第28話 新たな拠点
厚木から町田はそんなに遠くはない。それでも一旦厚木に寄って、身支度を整えたのには訳がある。その第一が、町田だと俺を知る人がたくさんいて、いきなり俺が現れた場合いらぬ混乱を引き起こしかねないと考えたためだ。だから町田荘に到着してもいきなり町中に入る事はせず、まずは情報を集めるのが先決で、具体的な行動はそれから起こす必要がある。
「そうなると鏡矢。あんたより、面の割れていない私の方が、町田荘の中では動きやすいと言う事よね」
「そうですね。それじゃ風花様が先行してパレスに行きますか?」
「何言ってんのよ。そんな本丸、いきなり行ったって何が起こるか分かんないでしょ。今の段階で楽観的な見方は禁物よ。私が思うに、一番信用出来て頼れるのはあんたん家じゃないかしら」
「なるほど。そうですね。俺の両親なら俺が生きてるって分かったら絶対協力してくれると思います」俺は、自宅の地図を書き、風花様に託した。
◇◇◇
「えっと。この角まがって、三軒並んだその隣っと……おお、あったあった。確かに佐々木って表札出てるわ」
しっぽはダボっとした上着の背中側にまとめてあるし、ケモ耳もうまい事大き目のつば付き帽にしまえている為、どこから見ても男子中学生にしか見えない風花が、玄関のチャイムを鳴らす。
ピンポーン…… おや、誰も出てこないな。それじゃ、もう一回。
ピンポーン…… あれー。留守かな?
「君。誰?」そう考えていた風花は後ろからいきなり声をかけられた。
振り向いてみると、高校生位の男の子が立っていたが、なにやら表情が険しい。風花が返答に困りドギマギしていると、その男の子がさらに話掛けてくる。
「この家にはもう誰もいないよ……僕の友達んちだったんだけど……」
「あの……あなたは? あっ、私のお父さんがここの明さんって人の昔の同僚だったんで、こちらに来たついでと言う訳ではないけど、ご挨拶が出来たらなと思ったんですが」
「ああ明さん……鏡矢のお父さんか。でもその人もここにはいないよ」
「あの。それじゃ今どこに?」
「そんなの他人には言えないよ。君、ここの荘の人じゃないよね!」
「ご、ごめんなさい。出過ぎた事を言いました。それであなた……お友達って……それって明さんの息子さん?」
「君、鏡矢を知ってるんだ」
「ええ、昔一度……」
「……あいつももういないよ……死んだんだ……」
そう言ってその男の子が涙を流した。
「あなたのお名前。聞いてもいいですか?」
「僕? 僕は一条寺拓真。鏡矢とは幼馴染で……恋人だったんだ。いや、余計な事をしゃべり過ぎた。じゃあね」そう言って一条寺拓真はその場を立ち去った。
鏡矢が死んだ事になってるのはまあ想定内だけど……なぜ明さんまで?
何か得も知れぬ不安が、風花の背中を駆け抜けた。
◇◇◇
「えーっ!? 両親がいなかった? もうここには住んでいなかったという事ですか」
「ええ。丁度、その家の前で、一条寺拓真さんって男の子と会ってね。あんたは死んでて、この家には誰もいないって……ああそうそう。その子、あんたの恋人だって言ってたわ」
「あっ! 拓真がいたんですね。そうか……あいつまだ居たんだ。いやそりゃそうか。でも拓真なら俺達の力になってくれると思いますよ」
「そう? 何か神経質そうな感じだったけど……大丈夫?」
「はい! ちょっと間が空いちゃいましたが、あいつとは恋人宣言してるんです。絶対力になってくれますって!」
「それじゃ鏡矢を信じるわ。どうやって接触する?」
「まず俺が直接会います。そして今の俺達に必要な情報を教えて貰って、それからの行動も手伝ってもらいます」
「分かったわ。それじゃ鏡矢。なんとかその拓真君を味方に引き入れて来て」
「任せて下さい!」
そして真夜中。俺と風花様は、夜陰に乗じて自分の家に忍び込んだ。行動するにあたって拠点は絶対必要だが、やたらな所には潜伏出来ない。二階の俺の部屋なら人が潜んでいてもそう簡単には分からないだろうと考えたのだ。拓真の協力が得られれば、もっと安全な拠点も確保出来るだろう。
「いや。ここの風呂場の窓……ほら、外れた」
勝手知ったる自分の家である。簡単に中に入る事が出来たのだが……なんだよ。玄関鍵開いてるじゃん。そうは思ったが電気は来ていない様で、真っ暗のまま、手探りで二階に上がる。そして自分の部屋に入り、雨戸もカーテンもピッタリ閉まっていて灯りが漏れない事を確認してから、厚木で買って来た懐中電灯をつけた。
「ああっ。イブたん……会いたかったよ」俺は感動の再会をよろこんだのだが、風花様はあまり気持ち良く思っていないらしい。
