔らかくなった皐月様は、ベッドで横になったまま、俺を抱き締めて言った。
「鏡矢君。チンクシャ風花とはかなり励んていた様ね。おかげであなたのテクニックも想像以上で、私もとっても楽しかったわ。それじゃまた今夜……ね」そう言って俺から離れて部屋を出て行こうとする。
「あの、皐月様。お願いですから話を聞いて下さい。なぜ俺が助かっていて、なんで今ここに来たのか……不思議じゃないんですか?」
またムチが飛んで来るかとも思ったのだが言わずにはいられなかった。そして欲求が満たされた皐月様は、昨晩よりは気持ちが穏やかだった様で、返事をしてくれた。
「……別に。どうでもいいわ、そんな事。私は今の自分の状況に十分満足してるから……だからあなたもこれ以上、何もしゃべらない方が身のためよ。領主の仕事って結構ストレス溜まるんだけど、安易にやたらな男をむさぼる訳にもいかないし。そういう意味では、戸籍にもないあなたは丁度いい私のおもちゃなの」
「ですが……あの、俺と一緒にいた子の事、気になりませんか?」
「? ああ、あのなりそこない? 全然、気にならないわ。どこで拾ったか知らないけど、どうせどこかの荘から逃げ出した奴でしょ? それをあなたは、さも重大事ととらえたんじゃないの?」
「なりそこない? 何ですかそれ」
「あれ? あんなの連れてて知らないんだ。でもまあ……知らない方がいいわよ。じゃあね」
そう言って皐月様は部屋を出て行かれ、そのままガチャリと外から鍵をかけられた。
「お願いです皐月様! そのなりそこないと一度お話を!!」
ドア越しにそう大声を張り上げたのだが、皐月様に聞こえたかどうかは判らなかった。
くそっ。どうすりゃいいんだ。風花様は無事なのか……皐月様。領主になって大分性格変わっちゃったみたいだけど、そんなに領主っていいものなのだろうか。領主の時の風花様はあんまり幸せそうには見えなかったけど……とはいえ、なんであそこで皐月様がアパートに踏み込んで来るんだ?
そうは言っても今の俺には何も出来ないし分からない。結論の出ない問答を頭の中で繰り返していたら、昼食の時間だろうか。ドアがノックされた。
「どうぞ、とは言ってもこっちから開けられませんけど!」戸口で叫ぶと、ガチャリと鍵が開き、戸が開いた。
えっ、拓真? 戸口の所には、俺の昼食の膳を手にした拓真が立っていた。
「拓真……お前、一体」とまどう俺に拓真が話かける。
「入って……いいかな?」
断る理由は俺にはない。そのまま拓真を部屋に導き入れたら、戸が閉まってまた外から施錠された。
「ふう。これで誰にも邪魔されずに話が出来るね鏡矢。まったく御領主様と来たら……当分僕があのアパートに出入りする予定だったのに、君が戻って来たって分かったとたんこれだもの……」
「ち、ちょっと待て拓真。それって一体……」
「鏡矢ごめんね。僕、君を半分騙してた。僕は万一君と遭遇したら君を逃がさない様にと指示されていたんだ」
「待て待て。話がサッパリ見えないよ。ちゃんと説明してくれないかな? だいたいどうして君がここにいるんだ?」
「……僕はここで働いているんだ。まあなんというか……宦官みたいなもの? まだ取っちゃいないけど女性には全然興味がなくて、そこをご領主様に見込まれたんだ。元々君との繋がりもあったしね。そして万一、君が現れた場合、秘密裏に拘束する様に命じられていた」
「そんな。それじゃお前は、こないだ最初に会った時から俺を騙して……」
「騙して……はひどいな。これでも君の事を心配してたんだ。万一君が生きて戻って来た時、その事が公になったら君がタダではすまないって言われたから。だけど君は久しぶりの再会なのに、僕に何か隠している様だったんで、君に怪しまれない様にあのアパートを手配して、そこで監視下に置くつもりだったんだ。そして当分、あそこで君とイチャイチャするつもりだったんだけど……ご領主様にアブラゲさらわれた」
「俺はアブラアゲか! だがお前でよかった拓真。お願いだ。俺をここから出してくれ。あのもう一人の中坊が心配なんだ」
「そうはいかないよ。ここから君を逃がしたら僕が罰せられる。それに君がここにいるうちは、夜は御領主様のものだけど、昼は僕が好きにしていいって許可ももらってるしね。だからさ……これから夜まで楽しい事しようよ。シャワーはこっちだよね……」
「ふざけるな拓真! お前それでいいのかよ! お前と俺は恋人同士なんじゃないのかよ!?」
「……いまさら何言ってんの? 最初に僕を置き去りにして、風花様とばかりイチャついていたの君だよね? それを都合のいい時だけ恋人呼ばわりかい? 僕はもう君の心がどこにあっても、君を信用しないよ。こないだ一緒に寝た時もなんかイヤそうだったし……だから僕も御領主様を見習って、自分の欲望に忠実に、君をおもちゃにしようって決めたのさ」
「拓真……おまえ正気かよ……」
「何とでも言えよ! 全部お前が悪いんだぞ!! 僕の純情を踏みにじりやがって!! あげくあんなメスのなりそこない連れまわして……何がエッチな事を絶対しちゃいけない……だ! そんなの信じられる訳ないだろ!!」
だめだ。拓真の目がもう俺を見ていない。だが……俺がこいつをここまで追い詰めちまったのか……そう考えたら胸が苦しくなった。しかし……。
「頼む拓真! 俺はこのままお前のおもちゃになるよ! だけど……だけどあの中坊を、皐月様と二人きりで話し合わせてやってくれないか!?」
「ふん。ずいぶんとあの子に御執心だね。でもあんななりそこないをご領主様と二人きりにして命乞いさせる事なんか出来る訳ないだろ!」
「違うんだ拓真……あれは…………風花様なんだ……」
「!?」さすがの拓真も驚いた顔を隠さなかった。
「すまん。今詳しい事は言えない。だけど本当なんだ。皐月様が風花様と直接会話出来れば、状況が変わるんだ! この……世界の状況が!!」
俺の言葉に驚きつつも拓真はしばらく考えていた様だが、やがて呟く様に言った。
「くっ……仕方ない。君をおもちゃにするのは後回しだ。その事をご領主様に伝えないと……でももう処刑が始まってるかもしれない」
「処刑!?」
「ああ。あんななりそこない。あまり人の目には触れさせられないからね。有無を言わさず殺処分さ」
「そんな……頼む拓真。早く、早く風花様を助けてくれ!」
「ふうっ。仕方ない。僕もまだ君を思う気持ちが無い訳じゃないからね。急いでみるよ」そう言って拓真は部屋を出て行った。
どうやら拓真も、なりそこないというものを知っている様だったが……今はいい。とにかく風花様を無事、皐月様に会わせなければ。
そう考えながら俺は、拓真がうまくやってくれる事を祈った。