「何よそれ。フィギュア? いい趣味してんわね。それにしても懐中電灯で照らすと可愛いというより不気味よね」
「放っておいて下さい。それじゃ風花様。俺はこれから拓真んちに夜這いをかけますから、風花様はここでじっとしてて下さいね。どうやら水も電気も使えないみたいですから、おトイレもこのバケツで我慢して部屋から出ないで下さい!」
「分かったわよ。ったく……でもこれ。鏡矢のベッドでしょ。あんたの匂いがプンプンだから、よく寝られそう」
「それじゃ、くれぐれも用心して下さいね」
拓真の家はそんなに遠くはない。俺は、道路からあいつの部屋の窓めがけて小石を投げる。
コツン、コツンと音がして……やがて窓が開いた。
「拓真……ここだ……出て来てくれないか」余り回りに響かないであろうギリギリの声で拓真に声をかけ、奴がこちらを向いたので顔が見える様に手を振った。
「!? 鏡矢!?」いきなり拓真が声を出したので、シーッと口に人差し指を立てる。
しばらくして拓真が外に出て来た。
「鏡矢? 本当に鏡矢なのかい!?」興奮する拓真をいなす様に、俺は彼を近くの公園まで連れだした。
「ああ、鏡矢。生きていたんだ……それで僕に会いに来てくれたんだ。それで今まで一体どうして……」
「すまん拓真。細かい事は今はまだ話せないんだ。君に迷惑が掛かりかねない。だけど……いつかちゃんと話すから、今は助けてほしいんだ」
「……君は一体何を……いや今はいいか。それで僕は何をすればいい?」
「俺は……正確には俺ともう一人いるんだが、その二人である事を成さねばならない。そのためには町田荘の協力が必須なんだけど、直接飛び込んでも反対勢力に邪魔されかねないんだ。だから情報が欲しいのと、町田荘の中に活動拠点が欲しい。そこを手伝ってくれないか?」
「別に君なら……いや。君は死んだ事になってるんだった。まったく、何に巻き込まれたんだかは分からないけど、とにかく生きててくれてよかったよ。わかった。出来る協力はするから」
「ありがとう。持つべきものは友達だ」
「友達じゃないよ。恋人でしょ?」
「すまん。そうだった……」
「だから……協力するから僕の望みも叶えてほしいな」
「ああ。出来る事ならなんでもするぜ」
「……鏡矢と繋がりたい……」
「えっ!? あっ……それは……いわゆる肉体的にって事だよな?」
「うん……そう……まさかダメとは言わないよね。今の君に協力するのって、結構僕にもリスクあるよね?」
「そ、そうだな……わかった。落ち着いたら君と一夜を共にするよ」
「うれしい。それじゃ、どこかに拠点用の部屋探すからそこでね。それと……もう一人って言ってたけど、それって、昼間。君ん家の前に立ってた中坊みたいな奴?」
「ああ……そうだよ……」
「ふーん。それで情報って……何が聞きたいの?」
「細かいところは君の協力を得られてからと思って、あんまりまとめてないんだけど……とりあえず、今の町田のご領主様が誰なのかと、うちの両親がどこに行ったのか知りたい」
「御領主様は今は皐月様さ。一去年、風花様が視察先で事故死されてから、もしやお家断絶かって荘内は結構パニックだったんだけど、中央から直々の御指名で決まったんだ。それで君の両親の行先は僕も知らない。君もその事故に巻き込まれたって聞いて、僕も君のご両親もすごく落胆していて……いつの間にか、いなくなってた」
「そっか。ありがとうな。それじゃ、これからもよろしく頼むよ。俺、当面自分ちの二階に潜んでるから。玄関開いてるから夜にでもこっそり入って来てくれ」
「わかった。それじゃ君との初夜を迎える部屋が準備出来たら知らせるね」
「……ああ。よろしく頼む……」
◇◇◇
「ふわー。それで拓真君と契る約束しちゃったんだ」
「仕方ないじゃないですか。かなり危ない橋渡らせるんですからあいつの希望も叶えてやらないと……それにしても男同志か。いまさらだけどどうやるんだろ?」
「ははは。私も興味あるわー。でも鏡矢。一時、私とヤリまくっちゃったから、私が忘れられないんじゃないの?」
「もー。他人事だと思って……」
「それにしても……やっぱ皐月姉か。こりゃ賽の目がいい方に出たかな?」
「それじゃ、直談判に乗り込みますか? さっさと終われば、俺、拓真と関係しなくても済むかも知れないですし……」
「あれー。昔の恋人なのにつれないねー。でも焦りは禁物だよ。会うからには人を介さず直接会わないと、どこで邪魔が入るか分かったもんじゃない。だから協力者はもっと必要だし、拠点も必要だよ」
「そうですか……わかりました。俺もベストを尽くします」




